新たなる門出/ククール(真巳衣様より)※
 仕事の後のビールはどうしてこんなに美味しいのだろう。特に人のお金で飲むビールの美味しさときたら、堪らない。

「おい、ニーア。お前何杯目だと思ってるんだ。いい加減にやめろ」
 顔を近づけてきたククールにニーアは鞄から取り出した数枚の紙切れを見せつけた。

「マスター、生お代わり!」
 手にした紙きれをひらひらさせれば、ククールはそれ以上何も言ってこなかった。
 紙切れを取り出した理由は二つ。一つは馴れ馴れしく顔を近づけてくるククールをうざったいと思ったから。そして二つ、まだ飲み足りないのでもっとククールにたかろうと思ったから。

 この紙切れはただの紙切れではない。ニーアが撮った、ククールの浮気現場の決定的瞬間だった。ちなみに、浮気された女の子が、今いるこの酒場の隣の店で働いていることも、ニーアは知っている。

「嬢ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ」
 マスターがビールデッキと一緒に少し前に頼んだステーキを持ってきた。
「それで、いい写真は撮れたのかい?」
「ええ。あともう一枚だけ頼まれた写真があるから、それを撮ったらポルトリンクへ戻るつもりよ」
 ニーアはステーキを口に運んだ。やはりこの店のステーキは美味しい。音と匂いが食欲を注ぎ、口に広がる肉汁と肉の感触を味わえば、この上ない幸福感に包まれる。特に人のお金で食べる肉はどんな食べ物にも勝る。


 ククールは昔からいけ好かない奴だった。別にニーアはドニの住人ではなく、この街には写真家の仕事の一環として訪れるだけで、昔と言っても彼と出会ったのはほんの数年前だ。仕事が一段落ついたので美味しいご飯とお酒を求めて酒場に来た時に彼にナンパをされた。
 ぜひ自分の写真も撮ってくれとナンパとしての意味も含んだククールの要求を、「あなたは被写体としてふさわしくない」と跳ね返したのはいい思い出だ。己の容姿に自信を持っていたらしいククールの、あの間抜けな顔は忘れられない。

「マスター、生お代わり」
「あいよ」
 マスターはすぐに追加のビールを持ってきてくれた。
「ニーア。お前まだ撮ってない写真があるんだろ?そんなに飲んで、ちゃんと写真撮れるのか?」
 ククールがニーアに尋ねる。彼は優雅にワインを飲んでいた。一方のニーアは豪快にビールを飲む。これじゃあ、どちらが女性なのか分からない。

「いやぁね。ちょっとくらいハイになっていたほうが、いい写真が撮れるのよ」
 それこそ、ククールの最悪の浮気現場もカメラに収められるかもしれない、と冗談を言ってみれば、ククールは苦笑した。完全に自業自得だ。それが嫌なら女の子たちと誠実に健全なお付き合いをすればいいのに。けれど、ククールのやり方を否定する気は起こらない。別にニーアはククールの恋人でもないし、ただお酒を共に飲むだけの関係だ。……友だち、ともまた違うような気もするが。現状、ククールの女好きで迷惑がかかるわけでもないし、むしろこうしてお酒をたかるネタを提供してくれているのだ。

「ああ、そうだ。言い忘れてたんだけど」

 けれど、それもしばらくはないだろう。

「私、トロデーン地方に行くことになったの」
「は」
「仕事よ仕事。なんでもお城に道化師を招いて催しをするんですって」
 あいにく、ニーアの師匠とも言えるフォートは別の予定が入っていたため、ニーアが一人で行くことになった。「ちょっとトロデーンまで行ってきてよ」と物凄く軽いノリで言われた時には、しばらく状況がつかめなかった。
「だから、しばらくはこっちに来ないわ」
 ポルトリンクから正規の手段でトロデーンに行くには、馬車を使っても数週間はかかる。帰りはキメラの翼を使えばいいが、トロデーンへの滞在日数を考えると軽く一か月を要するだろう。もちろん、全てが順調にいけば、の話だ。

「いつ、出発なんだ?」
「一週間後」
「けっこうすぐじゃねぇか。長旅になるならこんなとこで悠長に酒飲んでる場合じゃねえだろ」
「いいのよ。これも必要な時間だから」
 頑張るためには心と体のリフレッシュが必要だ。ニーアはそのような意味を込めて言ったが、ククールは別の意味として受け取ったらしい。
「へぇ、ニーアは俺と一緒にいる時間が必要なんだな」
 いたずらっぽく笑ってみせるククール。ニーアはククールのこの顔が嫌いだった。
「何なら俺がニーアの騎士としてトロデーンまで護衛してやろうか?」
「あら?今の言葉、この子に告げてもいいんだけど?」
 すっと写真を取り出すニーア。写真に写るのはククールに浮気されているとも知らず、けなげに彼を思う哀れな女の姿だった。
「お前なぁ」
「だいたいね」
 ニーアはククールの恋人でもなんでもないが、酒飲み仲間として、それなりの付き合いはしてきた。ククールに関しては、一つだけ、確信を持てることがあった。
「あなた、修道院を出るつもりはないんでしょう」
「一体何を根拠に言ってるんだ?」
「私はプロの写真家だから、分かるのよ。一人の芸術家として、対象を観察することは得意だから」
 カメラはそこにある景色を写す。そして、人の目という名のカメラも、そこにある景色を写す。時に、人の心までも。
「表向きは修道院に嫌気をさしているみたいだけど、心の中ではそこが居場所であることを求めている。だからこそ、ドニまで来て聖堂騎士としてあるまじき非行を繰り返しているんじゃないの?何をしても追い出されないっていう安心感を求めて」
「……お前に何が分かるんだ」
「分からないわ。ただ、私にはそう見えただけよ」
 ニーアは淡々と話す。

人の観察は得意だった。というか、そうでなければ、誰かにとっての『最高の一瞬』を、シャッターチャンスを逃してしまう。

「俺さ、お前の『なんでもお見通し』っていう態度、前から気に食わなかったんだよな」
「あら?それは褒め言葉として受け取っておくわ」
「そうやって、いっつも自信にあふれた態度だって、気に食わない」
「私はプロだもの。いつだって自分に誇りをもって生きているつもりよ」
 最後のビールを飲み干す。もうこれ以上は飲まなくてもいいだろう。
「というわけで、私は仕事に戻るわ。ごちそうさま」
 カメラを携え、店を出る支度をする。
「じゃあな。……くたばるなよ」
「あなたも、女の子たちの恨みを買って背中を刺されないように、せいぜい気を付けることね」

 ニーアはマスターにもお礼を述べて店を出た。



 向かった先のトロデーンで運悪く道化師の呪いに巻き込まれ、呪いを解いた勇者一行に見慣れた赤い姿を見たのは、これよりもっと先の話である。





***

乳酸菌飲料の真巳衣様から相互祝いに頂きました!

人様に書いて頂ける小説って、何故こんなにも素敵なのでしょうね!
真巳衣さんは私とは違った雰囲気の文章を書かれるので、私にとってはとても新鮮ですし何よりやっぱり文章構成が上手くてとても読みやすいです。
友達以上恋人未満の関係をお願いしたわけですが、大人の雰囲気ムンムン←
ククールもヒロインもクールでカッコイイです。
その後の二人を個人的に妄想して楽しませていただきました(*´ω`)

真巳衣さん、素敵すぎる小説を本当に有難うございました!
これからも末永くよろしくお願いいたします〜!

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