スラムダンク | ナノ

 1

幼い頃、少年誌で連載していたバスケットボールの漫画に憧れていた。

彼らのようにコートを走れたら、どんなに楽しいだろう。

彼らのように、二度と無い今を走りぬく事ができるなら、どんなに幸せなことだろう。


その気持ちはいつまで経っても冷めることがなく、私は、夢を描き続けた。




小学校高学年の頃からミニバスを始め、中学でもバスケ部に入部して。
漫画のように上手くなりたかった私は、毎日、休みの日でも練習を欠かさなかった。
その甲斐あってか、いつしかチームを引っ張る存在となり……そして、二年の夏、先輩が引退してからは、チームのキャプテンとなって頑張ってきた。
私達の代での引退試合では県大会で優勝し、全国大会まで行った。

全国大会ではすぐに負けてしまったけれど、それでも自分の実力を出し切れたことに悔いはなかった。
今はまだ、下積みだと思えばいいと、自分自身でよく言い聞かせて。

そして高校では推薦を貰い、県でも上位の高校に入学することが出来て。
有難いことに、一年の時からレギュラーとして出させてもらっていた。

この時はまだ、インターハイへの道は遠くて。
けれど高校二年になって、チャンスが訪れた。

いよいよだ、いよいよ、インターハイ目指して……私の思い描いてきた夢が、実現される……!



そう思っていた矢先に、現実は私の夢をいとも簡単に奪っていったんだ。













外は曇り空。
遠くの方では小さく雷が鳴っている。
次第にここいら一帯に近づいて、そのうちに雨が降るだろう。

……雨は、好きじゃない。
嫌なことを思い出す。


私の夢が、未来を描けなくなってしまった日…その日も、今日と同じような空模様だった。

ただ、お父さんと、お母さんと、三人で一緒に出かけただけだったのに。
ただ、車に乗っていただけだったのに。

誰が悪かったんだろう。

相手の運転手?

それとも、お父さんの運転?

そんなの、どちらもいない今では、よくわからない。
交差点で激しくぶつかり合った車の事故は、三人の尊い命を奪っていった。
助かったのは私だけ。
私の両親も、相手の運転手も、みんな、死んでしまった。



私は、広すぎる体育館のど真ん中で一人で寝そべっていた。

「……バスケ、続けたかったなぁ……」

最近、こんな独り言が増えている。
思い描いていた日常と、あまりにもかけ離れすぎていて。
人生ってなんだろう、なんて、深いことまで考えるようになってしまった。

私がいる、この体育館は……両親が残してくれた財産。
個人経営というわけではないけれど、私の両親が今まで必死に守ってきたものだった。
何度か取り壊そうという話も出たらしいが、その都度お父さんが市ぐるみで反対意見を提出し、維持し続けたのである。
詳しい事は何も知らされてはいなかったけれど、維持費はほとんど私の両親が払ってきたみたいで…私は、幼い頃からずっと、この体育館で練習を積み重ねてきた。
そのおかげで、今の強さがある。
だから、ここは私の育ってきた家と言ってもいいくらい、思い入れの深い場所なのだ。

管理していたのは、もちろん両親で。
その両親がいなくなってしまった今、再び取り壊しの話が進められていた。

それを耳にした私は、即抗議をしに行ったのだけれど。
『管理人がいないのでは、あの体育館は維持することができない』という言葉を返された。

私はまだ高校生だ。
学校もあるし、四六時中この体育館にいるわけにもいかない。
ほかにやってくれそうな人を全て当たってみたけれど、全滅。

このままでは、この体育館は

私の思い出深い体育館は

私の、両親との思い出の場所が


なくなってしまう。


……それならば、私自ら管理をするしかない。



今、ようやく夢が実現されようとしていたのにいいの?
もう少しで、思い描いていた未来が手に入るかもしれないのに、いいの?

何度も自問自答を繰り返す。

答えなんて、出てこなかった。
だって、どっちも大切なんだ。

両親との思い出も。
自分の夢も。





結局、私は高校を中退することにした。

本来ならば未成年が管理人なんて出来るわけがない話なのだが、親戚に保証人になってもらったことで、どうにか認めてもらうことが出来た。
市の責任者も、私の家の事情をわかっていてくれたから……同情も入っているかもしれないけれど。


それでも、どうにか守ることが出来たよ。




維持費は10年先まで払ってあるらしく、とりあえずの心配は無い。

細かい雑費などはかかるだろうが、それでも、両親が残していった財産を見る限り、大丈夫……、だと、思う。
この維持費が無ければウチはもっと裕福に暮らしていたのかもしれないな、なんて考えたこともあったっけ。

不安なんて、たくさんある。

若くして一人になってしまったこと
高校を中退してしまったこと
体育館の管理のこと

この先、自分の人生どうしたらいいんだろう。

考えれば考えるほど、たくさんの不安が押し寄せてきて、今にも潰されてしまいそうになる。
けれど、それじゃあダメなんだ。
高校中退してまで守ったものの大切さを、自分で形にしていかないといけないんだ。



「……でも、今はまだ……少しの後悔を、……許して」

呟いたその言葉を受け取ってくれる相手はいなかった。
私一人しかいないんだから、当たり前と言えば当たり前だけど。


雷が、少しずつ大きくなってきた。
次第に雨が降り始める。
今の時刻は17時をちょっと過ぎたところ。
電気もつけず、薄暗い体育館のど真ん中で。
私はボールだけを抱えて、相変わらず仰向けに寝そべっている。


「……彼らのように、自由に……」


何度も繰り返される映像。
幼い頃の、バスケットボールの漫画。

「彼らと一緒にプレイすることが出来たら、すっごく楽しいだろうな……」



あの青春を

あの感動を


彼らと共に、過ごすことができたなら――――――。



絵空事を口にしているのなんてわかっている。
ただの、自己満足。

抜け殻のような私を囲むように、雷はどんどん大きな音を発して。
いつの間にか、外は土砂降りになっていた。

……もう少しだけ、ここにいよう。



雨の音を静かに聴きながら、ゆっくりと目を閉じたその瞬間。





ドォォォォン……!!





雷特有の凄い音と共に、体育館全体が、激しく揺れた。
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