スラムダンク | ナノ

 19

「こんばんは、ここ、ちょっと見学させて貰ってもいいですか?」

午後19時。
体育館を利用するお客さんが一人もいなくなってしまったので、フロアのモップがけをしようとしていた時だった。
入り口の方から声を掛けられて、振り向いたらそこには長身の二人組。

え、あれって翔陽の花形さんと高野さんじゃん……!!

「あ、こ、こんばんは!とりあえず中へどうぞ」

二人を中へと招き入れ、私もそこに近寄る。
まさか交流試合の前に顔を拝むことが出来るなんて……!

「ここの管理人さんはどこに?」

「あ、私です…………一応」

一応と付け足したのは、高野さんが『お前が!?』という顔をしたからだ。

「え、きみ見るからに高校生でしょ?管理人なの?」

「はい、高校二年ですけど、それでも管理人なんです。………一応」

信じがたい様子の高野さんに、これまた一応を付け足して返事をした。
良かった、中学生とは言われなくて。
どっかの誰かさんは初対面で私の事を年下だと思ったからね!
今頃リョータ、くしゃみしてるに違いない。

「ああ、じゃあもしかして今度交流試合に参加するっていう女の子?」

「え、ご存知なんですか?」

「藤真から話を聞いてね……あ、藤真って、俺らのチームのキャプテン」

花形さんは丁寧に説明をしてくれる。
知ってるけど知らない振りをした方がいいのかな。
でもそれだとわざとらしいよね。
交流試合に参加するんだから、多少なりとも知識があったっておかしくはないだろう。

「わかります、あの藤真さんですよね!そして、あなた方二人は翔陽スタメンの花形さんと高野さん」

「おっ?俺らの事知ってんのか!」

「それは光栄だな」

「もちろんです、有名ですから」

高野さんはちょっとぶっきらぼうな感じ。
花形さんはしっかり者で、ジェントルマンな雰囲気。
漫画で見ていたのとそんなに印象が変わらないので嬉しかった。

しかし、『有名』という言葉を耳にした瞬間、彼らの顔色が豹変したのである。

「あの……何か、マズイ事言いましたかね?」

「いや……そういう意味じゃないんだ、ひとつ忠告をしておこうと思ってね」

「そうだな、あれは忠告しておくべきだな!」

二人して顔を見合わせ、うん、なんて頷いて。
あれ、ってなんだろう。

「「藤真の妹には気をつけろ」」

「え」

「どういう意味かは会ってみたらわかる!俺達の事を知ってんなら、藤真の妹が交流試合に来るって言うことも知ってんだろ?とにかく気をつけろ!」

「そ、そんな事言われましても……」

「まあ、何かあったらフォローはするつもりだから」

花形さん。
はぁ、とため息を吐きながら眼鏡を直す仕草がカッコいいです。
でも。

「お二人の言ってる事がいまいち理解できないんですけど……」

「「とにかく気をつけろ」」

「は、はぁ」

言葉に押されてしまった、っていう感じ。
藤真さんの妹さんねぇ……私としては、かなり楽しみだったんだけど。
気をつけろと言われても……何に気をつけたらいいかが分からないと、気をつけようもないんじゃないのかな。
でも、二人は口に出したくなさそうな様子。

全ては当日、会ってからのお楽しみって事か。
しかし、出会って10分も経ってない人に忠告しちゃうくらいだから、相当破天荒な感じの子なのかな。
私の空の脳みそじゃそんなことくらいしか想像できない。

「ところで、最初にも言ったけど、少し見学させてもらっていいかな?」

「体育館の中ですか?」

「そう、交流試合の前に一度見ておきたくてね。そんなに遠い場所じゃないから、藤真に断りを入れて高野と視察に来たんだ」

「視察っていうほど大げさなもんでもねーけどなー」

「ああ、そういう事ですか。どうぞどうぞ、気の済むまで見てってください。どうせ今日はもう閉めようと思ってたので。何ならボール使っても大丈夫ですよ」

「ああ、有難う。じゃあお言葉に甘えて」

「お前も……ん?お前、名前なんつーんだ?」

何かを言いかけた高野さん。
ふと気づいたように、問いかけられた。

「あ、そういえば名乗ってなかったですね、湘北高校二年、蜂谷亜子と言います」

「おお、蜂谷な、よろしくな!」

「いい名前だな。よろしく」

いい名前とか言って照ーれーるー!!
ドサクサに紛れて二人と握手できちゃった、テンションあがっちゃうじゃないか!

「で、さっき何を言いかけたんですか?高野さん」

「あ、そうそう。お前も一緒にやるか?」

「え、いいんですか!?」

高野さんに誘われたので、高野さんは当然OKだろう。
となると、もう一人の反応が気になるわけで。
花形さんをチラ見すると、いいよ、と頷いてくれた。

「わあ、有難うございます!嬉しいです!」

「………なんか、犬が尻尾振ってるのを見ている気分だな」

「犬!?そんな可愛らしいもんじゃないですよ!」

「いや、女子にしては身長は高い方だと思うんだけどさ、仕草が小動物系な感じがするぜ」

「……確かに、そんな感じかもな」

「ぎゃ、花形さんまで!人をからかうのはその辺にしといてくださいよ、やるならやりましょう!」

女子にしたら身長高い方とかさ、この二人にとってあんまり関係ないんじゃないのかなぁ。
だって二人とも二メートル近いじゃん、そんな人たちと比べられたら、誰だって小動物になるじゃん!
笑っている二人を尻目に、倉庫へと向かってボールを取りに行く。

いやいやいや〜、それにしても私ってほんっとラッキーガールだな。
この世界に来てから、いい事ばかりな気がする。

そりゃあさ。

元居た自分の世界の出来事を忘れてしまったわけではない。
悲しい事だって心の中にはいっぱい残っている。
だから、時折自分だけがこんなに幸せでいいのかなって思う。
これが本当の幸せかと聞かれたら、間違いなくNOと答えるだろう。
やっぱり、私にとって一番の幸せは家族みんなが揃っている事なのだから。
けれど、そんな事を考えていても結局先に進むことは出来なくて。

「おーい、ボールは一個でいいぞ〜!」

「あ、はい!」

考え事をしていたら、いつの間にか腕の中にはボールが三つ。
高野さんが声をかけてくれたおかげで、我に返った。

そう、この世界のみんなは、私がこうやって過去の事を思い出してしまうとその時には必ず手を差し伸べてくれる。
本人たちに手を差し伸べている自覚はないとは思う。
どこでどうした行動が手を差し伸べた行動かというのも、私にしかわからないだろう。
だって彼らが何気なく放った一言でも、私にとって助けてもらったような気分になれるんだ。
不思議だけど。
何故かわからないけど。

だから、この世界に居られる間はめいいっぱい楽しもうと決めた。

これからもその楽しい事は増えるに違いない。
そう思ったら、ワクワクが止まらなくて。

「いきますよ〜!!」

「え、そこから投げんのか!?」

「よし、来い!」

「え、花形、何構えちゃってんの?」

「たまにはノリのいいキャラになろうと思ってな」

「なんだそれ、意味わかんねー」

「せーのっ!!」

ボールを受ける構えをしている花形さん目掛けて一直線。
力の限り思い切り投げたあと、自分もそこに向かって走り出した。

「じゃあ二対一で、花形さん&私VS高野さんでいきましょう!」

「は!?何でそうなるんだ!」

「よし、それで行こう」

「いや、ちょっと待て花形!お前も賛成すんな!」

「満場一致ということで、いざ勝負!」

「満場一致してねぇよ!あ、ちょっと待て!コラお前ら!!」

花形さんからパスを貰い、奪いにくる高野さんを交わして折り返しのパス。
花形さんはそのままドリブルをし、ゴール目掛けてシュートを決めた。

バスケって、なんて気持ちいいんだろう。

この感じ、私の大好きな感覚だ。

やっぱり、バスケが好き。

凄く好き。


バスケをやってなかったら、みんなに出会うこともなかった。


……私、まだまだ頑張れるみたい。




その後小一時間程度の運動をして。
二人が帰ると言い出したので、片付けをしてから体育館を出ることにした。

「有難う、少しはこの体育館に馴染めたような気がするよ」

「いい所だよな、試合当日が楽しみだぜ!」

「お二人にそう言って頂けてよかったです、私も混ぜてもらえて嬉しかったですし」

気持ちを伝えると、二人とも笑顔になってくれて。
そして『またね』という言葉を交わし、二人の背中を見送った。

きっと、あの二人も私に手を差し伸べてくれたなんていう自覚はないだろう。
本人達にお礼を言ったところで分かってもらえないのは承知済みなので、心の中で『ありがとう』と呟いておいた。



もう少しで、交流試合が行われる。
その試合では一体どんな事が起こるんだろうか。
大事件とか起こっちゃったりするんだろうか。

凄いメンバーが集結するんだから、何かしら起こってもおかしくはない。

とりあえず、花道には期待しておこう。
いろんな意味で。
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