スラムダンク | ナノ

 28

昼食タイムを終えて体育館へと戻ってくると、既に何人かは体を動かし始めていた。
中にはギャラリーにいた人達もちらほら混じっている。
ずっと見学じゃ流石につまらないもんね、こういう時間しか練習できないのが可哀想だ。

話しかけてみたいなーとも思うけど、知っているプレイヤーではないから気後れしちゃって。
これ以上知り合いが増えても覚え切れないし、向こうから声を掛けられない限りはそっとしておいたほうが良さそう……というのは単なる言い訳っぽいが、この際仕方ない。



ええと、午前中に三試合が終わってるから、次は休憩で……その次はいよいよ藤真さんのチームと!
ようやく藤真さんと接する機会が来たー!
試合中だったら流石に望ちゃんだって何もできないだろうし、それに目の前であのスーパーテクニックを拝ませてもらえるなんて、嬉しすぎる。
あわよくば自分に吸収できたら……って、それは流石に欲張りすぎか。

ここは藤真さんの胸を借りるつもりで試合に挑もう。
越野くんと高砂さんも要注意しなきゃね。
桑田くんと彦一は狙わせて頂く気満々なので。
二人ともまだ発展途上だろうし、この試合でも何か掴めるものはあるはずだから。
そういう意味では頑張ってほしい。

勝ちは譲らないけど!!


昼過ぎての第四試合では、A対DとB対C。
やはり牧さんは強い。
今回は長野さんと潮崎くんも大健闘したみたい。
Dチームの寿先輩と長谷川さんの溝はマシになったみたいで、頑張ってはいたものの、それでもAチームには僅差で勝てなかった。

BチームとCチームも、かなりいい試合内容になってたようで、こちらも僅差だった。
でも、勝ったのは藤真さん率いるCチーム。
負け続けて花道がちょっとキレそうだったけど、なんとか堪えている。
このまま爆発しないことを願う。


そして、再び少しの休憩を挟んでCチームとの対決。

今度はさっきと違うコートでやるので、審判は高頭先生。
先生方も続けて審判とか、けっこうキツイと思う。
そこまできっちりやってるわけではないから大丈夫なのかな。
忘れそうになるけどあくまでも遊び感覚だもんね。


試合前の整列の時、何か妙に視線を感じるなと思って。
ふと顔を上げると左斜め前の藤真さんが、じいっとこっちを見ているではないか。
バッチリ目が合ってしまった。

え、何。
私、何かしたっけ……?

心の中で思い返してみても、何もした覚えは無い。
それどころか、接触だってままならなかったのに。
最早凝視されてると言ってもいいくらいに見られている。
どうしよう、と思っていると、ふいに逸らされた視線。

……や、ちょっと、怖いんですけど。

そうこうしているうちに号令がかかり、ジャンプボールの体勢に入る。

「亜子さん、負けへんでぇ!」

「私のマークは彦一か。私だって、負けないからね!」

隣に並んだ彦一に声を掛けられ、試合に集中するために投げられたボールを見る。
弾かれたボールに対し、真っ先に反応したのはリョータと藤真さんだった。

二人とも早いし、どっちが取ってもおかしくない。

リョータが取ったらすぐに反応できるように相手ゴールに足を進めたが、あと少しの差でボールは藤真さんの手に。
ディフェンスは池上さんや花形さんにお任せしているので、私はコートの半面で見守る。

藤真さんを追う仙道さんとリョータ。
それに気づき、すかさず越野くんへとパスを出す藤真さん。
更に越野くんから高砂さんへのパス。
そして再び藤真さんへと戻されて。

パス回しが上手くてなかなか奪うことができず、先取点は相手チームに取られてしまった。

やっぱり藤真さんの支配力はすごいな。
どういう指示をすれば、みんながこんな風に動けるようになるんだろう。
一人ひとりの力も凄いと思うんだけど、それでも即席のチームではこんなに上手くまとまらないと思うんだよね。

……私が考えたところで、もう発揮する場所はないけれど。
それでも、やっぱり自然と体が疼くっていうか。
みんなのプレイを見て勉強したくなる。

藤真さんの動きを観察すれば、突破口が開けるかもしれない。
そう思って藤真さんを見ると、再びバッチリ目が合った。

その瞬間、藤真さんから不適な笑みを向けられて。

……あれ、これってもしかして。

「もしかして藤真さん……私に喧嘩売ってます?」

「亜子!?お前、何言ってんだ!」

ギョッとしたリョータに突っ込まれた時には既に遅く。
失礼ながらも、私の口から藤真さんに対してとんでもない言葉が言い放ってしまった。

う、うわわ。
やばいよ、藤真さん、目ぇ見開いちゃってるよ!

「藤真さん!」

そんな藤真さんに対し、越野くんからパスが回る。
ボールを受け取った藤真さんはゆっくりとドリブルをし、私に向かって近づいて。
ひゅっ、と、姿が見えなくなったと思ったら。

「あながち間違ってはいないよ」

抜き去る瞬間、小さな声でそう呟いていった。

あながち間違ってはいないよ、って、ええ!?
本当に喧嘩売られてんの!?

何で!?意味わかんないんですけど……!
いや、確かに敵チーム同士だし……だからといって
なんでだ!

「蜂谷、気にするな」

「花形さん!喧嘩売られたら、誰だって気にしますよ!」

「喧嘩……売られたのか?」

「はい、そりゃもう」

そう答えると、花形さんはしばし無言で。
その後、小さくため息をつき。

「そうか……仕方ないな、頑張れよ」

そう言って頭を軽く叩き、ディフェンスに戻って行ってしまった。

し、仕方ないなって!
何が仕方ないんだ、何が!!
あー、もう……藤真さんといい、妹の望ちゃんといい。
なんなんだ、藤真兄妹!
意味わからん!!

いくら喧嘩を売られたからといって、藤真さんには勝てる気がしないけど……!
どうやって攻めろと。

救いを求める意味で仙道くんの方を見てみたものの。

「蜂谷ちゃん!パス!」

偶然いい位置に立っていたようで、なんとそのままパスが回ってきた。
それと同時にキュキュッ!とバッシュの床をこする音が響いて。

「蜂谷さん、勝負!」

先ほど宣戦布告をしてきた藤真さんが、私の目の前に。

ええー!マジなの?
マジで勝負するの?

藤真さんと?

か、勝てるわけないんだけど……!

「パスは許さないからな」

一言呟き、素敵に爽やかな笑顔を振りまく王子様。
でも、私には『ニヤリ』という効果音が聞えたような気がする。
いくら王子様でも、今の私には恐怖の大王にしか見えないんだけど。
思わずヒィ、って情けない声が出そうになった。

パスは許されない。
つまり私に残されている道は、目の前にいるこの恐怖の大王をドリブルで抜くしかない。

と、大げさに言ってみたけれど。
いくら喧嘩を売られてもそれを買う意思がなければパスしちゃったっていいんじゃないかってね。

でも、勝てないって分かっていても、正直なところ勝負してみたいっていう気持ちもある。
どうせこれは交流試合だし。
この勝ち負けが勝敗に繋がる……わけでもないだろうし。

きっと、私がここで藤真さんに負けてもリョータや仙道くん、花形さん、池上さんが取り返してくれる。

それに、最初に自分でちゃんと分かってたじゃん。
『藤真さんの胸を借りるつもりで試合に挑もう』って。
藤真さんだって、女で男に混じってプレイする人物に興味があるだけかもしれないし。
それだったら、変に考えずに自分の思ったとおりに動いてみるだけ動いてみようか。

さっきまでの気持ちを切り替えて、目の前の藤真さんを見据えた。

「おっ、目つきが変わったな」

「……はい、勝負してみようと思って」

「面白い……!さあ、来い!」

藤真さんのディフェンスは隙がほとんどない。
流石としか言いようがないこのディフェンスを、どうやって超えようか……

フェイントをかけて揺さぶって?
思い切り低くドリブルをして、下から?
それとも……

だめだ、ごちゃごちゃ考えてたっていい結果は出なさそうだ。
ここはストレートに行くのみ!

頭の中でスタートを切り、藤真さんに向かっていく。
伸びてくる手を必死で交わしながら、懸命にドリブルをして。

そして体をかがめ。

よし、行ける!!

藤真さんの横を抜き去ろうとした、まさにその瞬間。
置いてきたと思ったはずの藤真さんの手が私の目の前に現れて。
は、早い……!

バシンッ!!

思い切りのいい音が響いて、ボールは外へと弾かれた。

しまった!このボールを取られたら負ける!

咄嗟に体が反応してボールを追いかけたものの、目の前には机が。
視界に机が入ったとき、ようやく気づく。

ちょっ、嘘でしょ!?このままじゃ、体ごと突っ込んじゃう……無理!

「危ない!!」

「っきゃ……!」

ガシャーン!!

机も、近くにあった椅子も、全てが巻き添えをくらって体育館に結構な音が響いた。
一瞬のうちに痛みを覚悟したけれど、考えていたほどの痛みはなくて。
ぎゅっと瞑っていた目をゆっくり開いてみると、目の前に栗色の髪の毛が。

「っ!嘘!ふ、藤真さん!!」

藤真さんが私をかばってくれたのだ。
机にあたる直前に、私の体を引っ張ってくれたのだろう。
そのおかげで二人して机に突っ込んでしまった。
しかも、藤真さんが私の体を抱えるようにしてくれていたので、私にはほとんど痛みがなかったのだ。

「大丈夫ですか、藤真さん!」

周りのみんなも試合を一時中断し、集まってくる。
みんなが心配する中、藤真さんはゆっくり立ち上がって。

「そんなヤワじゃないよ、心配するな」

その一言を聞いた瞬間、その場にいた全員が安堵のため息を漏らした。
もちろん、私も例外ではなく。

「あ、あの、すみませんでした」

私が意地はってボールを追わなければ、こんなことにはならなかったはず。
迷惑をかけてしまったことに対し、謝ったのだけれど。

「いや、女の子であそこまでボールが追えるなんてね、感心したよ。ナイスファイト!」

注意を受けるどころか、爽やかに激励されてしまった。
多少なりとも痛みはあるだろうに。
そんな素振りを見せない藤真さんは、本当に凄い人だと思う。


「……おい、お前。兄貴になんてことしてくれてんだ」

なんとなく、は想像してたけど……やっぱり出ました、藤真妹。
声の聞えた方に顔を向けると、お怒りのご様子の望ちゃんが仁王立ちで立っている。

藤真さんは爽やかに笑って許してくれたけど、望ちゃんはそうはいかないようだ。
まあ、普通はそうだよね。
身内は大事だもんね。

「兄貴に怪我でもあったらどうしてくれんだよ」

「望、俺はなんともないって」

「は?……兄貴、話が違くねえ?」

「違くないだろ、俺が良いって言ってるんだから良いんだよ」

んん?
なんだこの展開、空気悪くない?

「あ!?なんだよそれ、誰のためにコイツに対して言ってやってると思ってんだ!」

最初は私に向けられていた矛先が、そのうちに藤真さんに向かって。
兄妹の雲行きが怪しいな、と思いつつ二人のやりとりを見ていたら。
最後の望ちゃんの一言の時、私の肩をドンッと押され、少し後ろによろけてしまった。

と、同時に足に力が入らなくてストンと尻餅を。

「あん?」

そんな強い力で押してねえぞ、と望ちゃん。

「あ、あれ?おかしいな。足に力が入らない。というか、足が痛い……」

右の足首が少しずつ痛み出し、さすってみるとなんだか腫れている気がする。

「やだ!ひょっとして亜子、捻挫した?」

野次馬を掻き分け、彩ちゃんがコールドスプレーを持ってきてくれた。

「ちょっと見せてね。…………ああー……見事に腫れちゃってるじゃないの。管理人室に行って、氷水で冷やしましょう」

「うわあ……マジで……気づかなかった」

「仕方ないな、この試合は中止しよう。俺らの負けでいい」

「花形さん……すみません」

「仕方ないだろう。それに、別に蜂谷が悪いわけじゃないさ。挑発したうちの藤真が悪い。な、藤真」

花形さんはいい加減にしろよ、というような表情で藤真さんを見た。
それを受けた藤真さんは、はぁ、と大きなため息をひとつ。

「はいはい、俺の責任だよ。ちょっとどいて、俺が管理人室まで運ぶから」

「え、ちょ、ちょっと藤真さん」

突然ぶっきらぼうな態度になった藤真さんは、私の足にスプレーを噴射してくれていた彩ちゃんを退け、背中に触れた。

「あ、あの……え、わ! わわわわ!!!」

「騒ぐと落っことすぜ?」

私を横抱きにした後、ニヤリと笑う藤真さん。
ていうか、さっきまでの爽やか王子はどこに!
誰、この人!

「あ、兄貴!お前なぁ……!」

「もういいよ、望」

ん?

今、『のぞむ』って呼んだ?
『のぞみ』じゃなくて?

「……えと、あの……のぞむ、って?」

「説明は後な。とりあえず、管理人室行くぞ」

ほぼ全員が呆気に取られている中、藤真さんは堂々とした振る舞いで先生に許可をとり、私を管理人室まで運んでくれた。
周りの視線が突き刺さるように痛くて、物凄く恥ずかしかったのは言わなくても理解していただけるだろう。

それよりも、説明って?

ちょっと聞くのが怖いなんて思うのは、きっと気のせいじゃない……、多分。
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