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管理人室に到着し、近くに置いてある椅子に座らせてもらって。
何でこんな状況になっているのか理解するので精一杯だった。
試合中に藤真さんと勝負して。
藤真さんに弾かれたボールを追って、机の近くまで走っていたことに気づかなくて。
ぶつかりそうになった私を藤真さんがかばってくれて。
どの拍子で捻ったのか全く覚えが無いのに、私の足はいつの間にか腫れてて。
みんなが見ている中、藤真さんに抱えられて管理人室まで来てしまった。
……恥ずかしいのはこの際もう置いといて。
さっき望ちゃんのこと、のぞむ、って呼んでたよね。
説明してくれるって言ったよね。
「あの「バケツはどこにあんの?」
「あ、そこの棚に入ってます」
「お、ここか。氷はあるよな?」
「はい、冷凍庫に」
…………普通の会話しか出来ないんですけど。
こういうのって、一度タイミングを失うとすごく聞き辛い。
藤真さんはテキパキとバケツに水を張り、氷を入れて私の足を持ち上げ……持ち上げ!?
「だ、大丈夫です!自分でやりますから!」
「怪我人はおとなしくしとけって」
恥ずかしいのは置いとくはずだったのに、また復活しちゃったよ!
藤真さんに足をつかまれるとか、相当恥ずかしい……!
だから自分でやろうとしたのに、動くなと言わんばかりに止められてしまった。
顔が赤くなっていくのが自分でもよく分かる。
だって、体全体の熱が顔に集中しているみたいに凄い熱い。
藤真さんに介抱してもらうとか普通にありえない。
ていうか、彩ちゃんは!?
マネージャーである彩ちゃんは何故ここにいないのか!
先生も他の人も誰一人として来ないとかどういうこと!?
……誰かこの状況、どうにかしてくんないかな。
助けてー。
そう思っていると、管理人室の扉が乱暴に開かれた。
飛び込んできたのは予想通りの人物。
「兄貴!さっきのどういうことだよ!」
「望……お前、試合は?」
「そのへんの適当なヤツ捕まえてチームに混ぜてきた」
ということは、試合は続行されてるってことね。
私のチームは花形さんが言ってた通り棄権負けになっちゃったんだろうか。
それにしても、適当なヤツって。
その人も突然引っ張り出されて困っただろうな、可哀想に。
「よくお前一人で抜け出してこれたじゃん」
「誰も来んなって釘さしてきたもんよ」
他に誰も来ないのはアンタのせいか!!
「ははっ、ということは俺がこれからやろうとしていることをお見通し、ってわけか」
「ったりめーだろ。双子の考えてることくらい手に取るように分かんだよ」
双子!!誰と誰が!?
「何がどうなってんの、って顔してるね」
「え!は、はあ、まあ……」
突然藤真さんに振られ、適当な返事を返すことしか出来なかった。
そりゃそうだ、二人の会話の半分も理解できない。
藤真さんは軽く吹き出し、望ちゃんは呆れた表情。
「俺と健司、本当は双子の兄弟なんだよ」
「は?」
「は?じゃねえよ、一度で理解しやがれ」
「いや、双子って誰が」
「だから、俺と健司!」
馬鹿かてめーは!と罵声を浴びせられ、しまいには頭をペチン!と、軽く叩かれた。
「いたっ!何すんの!!」
「理解できないお前が悪い」
「馬鹿、今のはお前が悪い!」
「でっ!!健司!てめー!!」
「文句は後で聞くから。今は蜂谷さんに対しての説明が先」
「チッ……覚えてろよ」
私の頭を叩いた望ちゃんを、今度は藤真さんが叩いて。
喧嘩に発展しそうだったけど、藤真さんの一言でその場は収まった。
そして、藤真さんが私に向き直って。
爽やかな笑顔で、衝撃の事実を言い放ってくれたのだ。
「こいつ、『のぞみ』じゃなくて本当は『のぞむ』っていうんだ。俺の双子の弟」
お……とう、と?
「えええええええええええええええええ!」
「ははは!すげーリアクション!」
「誰だってこんなリアクションになるだろ普通は!」
のぞみちゃん……いや、望くんと言ったほうがいいのかな。
望くんの言うとおり、誰だってこんな衝撃発言を聞いたらびっくりすると思うよ。
それか放心状態になるかのどっちかだよ。
だって、藤真さんと双子で?
男で?
妹じゃないとか!
そんなの漫画だけの話にしといて欲しかったよ!
いや、そもそもこの世界のベースは漫画なんだし、アリってことなのか?
いやいやそれでもさ!!
「せっかくバスケを通じて女の子の友達が出来ると思ったのにーーーーーーーー!!」
「「突っ込むところはそこかよ!!」」
そんなダブルツッコミいらないよ!
本当に、この試合が開催されるって知ってから友達が出来るかも〜なんて楽しみにしてたのに……
そのために携帯まで買いに行ったのに……
「あー……なんか、悔しい……」
誰に言うでもなく、小さな声で呟くと。
「悪かったよ、騙してて」
藤真さんが私の肩に手を置いて、優しい声でそう言った。
やっぱり藤真さん……みんなの前でいるときと性格違うよね。
望くんの口の悪さを考えたら、藤真さんもこっちが素なんだなって自然と思えちゃう。
その藤真さんを下から睨みつけるように見上げて、質問する。
「そもそも、何で騙す必要があったんですか?」
「あー、それはね……いいよな、望?」
話してもいいよな、という事だろうか。
藤真さんが望くんに対してそう聞くと、望くんはおもむろに私達に近づいてきた。
「全部、俺が話してやる」
そして、望くんが話をしてくれた内容とは。
藤真さんは、モテる。
そりゃあこのルックスだしね。
モテないほうがおかしいとは思う。
そのモテるがために、集中したいバスケに対し、時には女の子に邪魔されたりしてしまうそうだ。
女の子は好意を持っているから藤真さんと接したいだけなんだろうけど、それが自然にバスケの邪魔になっちゃうっていう事。
それでも、学校の中では望くんがありとあらゆる手を使って女の子達を藤真さんから遠ざけているらしい。
ありとあらゆる手、の説明はしてくれなかったけど……なんか、考えるのも恐ろしくて聞けなかった。
多分、望くんもそんなことをしなければ藤真さんと同じ顔だし、モテるんだろうなぁ。
……どっちにしろモテてそうな気もするけど。
そんな事を考えながら続きに耳を傾ける。
学校の中では性別を偽ることも出来ないし、もう仕方ないとして。
やはり学校外でも声をかけられることが多いらしく、そういう子に対しては弟ではなく妹を装って撃退してるんだそうだ。
望くんはもともとバスケ、というか運動系より文化系タイプらしく、藤真さんみたいに筋肉がついているわけでもないから、女装しても違和感がなかったみたい。
今日の交流試合で私や彩ちゃんがいるという話を聞き、バスケをネタに藤真さんに近づくような奴だったら思い切り撃退の対象になってた、というわけだ。
……こういう話を教えてくれたということは、撃退の対象から外れたって事だよね。
最初はそんなミーハーなイメージで見られてたってことか。
うーん、厳密に言えば間違いではない、けど。
バスケを好きな気持ちも本物だし、みんなと接したい気持ちも本当。
けどそれは、藤真さんっていう特定の人物だけじゃなくて、みんな平等に接することが出来たらいいなって思ってるから。
だから、その気持ちを二人にわかってもらえたんだとしたら、何だか凄く嬉しくなった。
わかってもらえた、というのは大げさかもしれないけど。
それでも少しでも気を許してもらえたのならそれでいいや。
ここまで話を聞いて、理由としては納得できたけどひとつだけちょっとした疑問が残ったので聞いてみる。
「でもさ、何でそんなに望くんは藤真さんのために頑張れるわけ?一歩間違えれば自分が女の子達の矛先になるのは間違いないことじゃない?」
何気なく放ったその言葉に、望くんは『うっ』と、小さく声を漏らした。
そして。
「…………弱み、握られてんだよ、健司に」
「弱み?」
「あー!いいだろそんなことは!とにかく、今まで悪かったっつってんだから、もうこの話は終わりにしようぜ!」
悪かったと言いつつも、その態度はどう見ても悪びれてないのは気のせいじゃないと思う。
堂々と話を流されてしまったけれど、望くんが言いたくないのなら無理に言わせるのも申し訳ないし……隣で笑いを堪えている藤真さんが気にならないといったら嘘なんだけどさ。
それならば、ひとつ条件を出させていただこう。
「じゃあ、私と友達になってくれるなら許してあげる」
「は?友達?」
「うん、別に男の子だって友達にはなれるでしょ。私、ほんっとーに楽しみにしてたんだけど。他校に友達が出来るの」
そう言ってニッコリ笑って見せると、望くんは一瞬『何言ってんだコイツ』みたいな顔をしたけど、照れくさそうにそっぽ向いて。
「…………いー、けど」
不貞腐れてるような照れ隠しをしながら、そう言ってくれたのだ。
「ほんとに!?有難う!!」
「おわ!てめー、勝手に手を握るんじゃねえ!!」
「いいじゃん、握手だよ、これからよろしくね、の握手!」
「俺は本当はお前より一個年上なんだぞ!もっと敬え!!」
「いやー、もう年上って感じしないし」
「なんだとー!!」
なんだろうね。
望くんて最初は女の子だと思ってたし、偏見だってわかっているけど、やっぱり他の人と違うっていうイメージを持っちゃって。
例え男の子であっても、普通に友達になれると思ったんだ。
だから自然と手だって握れちゃう。
こう言ったら絶対失礼だから本人には言わないけど、意識しなくて済むんだもん。
そう思って望くんとの手をぶんぶん振っていると、その上からもうひとつの手が乗せられた。
「俺も、友達になってもらえる?」
「ふ、藤真さん!って、い、いいんですか?」
「はぁ!?なんで俺の時と態度違うんだ!」
「だから望くんとは最初から友達になりたかったからだってば!予想外の展開についていけないんだもん!」
「っはは!やっぱ蜂谷さん、面白いわ!望にこんな風に接する女の子も初めてだし、俺とも是非友達になってよ」
「光栄です!ありがとうございます!」
「…………チッ、物好きな奴だな」
三人で握手している光景は、なんだか友情映画に出てきそうなシーンみたいだったけれど。
一気に友達が二人も増えたことに対して喜びを隠せなかった私は、終始ニヤニヤしていたに違いない。
その後、アドレスを交換してもらって。
足の痛みも少しずつ引いてきたので、二人の手を借りて体育館へと戻ることにした。
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