7:命名、異世界ご飯大使

「よー、異世界ご飯大使!」
「へ?」

そろそろ夕飯にしようと思い、よっこらしょと立ち上がった瞬間に聞こえた声。
パッと顔を上げれば、そこに居たのは信だった。

会社を辞めて一日が経過した。
解放感ゆえに寝坊…いや、今日はいつもよりも遅めに起きて、午前中に買い物を済ませた。
午後は調べものに時間を費やし、安くて大量に仕入れられる場所を探した。
一か所だけだと何かあった時に対応できないと困るので、三か所ほど目星を付けてある。
ネット経由だから自宅まで届けてもらえるし、政は百ずつでいいって言ってたけれどこの調子なら一度につき五百くらいはいけそうだ。
とはいえ、蒙恬は戦が始まったら来れないかも、的な事を言っていたし、五百発注してもしばらく誰も来ないってことになっても困るからやっぱり百ずつでいいのかな?
その辺は臨機応変にやってみることにしよう。

「いらっしゃい。っていうかその異世界ご飯大使ってなに」
「お前の事」
「や、そういう意味で聞いたんじゃなくて…何でそんな呼び方が付いちゃったの?」
「蒙恬が言ってたから、それで話が広まってるぜ」
「蒙恬…ネーミングセンスを疑うわ」
「空子って時々わからない言葉使うよな。それってこの世界じゃ当たり前に通じる言葉なのか?」
「うん、普通に通じるよ」
「へぇ…面白ぇな。外にも出れたらもっと面白かったのになー!」
「外に出たらビックリして魂抜けるかもね」
「何ッ!それは困る!」
「冗談だよ、冗談。で、今日は信が受取人なんだね」
「冗談かよ…あァ、そうみたいだな」

信は小慣れた様子で適当に座り込んだ。
何かを期待するような眼差しを向けられたので、お茶とお茶菓子を渡せば嬉しそうに顔を緩めた。
か、可愛いじゃないの…!何だか餌付けしてる気分だよ。

「そういや蒙恬から話、聞いたんだけどさ。こっちの世界で朝まで居ても俺達んとこじゃ普通に寝てるのと変わんなかったって」

検証した事はすぐに共有することにしてるんだろうか。
私も知りたかったことだから丁度良かったけれど、連絡手段は少ないと思われるのに凄いな、と感心する。

「結局朝まで居たんだ?」
「明るくなってきたと思ったら戻ってた、って言ってたぜ」
「ふぅん…こっちでは普通に動いたりしてたし、寝てたわけじゃないけど…疲れてないのかな?」
「疲れは全然感じてないって言ってたぜ?」
「そうなんだ。全く以て謎すぎる」
「カカカッ、深く考えるこたぁねーんじゃねぇの?なるようになんだろ!」
「信もポジティブタイプか」
「ぽじてぃぶ?」
「前向き」
「お?おォ、まあな!」

信は照れ隠しをするようにお茶をずずっと啜った。

「あれ、戻ってた、ってことはずっと食料抱えてたのかな?消えてたってことは持って帰ったんだよね」
「それが、蒙恬も食料に触れてたわけじゃなかったからヤベェって思ったらしいんだがよ、ちゃんと自分の横に置かれてたみたいだぜ。その日のうちにどっかの部隊に配ってたし」
「そうなんだ…まあ、今更不思議な出来事が増えてもそういうもんなのかな、って思えちゃうから別にいいけどさ。で、今日はどうする予定?」
「は?予定って?」
「いや、だからさ。食料受け取ってからどうするのかって話」
「ああ、そういう話!政が言うにはあと10日くらいは検証して来いってよ!」
「10日!?」

まさか一日で終わるとも思ってなかったけど、10日だと!?
ちょっと長いんじゃないの大王様よ…!

「契約しちまったんだからしょーがねーだろ、10日なんてすぐだよすぐ!」
「そうは言ってもねえ…まあ、うん。反論は出来ませんな」
「つーわけで、昨日は美味い肉食ったんだって?今日の飯はナニ?」
「蒙恬、そんな事まで話したの!?」
「そこは俺にだけ教えるっつって聞いた。美味すぎて他の奴らに話すには申し訳ないから言えなかったってさ」
「政にも?」
「大王様を差し置いて美味い肉を食ったなんて言えるわけがないってよ」
「…信はよっぽど信頼されてるんだねえ」
「だと嬉しいけどな!」
「まあ、いつか機会があれば信と政にも美味しいお肉、食べさせてあげるね」
「おお!期待してんぜ!…つか、今から手に入れることは出来ねぇの?」
「…………出来な…くもないけど、気分が乗らない!」
「何ィ!?」

確かに今から買いに行くこともできるけど、今日はパスタが食べたい気分だったしそんなに毎日のように買えるほど安いお肉じゃないし…今から行って入荷してなかったり売り切れてたりしたら完全な無駄足なんだもの。

「その代わりと言っちゃなんだけど、また信の知らない美味しいもの作るよ」
「…!じゃ、じゃあそれで手を打ってやる」
「何で上から目線…まあいいや、ちょっと時間かかるから待ってて」
「オウ!」

二人分のパスタを作るためにキッチンに移動すれば、信は動ける範囲での家の中をうろうろしていた。

「あんまり勝手に触らないでよ」
「おー、心配すんな」

そう言ったものの、触られても困るものって特にないからいいんだけどね。
下着の入ってる衣装ケースさえ弄られなければ問題ない。

今日作るパスタはペペロンチーノ。
玉ねぎとベーコン、キャベツを炒めてツナを混ぜ、七味唐辛子と塩コショウを適当に振りかけてからペペロンチーノのもとを入れる、簡単お手軽パスタ。
作るのもそんなに時間かからないし、味が好みなので結構な頻度で作ってたりする。
キャベツの代わりに水菜とか入れても美味しいんだよね。

「信、出来たよ」
「おっ!…なんだそれ、麺?」
「うん、ペペロンチーノっていうの」
「ぺぺろんちーの……早速食っていいか?」
「いいよ、どうぞ」

フォークは普段使ってないんだろうな、と思ったので箸を渡す。
カレーとかシチューなら迷わずスプーンだけどね。パスタは私も箸で食べちゃう。

信の反応を待ってから自分も食べようと思い、じぃっと見つめる。
口に入れて、咀嚼しながら表情が変わっていくのが良くわかった。

「どう?美味しい?」
「おォ!河了貂の料理もウメェけど、空子の料理はまた違った感じでウメェな!!」
「河了貂?」
「俺の家族同然のヤツ」
「へぇ、いつかこっちに来ることもあるかな?」
「あるかもな!そうなったら貂の料理も食ってみろよ」
「それは楽しみだな」

その後も信の勢いは止まらず、あっという間に綺麗に平らげた。
作る側としてはこうやって美味しそうに食べてもらえるのって嬉しいよね。
料理のレパートリー、増やしてみようかなあ。
いつかの時のための花嫁修業だと思えば、無駄ではないし、自分も美味しいもの食べれて嬉しいし。
よし、そのうち料理本を何冊か買ってこよう。

食べた後は昨日の流れと同じように、風呂を出てから信とお喋りをした。
信は話す事が好きみたいで、自分の周りの人達の話をたくさんしてくれた。
もちろん、戦の話は出てこなかった。政が言ったことをきちんと守ってるんだね…戦国時代って云うくらいの時代に生きてるんだから、嫌でも思い出すだろうに。

今ここに来たことがあるのは信と蒙恬と政の三人だけだし、三人とも対応しやすいからいいけれど、中にはこんな贅沢な暮らししやがって、と逆恨みしてくる人も居たりして。
そういう人にはさっさとお帰り願おう。

今回は頑張って私も明るくなるまで起きて居ようと頑張ったのだが、やはり寝落ちしてたようで。
蒙恬同様、気づいたら信と食料は消えてしまっていた。

…ひょっとして、昼夜逆転生活にした方がいいんじゃないのかな、なんて思うけど。
でもそんなことすると普通の生活に戻れなそう…いやいや、普通の生活に戻すときに頑張ればいいのか?
変に気にしても疲れるだろうし、その時々の流れに任せることにしよう。






*****



信の言う通り、10日間は意外にもあっという間に過ぎていった。

しかも、私にとっては10日間だったけれど、向こうにとっては既に二か月が経過しているらしい。
最初に蒙恬から「久しぶり」と言われた時には本気でわけがわからなかった。
話をしているうちに、こっちと向こうでは時間の流れが違う、ということで落ち着いたんだけれども、最初の5日の連続が異常だったんだね。

今まで来ていた三人以外にも何人か新しい人がやって来た。
でも、その度に蒙恬か信のどちらかが一緒だったから、説明もほとんど彼らがやってくれたので大した問題も起きることなく無事に終わった。

性格に難アリっぽい人もいたけれど、次にその人が来たらやっぱりさっさとお帰り願おう。
向こうだって長居しようとは思うまい。

政は忙しいのかあれから顔を見せることもなく。
毎回感謝の意を述べているということだけは他の人達が伝えてくれた。


こうして、私の新しい生活が始まったのである。

2016.11.4
  
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