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今日は一日、体調が悪い。
別に変なものを食べたわけでもないし、このお腹の痛みは……もしや。
嫌な予感を抱きつつ、大急ぎでトイレに行って確認すると、まさかの予感が当たった。
あー、最悪だ。
私、一日目は重いのに。
今日は水曜日なので、湘北のみんなは学校で朝練。
いつもどおり手伝いに行こうかと思ったけれど、この重みを抱えていくのはキツイ。
薬を飲めばいい話なんだけど……薬って飲みすぎると効かなくなっちゃうっていうし。
実際のところホントかどうかわからないけれど、そういうのってすぐ鵜呑みにしちゃうんだよね。
だから我慢するしかないんだー。
自分が部活をやってたら、話は別。薬を飲んで、痛みを抑えて部活に挑むけど。
今はそんな必要もないし、今日はゆっくりしよう。
HR開始ギリギリに教室に入ると、リョータが近寄ってきた。
「亜子!今日どうしたんだよ?みんな心配してたぞー」
「ああ、ちょっと具合悪くて……」
「あ?大丈夫なんか?」
「うん、一応」
「大丈夫って顔してねーじゃんよ」
「大丈夫ったら大丈夫なんだよー!」
「おまえなぁ、人が心配してんのに……!」
ガラッ
「みんな、席についてちょうだい」
タイミングよく、担任の登場。
リョータは納得のいかない顔で、自分の席に戻っていった。
HR中にも、隣の彩子ちゃんに心配の声をかけられたけど、大丈夫、の一点張りで返しておいた。
一時間目、二時間目は普通にやり過ごすことができたんだけど、三時間目にピークはやってきた。
ずきんずきん、波打つようなお腹の痛みと、それに加えて頭痛まで……!
ダメだ、これはもう耐えられない。
「先……生、すみません、具合悪いので保健室…」
「おお、蜂谷、顔真っ青だぞ?早く行って来い」
「はい……」
リョータも彩子ちゃんも、付き添おうか?と言ってくれたけど。
二人の勉強の邪魔をするわけにもいかないので、『一人で大丈夫だ』と、教室を出てきた。
リョータにとってはサボれる口実になったかもしれないけど……って、親切心をないがしろにしたら罰が当たる。
保健室までは結構距離がある。
途中で一度トイレに行き、それからのろのろと保健室に向けて再び歩き出す。
なんで今日はこんなにも酷いんだろ。
痛いっていっても、いつも耐えられないほどじゃないのに……!
そんな事を考えているうちにも、痛みは増してきてしまって。
ああ、ちょ、も、ダメだ。
激しく襲ってくる痛みを、少しでも和らげたくて、お腹をぎゅうう、と抑えてるんだけど。
そんなことをしても、無駄っぽい。
どうしよう、立ち上がるの……ちょっと辛いかも。
嫌だよー、こんなところで行き倒れなんて。
「……先輩?」
……今は授業中じゃないのかね。
なんで、こんなところにいるのかね。
ああ、でも、今の私にとっては救世主かもしれない。
「……流川、くん」
「どうしたんっすか」
「ちょっと、痛くて……」
「……動けない、のか?」
「うん、肩、貸してくれると有難い」
痛みに堪えつつも流川くんにそう言うと、彼は近寄ってきてくれた。
どうやら、肩を貸してくれる気のようだ。
「ありが……って、ちょ!あわわ!!」
「黙ってろ」
私の肩に手をかけたと思いきや、その手は背中に移動し、そしていとも簡単に抱き上げられてしまった。
お姫様抱っこの状態である。
授業中で人がいないとはいえ、恥ずかしいにも程がある。
黙ってろと言った後、彼は保健室へ向かって走り出した。
「お、重いっしょ、降ろして!歩けるから!」
「あんなところに蹲ってたくせに、よく言う……」
「だから、肩貸してって……!」
「舌、噛むぞ」
「うぅ……!!」
私、先輩なのに!
このふてぶてしい態度!
いや、まあ、これでこそ流川楓なんだろうけど。
敬語できっちりしてたら逆に嫌だもんな。
そうこうしているうちに、結局保健室まで辿り着いてしまった。
このままの体制では扉が開けられないので、降ろしてもらえると思いきや。
ガンッ!!
なんと、この男。
足で蹴りつつ横にスライドさせたよ…!高等技術だよ凄いよ!
「……先生、居ねえ……」
「あの、ありがとう、流川くん」
「……ウス」
保健室の中に入り、ようやく降ろしてもらうことができた。
お腹や頭の痛みだけじゃなく、心臓まで保たなくなるところだった。
ふてぶてしいだのなんだの言っても、結局美形なんだよこの男!
「勝手に寝てたら……まずい、かなぁ……」
「いいと、思う」
「……だよね、いいよね」
流川くんの返事を聞き、勝手に判断してそのまま開いているベッドに寝かせてもらうことにした。
私が寝ると同時に、流川くんは隣のベッドへもぐりこむ。
「……あの、流川くん?」
「何すか」
「あんた、健康なんじゃないの?」
「……オレも、保健室行くって出てきたから」
ああ、だから授業中なのに、あんなところにいたのか。
「どこか悪いの?」
「寝不足」
あくびをしながらそう言う流川くんの言葉は、妙に説得力があった。
ああ、寝不足……なるほど……。
っていうか、もうだめだ。
人のこと心配する余力はないや。
このまま寝てしまおう。
「……亜子先輩?」
流川くんの声が、小さく耳に入ったけれど。
初めて名前を呼んでくれたかも、とか思いながら、すでに意識は夢の中へと旅立っていた。
「……寝た、のか」
おやすみ、……ありがとう、流川くん。
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