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放課後、手紙に書いてあったとおりに柔道場へとやってきた。
部活があるにも関らず、昨日取り付けた約束どおりに流川くん、花道、寿先輩、リョータの四人が付いてきてくれて。
しかし、こんなに大勢で向かったのでは青田先輩が返してくれない可能性もあるので、とりあえずは自分一人で柔道場に入る。
で、にっちもさっちもいかなくなったら、みんなが登場っていう計画だ。
「すみませーん、蜂谷亜子という者ですが……今日の放課後、ここに来いって……」
柔道場の扉を開け、顔だけを覗かせつつ。
近くにいた人にそう伝えると、その人は柔道場の更に奥にある部室に入って行った。
しかも呆れた表情だったから、巻き込まれたんだろうなあ……なんて察してみる。
関係ない部員まで巻き込むなよな、バカ青田。
そして、しばらく待っていると、中から青田先輩が。
…失礼だけど、いかにも汗臭い感じだな。
「す、すまんな、わざわざ出向いてもらって!」
わざわざって……あんたが呼んだんでしょーが。
心の中で悪態を吐きながら、緊張してるっぽい青田先輩の姿に苦笑した。
「いえ。それで、あの……写真……」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
そう言うと、柔道場にいた部員にランニングを命じた。
え、なんで?
人払い?
「ふう、これでよし。あ、あの!……亜子ちゃん!」
「うわ、はい!?」
突然肩を捕まれて、まっすぐに見つめられたものだから、思わず硬直。
ちょ、鼻息!
近いって!!
「唐突だが、我が柔道部のマネージャーをやってくれないか!」
「えぇ!?」
「キミがマネージャーをやってくれたら、むさ苦しい柔道部も華やぐこと間違いナシだ!OKの返事を貰えるまでネガは渡さん!!」
「はぁ!?」
そんな無茶苦茶な。
……困った。
マネージャーっていう響きは悪くないけど、私がマネージャーをやるとしたら男子バスケ部以外に有り得ない。
どうしよう、と、みんなが居るであろう方向をチラ見すると。
それぞれ、拳を握り締めて、突き上げたりアッパーを食らわすような動作をしてたり。
攻撃しろってことかい。
……出来るか!!
かといって、この状況を打破する為にはどうにかして説得しなければならない。
……マネージャーが出来ない理由を素直に言うべきか……家庭の事情をこんな人に話すのも気が引けるけど、それ以外に方法も無さそうだしな。
それに、こういう人って情に厚いから、きっと納得してくれるだろう。
「あの、私、両親いなくて。で、やらなきゃいけない事があるんで……マネージャーは愚か、部活にも入ることができないんですよ。時間に余裕がないんです」
「……!!」
思ったとおりだ。
青田先輩の、私の肩を掴んでいる手がブルブルと震えだした。
「そ、そうなのか……!そんな事情とは露知らず、すまなかった……!よし、マネージャーは諦めよう!」
「じゃあ……!」
「だが、それではネガは渡せん!!」
「えぇ!?」
まだ何かあるのかよ!
怪訝な顔で、青田先輩を見上げた。
すると。
「ほ、ほ、……」
「……ほ?」
「ほ、頬にちちち、チューしてくれたら、わ、渡してやってもいいぞ」
「はっ……?」
ええええええええええ!!
出来るかそんなの!!
「……えーと。それ以外に、ネガが貰える方法はないんでしょうか」
「ない!」
キッパリと否定する青田先輩。
さっきまで物凄くどもってたくせに、否定だけはこんなにハッキリと出来るんだ。
っていうか、否定すんな!
「さあ、どうした。ネガが欲しくはないのか」
「うっ……」
「さあさあ、さあ!」
ぎええええ!!
なんで突然こんなにも積極的!?
さあ、さあ!と言いながら、青田先輩の顔がどんどん近づいてくる。
い、嫌だ!!
やだー!
「たっ、たすけ……!」
助けを求めようと、みんなの居た場所に目をやった。
けれど、そこには誰一人としていなかった。
「っ!?は、はくじょうものおおおお!!」
ごんっ!!
ぐいっ!!
涙目でそう叫ぶと、突然目の前の青田先輩が視界から消えた。
そして、私の体が後ろに引っ張られた。
「誰が薄情者だ、コラ」
「……!」
「お助けマン桜木、参上!」
青田先輩の居た場所には花道が、そして私の体を引っ張ってくれたのは寿先輩だった。
花道が青田先輩にゲンコツを落とし、見事沈没させ。
「〜〜〜っ、帰ったのかと、思った……!!」
安心感に、力が抜けた。
「おーい、ネガ、部室にあったぜ」
「わかりやすすぎる」
リョータと流川くんは、ネガを探しに部室に行ってくれてたみたい。
「……助かった出来るだけ…!みんな、有難う……!」
これでネガも取り戻すことが出来、青田先輩を黙らす事も出来た。
黙らすといっても私がやったわけじゃないんだけどさ。
「よし、んじゃ、無事解決したっちゅーことで部活行くぞ!」
「おー」
「うす」
「おっし!」
寿先輩の言葉に、リョータ、流川くん、花道がそれぞれ返事をし。
倒れた青田先輩をその場に放置し、みんなで体育館へと向かう。
その間、私は寿先輩にずるずると引きずられ…いや、歩けるんですけど。
「せ、先輩!私歩ける!」
「あー?腰抜かしそうになったくせに、良く言うぜ…でったく、お前は隙だらけなんじゃねーの?」
「ああ、オレもそう思った!亜子に隙が多いからあんな写真撮られるんじゃね?」
ひ、ひどい!
リョータまで……!誰だって気づかない事ってあるんじゃないの!?
「っていうか……心当たりは無かったんすか?」
流川くんに言われ、日常を思い返してみる。
「……全く、ない」
「あんなに沢山のショットを撮られてたのに、ゼロですか?」
花道にまで言われた……!
確かに沢山撮られてた……!
「……お恥ずかしながら」
「やっぱ隙だらけなんじゃねーか」
「「「同感」」」
「うぅ……っ」
呆れながら言い放たれた寿先輩の言葉に頷く三人。
くそ……言い返せない……!!
「じゃあ、ネガを奪うことが出来た御礼に何してもらうかな」
ニヤリと笑いながら言うリョータ。
「飯オゴリとか……」
それに続く流川くん。
「おいおい、亜子さんが可哀想じゃねーか!」
一人だけ庇ってくれる花道。
「いや、それよりも……」
怪しげにニヤリと笑う寿先輩。
嫌な予感しかしないわ。
「青田みたいに、頬チューってのはどうだ?」
「「「……おお!」」」
『……おお!』じゃないだろ!!
こいつら、女の子だったら誰でも嬉しいのか!?
「ちょ、嘘でしょ!?」
そりゃあ、青田先輩にするよりは全然いいよ?
寧ろこのメンバーだったら…って、そうじゃないだろ自分!!
私にも羞恥心というものがあるのだよ!!
「じゃあ、オレからな」
ん、と言いながら頬を近づけてくる寿先輩。
「ぎゃああマジでー!?これじゃあ青田先輩と一緒じゃんか……!!助けてくれた意味なんてないじゃんかー!!」
わあああ、と、一人で騒ぎ。
その場からダッシュで逃げた。
すると、未だに皆が居る方向から爆笑が聞こえてきて。
ようやく『ああ、からかわれたんだな』という事に気づいた。
ちきしょう、ばっかやろう!!
私、顔真っ赤だよ!
必死で抵抗した自分が馬鹿みたいじゃん!
ネガを取り戻すことが出来たという事と、助けてくれた事に関しては有難かったけど……こんなん、差し引きゼロだー!
次の日、顔を合わせた四人に爆笑されることになったのは言うまでも無い。
唯一、フォローを入れてくれたのが花道だったけど。
口下手な花道のフォローは、とてもフォローとは言えないようなものだった。
気持ちだけ有難く受け取っておくよ、花道。
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