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10分間の休憩を終え、続いての試合は寿先輩のチームだ。
チラリと横目でDチームの様子を覗き見てみると。
「だから、そうじゃねーだろ!この場面ではよー!」
「それが間違いだっていうのになんで気づかないんだ!」
おお、やってるやってる。
相変わらず長谷川さんと寿先輩との衝突が続いているようで、ノブを含めた他のメンバーは全員『いい加減にしてくれ』というような表情になってる。
ただ一人、ヤスだけは変にオロオロしているだけだったけど。
「三井サンのチームには絶対負けねぇな」
「ああ……やっぱリョータもそう思う?」
「ああ、チームワーク最悪だしな、個人プレイに出られたところで問題ないだろ。楽勝だ!」
「「今、何て言った?」」
両手を頭の後ろで組み、ご機嫌な感じで言ったリョータの言葉がどうやら最悪の二人の耳に入ってしまったらしい。
寿先輩と長谷川さん、こっち……というよりリョータの方を睨んでいる。
ちょっとマズイんじゃないの、これで妥当宮城!なんて団結されちゃったらさ。
「い、いや、何でもないっスよ、な!亜子!」
「え!そこで私に振る!?」
「バカ、フォローくらいしろよ!」
「お前……!」
「「うお!すみませんごめんなさい!!」」
長谷川さんの怒りを含んだ声が聞こえて、リョータと同時に謝る。
咄嗟の反応がリョータと一緒とか……ちょっと悲しい。
「三井!どうなってるんだ、お前の後輩は!どういうしつけをしてるんだ!」
「あァ!?何で俺に矛先が向くんだよ!」
「後輩の責任は先輩の責任だろう!」
「なんだそりゃ、んな理不尽なことがあってたまっか!」
続いてそのまま怒られるんだろうなー、って、覚悟してたんだけど。おかしいな。
長谷川さんの怒りの『お前……!』は、どうやら寿先輩に向いていたらしい。
これは、ひょっとしてひょっとすると……
「一志は三井に相当ライバル心を燃やしているようだな」
私の横に並んだ花形さんが、ポン、と肩に手を置いて。
「結局のところ、あの二人は意思の疎通が出来ないってことですかね」
「ああ、あのチームは終わりだろう」
「……ご愁傷様ですな」
今度は二人に聞こえない程度の声でそう言うので、苦笑いをせずにはいられなかった。
「ま、やるからには全力で潰すぞ」
「え」
ニッコリ微笑んでそう言い放った花形さん。
思わず顔をガン見しちゃったけど……意外に、黒いんですね。
この人は怒らせないように気をつけよう。
「では、両チーム整列して!」
さっきと同じ側のコートでの試合なので、審判は同じく田岡先生。
試合が始まり、予想通り順調に点が入っていく。
「あーっ、これで15点目!」
ノブが頭をぐしゃぐしゃに掻き回しながらそう叫んだので、思わず笑ってしまった。
そして、独り言のようにブツブツと何かを言い始めて。
「くそー、あの二人さえ同じチームじゃなけりゃ……!」
「ノブ!」
「あ、亜子さん!」
励ましの言葉をもらえるとでも思っているような、期待した顔で私を見るノブ。
しかし!可哀想だがこれも勝負というもの。
「ドンマイ!」
「ええええ!その笑顔でその台詞かよ!酷ぇな!!」
はっはっは。
満開の笑顔で微笑んでやったわ。
だって、確かにあの二人が同じチームじゃなければノブはもっと力を発揮できるはずだもん。
思うように動けないノブを見て、言ってあげられることは『ドンマイ』くらいしかないしね。
さ、前半のうちにもうちょい追加で点を取らせていただこうかな!
完全に安心できるまではあと10点は欲しい。
「蜂谷!行ったぞ!」
「はい!」
池上さんからのパスが回ってきて、そのままドリブルしようとしたその瞬間。
目の前に影がスッと入ってきて。
「えっ!?」
さっきまでそこに人はいなかったはずなのに!
ぶ、ぶつかる……!!
「あぶな……!」
「うお!!」
誰かが警告をしてくれようとしたその声は、最後まで発せられることもなく。
私は見事にその影の正体であろう人物に衝突した。
そしてそのまま前に倒れこんで、床に弾かれごろんと転がり、もつれ合うようにして。
持っていたボールも弾かれてどこかへ行ってしまった。
い、痛い……!
「っ……いてぇ……」
それはこっちの台詞だと言いたかったけれど、鳩尾を殴られたような感覚……きっとボールが当たったんだろう、そのせいで声が出なかった。
「……三井も長谷川も、いい加減にしたらどうなんだ。せっかくの交流試合に怪我人が出ては、楽しいものも楽しめないだろう」
ちょうど休憩中である木暮先輩がコートの中に入り、私たちに近寄る。
木暮先輩の言い方から察するに、寿先輩と長谷川さんが言い合いをしていて余所見をしてたので私とぶつかった、というところだろうか。
「す、すまない……」
今よりももっと高いところで長谷川さんの声が聞こえたから、どうやら私がぶつかったのは寿先輩らしいということが理解できた。
ゆっくり顔を上げると、そこには寿先輩のドアップが。
「っ!!」
し、心臓に悪い!
ただでさえ鳩尾が痛いのに、更に心臓まで傷物にする気か!
ていうか、なんで私から前のめりになったのに寿先輩が私の上にいるんだ……!
もつれ合ったからその時に上下逆転したのか!
混乱気味の私に、寿先輩が申し訳なさそうに尋ねてくる。
「わ、悪い、亜子!大丈夫か!?」
これ以上顔を近づけないでください、頼むから!
「ま、とりあえず立ち上がりましょうよ。ね?」
「ぬあっ!」
仙道くんが寿先輩を引っ張り起こしてくれたおかげで、私の体から重みが消えた。
「亜子ちゃんも、立てるか?」
「あ、は、はい」
少しずつ痛みも楽になってきて、木暮先輩が私の手を引いて起こしてくれた。
優しいです、木暮先輩……!
「ウチのチームには控え要員はいないしな……棄権しておくか?」
「いやいや、大丈夫ですよ、花形さん!これくらい、なんともないです!」
「なんともないって亜子……さっきは痛みで喋れなかっただろ?」
「大丈夫だってば、リョータ。私、頑丈だから!」
「まあ、蜂谷ちゃんの事だしさ、本当に駄目だったら駄目って言うっしょ。本人がやりたいようだし、試合再開しましょうよ。楽しくやるのが目的でしょ?」
ね、と、軽く微笑んで。
みんなにそう言ってくれたのは仙道くんだった。
最後の言葉は、寿先輩と長谷川さんに向けて強調してたけど。
あのフリースロー勝負で私の負けず嫌いを分かってくれたのかしら。
ともあれ、ナイスフォローをありがとう。
「じゃあ、本当に駄目になったらすぐ言えよ!」
「うん、ありがとう!」
リョータがそう言ってくれたので素直に頷き、試合再開のためにフリースローラインに行こうとすると、すっかり元気のなくなっている寿先輩を長谷川さんがこっちを見ているのが目に入った。
そして。
「本当に悪かったな、俺らの不注意で……」
「マジで大丈夫か?」
これは利用させてもらうしかないでしょう。
「すっごく痛かったです、ほんと。立てなくなるかと思いました」
フイッと目を逸らし怒ったように素通りしてやると、コート外にいた木暮先輩は苦笑いをし、コートの中にいる他のメンバーは数人程含み笑いをしていた。
ノブとリョータなんて爆笑だ。
つまり、私の作戦は成功。
これで二人はもうこの試合中は大人しくする他ないだろう。
はっはっは、完全にこの試合は頂いた!
でも、鳩尾は本当に痛かったんだがら。
真剣に反省していただきたい。
案の定後半に入っても二人の元気が戻ることは無く。
24点という差をつけて、我がEチームが勝利した。
試合が再開されたとき、とある人物が私の姿を目で追っていたなんて。
この時は、ほんの少しも気づかなかった。
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