6:美味しいものは一緒に

「俺、こんなに幸せでいいのかなあ」
「そう思うんだったら早くアレ持って帰ってくれたら良かったのに」
「…最初の日から思ってたけどさ、空子って結構酷くない?」
「酷いという自覚はありません」

あれから蒙恬はすぐには帰らなかった。
何でも政に「次に行くことがあれば検証してくるように」と頼まれているらしく、この世界にどれだけ長く居られるかを確認するんだとか。

つまり、蒙恬が帰るまで私は寝れないってこと。
初日のように背中を押して廊下へ追い出そうとしたんだけれど、油断していない蒙恬は強くて、私の力じゃまんまと押し返されてしまったのだ。

承諾したわけじゃないし、不満はあるけど帰ってくれないのなら仕方ない。
このまま放置するわけにもいかず、退職祝いのためにと買ったシャトーブリアンを二人で食べることにした。
ある意味二枚買っておいて良かったなって思う。
だって、もし一枚しか買ってなかったら私の分け前が減ったもんね、確実に。

「そうなの?風当りがきついように感じるけど」
「そりゃさ、よく考えてみてよ。最初は不審人物だと思ってたし…あれ、まさか蒙恬のところでは不審人物でも丁寧に対応するの?」
「まさか。そんなわけないだろ。寧ろ怪しいヤツは即座に捕らえるよ」
「…だよね、聞き損だった。で、今日は折角ゆっくりできると思ってたのにこんな状況じゃん?もし蒙恬が私の立場だったらどう思うかね」
「んー、空子の立場になって考えても、可愛い女の子と美味しいもの食べれて幸運だなって思うと思うけど」
「……まず私の立場になって考えろっていうのも無理があったか。時代の温度差は埋められないしなぁ」
「あ、可愛いっていう部分は流すんだ?」
「だって言いなれてそうな感じがしたし」
「酷いなあ。ていうかさ、この時代に生まれたってことだけで十分幸せだと思うよ……っとと、ごめん。今のは失言だった」

失言、ねえ…。
私は戦国時代をこの目で見たわけじゃないから何も分からないし、分かってあげることもできない。
ただ漠然と、過酷な時代だっていうのは知ってるよ。
でもこの時代に生まれてきたのだって私が自分で選んだわけじゃないし、蒙恬には悪いけど嫌味に捉えてしまう。
だからといって戦国時代に生まれれば良かった、なんて微塵も思ってないけど。
ごめんね、人の気持ちを分かってあげられないヤツで。って、これは現代人ならみんな同じか。

「…そうだね、少なくともここ、日本では戦争のない平和な時代だからね。幸せなのかもしれないよ。それでも違った角度での問題はあったりもするから…人それぞれだとは思うけどね」

戦争なんて無くたって、世の中にはいじめや社会問題等がある。
現状で私はそれらに直面していないし、大した苦労もしてない。
政から貰ったお金のおかげで、これからも苦労する人生になるとも思えない。
人生においての辛いっていう分野で、経験値が足りてないんだよ、私。

「悪かったよ。雰囲気悪くしてごめん」
「大丈夫だよ、基本的にポジティブな性格してるから」
「ぽじてぃぶ?」
「ああ…えーと、前向きってこと」
「なるほど。勉強になるな」
「そう言えるだけ蒙恬もポジティブだよね」
「うん、俺、ぽじてぃぶなの」

覚えたての言葉を自信満々に使っている蒙恬が可愛く見えて、思わず吹き出してしまった。

「…私、蒙恬や政の国の人達の気持ちは分かってあげることは出来ないけれど、請け負った仕事はきちんとやりたいと思ってるしさ。少しでも幸せになれるようにって祈りながら仕事するよ。それじゃ、ダメかな?」
「…あー……うん、それで十分だ。酷いって言ったこと、撤回するよ。空子は優しいね」
「今更褒めても無駄だけど」
「本心だから仕方ないよね」
「あ、そう…じゃあ、まあ…素直に受け取っておく」
「うん。ところでこれ、おかわりある?」

本当に本心で言ってるとしたらとんだ女性キラーだな。そう思っていたところにこのおかわり発言、ガクリときた。

「残念ながらおかわりはないよ。私の残りで良ければあげるよ、ホラ」

私だって楽しみにしていたはずのシャトーブリアン。
とりあえず半分以上は食べたし、何より蒙恬と話をして、少しでも貢献できることがあればしてあげようって思う気持ちが湧いてしまった。
だから、例え残り物でも蒙恬が喜んでくれるならそれでもいっか、って思っちゃったんだ。

「褒めても無駄じゃなかった!こんな好機滅多にないだろうから遠慮しないよ?いいの?」
「はいはい、どうぞ」
「やったー」

残りを一口で放り込み、頬を膨らませながら幸せそうに噛みしめている蒙恬を見て、なんだか心が温かくなった。
しばらく一人暮らしをしていたせいか、人と食べるご飯が楽しいものだって、忘れていたのかもしれない。
そろそろ実家にも顔を出しに行かなきゃなあ。

「さて、満腹になった?」
「なったなった。空子は?」
「うん、私も大丈夫。そしたらシャワー浴びて寝るけど…蒙恬はどうするの?」
「しゃわー?」
「お風呂ね」
「ああ。じゃあ俺も一緒に」
「入るわけないでしょ!」
「チッ」
「舌打ちしてもだめ。このマセガキが」

大体蒙恬にとっては夢の中なんだから、お風呂に入る必要性もないだろうよ。
もし入ったとしても、現実にある自分の体に変化はあるまいよ。

ぶーぶー文句を言っている蒙恬にプリンを与えれば、大人しく待っていると約束してくれた。
現代の食べ物がよっぽど気に入ったんだろう。
ただでさえ食料は貴重な時代なんだから、当たり前か。

いつもより早めに風呂を済ませ、ベッドに潜り込もうとしたのだが、それは蒙恬によって止められた。

「もうちょっとでいいから起きててよ。空子が寝ちゃったら俺何もすることないし」
「瞑想でもしてればいいじゃん。それか、戦略を練るとかさ。本来なら寝ている時間のはずなのに、有効的に使えていいじゃない」
「いやいや、身体を休める時間にまで頭使いたくないよ。それに、空子の前で自分達の世界の話はあまりしないようにって言われてるんだ」
「政から?」
「そう」

それは、さっきみたいに気まずい雰囲気にならないようにとの配慮からなのだろうか。だとしたら、政はとんでもなく頭が回るし心遣いの出来る人だなあ、と感心する。

「もう手遅れじゃない?」
「だからあれは悪かったってー」
「はは、嘘だよ。からかいたくなっただけ」
「からかうのは俺の役目なのに」
「そんなの決まってないでしょ」
「大抵の女の子はからかわせてくれるのにな」
「可愛げのない女なもんですみませんねー。じゃあおやすみ」
「あああ、嘘うそ!謝るから寝ないで!」


最終的に蒙恬の口車に乗せられて、トランプで遊ぶことにした。
ルールから教えなきゃいけなかったのは面倒だったけれど、蒙恬は飲み込みが早くてそんなに時間もかからなかった。

遊んでいるうちに眠気の限界が来て、気がついたら朝になっていた。
いつの間にか眠ってしまったらしい私の肩には毛布がかかっていて。
蒙恬の姿と用意しておいた百人分の食材は、部屋から無くなっていた。

2016.11.01
  
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