4:交渉の余地あり

しばらく四人で話し合った結果、やっぱりここは政達の世界よりも二千年以上先の世界だ、ということで纏まった。
歴史の話を政達にしてもいいものか悩んだけれど、当たり障りなく聞いてみれば全部話の辻褄が合うんだもの。

そしてやっぱり秦という国は中国だったね。
歴史を調べるついでに調べてみたら、昔は中華っていう言い方だったみたいだし、中国っていう呼び方をされているところもあったみたいだけど、それはほんの一部で。
とりあえず春秋戦国時代の歴史には少しだけ詳しくなれたよ。
テストで秦の始皇帝とか、やったなあ。完全に忘れてたけど。

「それにしても、キッカケは何なんだろうね。眠ったらここにいたってことは、一応夢の中って感じなんでしょ?」
「起きたらちゃんと自分たちの世界に戻ってたしねえ…でも、かれーを食べた時に使った匙、あれ、手に握ってたんだよ」
「んん?スプーン持ってっちゃったの!?」
「あれすぷーんっていうの?」
「そう、スプーンっていうの」
「へえ…うん、そのすぷーんを持ってたから、夢じゃなかったって思ったんだ」

帰ってもらうことに気を取られすぎてて、蒙恬がスプーンを握ってたなんてちっとも気が付かなかった。
百均で買ったやつだし、一本くらいなくなっても困らないけどさ。

「空子から蒙恬の名前が出たから、蒙恬に話を聞いたんだ。すぷーんを見せてもらって、確信した。俺達がこの世界に来た理由を」
「えっ!何だよ、政!理由なんてそんなんあんのか?」
「…信、お前、俺達が最初にここに来た時、寝る前に話をしていたことの内容を覚えているか?」
「あ?えーと…えーっと…あァ、そうだ!ウマイ飯でも食えれば兵の士気も上がるんじゃねーかな、とか言ってたんじゃねえか?」
「そうだ。そして蒙恬、お前は何を考えながら眠りについた?」
「偶然ですけど…俺も同じこと考えてましたよ。兵の士気をいい感じに上げるにはどうしたらいいんだろう、って。まあ、考えてたのは飯の事だけじゃないですけどね」
「だろうな。で、今回も俺達は空子の事を考えるようにして眠りについたはずだ」

…何となく、話の先が読めたぞ。
私の考えていることが正しければ、確実にお断りコースなんだけれど…一応、続きを聞いてみるか。

「それで、政の辿り着いた答えっていうのは?」
「空子に、俺の国造りを手伝って貰いたい」

その言葉に、信と蒙恬は驚いた様子で立ち上がった。

「正気か!?そもそも生きる世界が違うのに、どうやって手伝ってもらうっつーんだよ!?」
「それに関しては、蒙恬が答えを出しているだろう?気づかないか?」
「蒙恬?」
「言いたいことはわかりますが…また突拍子もないと言うか…」

蒙恬は、マジかこの人、っていう顔をしながら微妙な反応をしている。
私も、政の言いたい事はわかる。
蒙恬が出した答えっていうのはさ、ここから自分たちの世界に物を持ち込めることを証明したってことでしょ?
……こいつ…余計な事をしてくれたなマジで…!
そういう気持ちを込めて蒙恬を睨みつければ、通じたようでフイッと視線を逸らされた。

「要するに、私に美味しい食料を寄越せってことだよね?」
「簡単に言えば、そうなるな」
「で、私にどんなメリットがあるの」
「めりっと?」
「利益のこと」
「………利益か……ない、な」

ですよね。
それにしてもハッキリと返答をくれると思っていたら、どうやらこの有り得ない出来事が上手くできすぎていて、普通にOKが貰えると思っていたそうで。
まあ、確かにね、こんな事絶対に有り得ないしね、(実際には現在進行形で起こっているのだが)自分達はこのために来たって思ったらスムーズに事が進むと思うよね。

「そもそも私、仕事をしているからそこまで暇じゃないし、食料だってお金かかるでしょ。一人で暮らしているから経済力ないんだよね」
「金の問題か」
「最終的には金があれば解決はするわな」
「…そうか」

ぽつりと呟いて、政はしばらく俯きながら何かを考えていた。
信と蒙恬も、黙ったままだ。

「…信、蒙恬、今回は帰るぞ。空子!また来る!」
「えっ」

突然立ち上がったと思ったら、慌てる二人を引き連れて、廊下のドアの先へと消えていった。

取り残された私は、突然すぎる動きに突っ立ってる事しか出来なくて。
聞き間違いじゃなければ『また来る』って聞こえた。
またか。
また、来るのか。








*****

四日目。
有言実行もここまで来ると憎たらしい言葉に思えてきた。

やっぱり今日も、いる。

「ただいま」
「空子か。お帰り」

お帰り、じゃねーわ。あれ、これ昨日も言った気がする。
来るならせめて私が家にいる時間に…いや、それはそれで突然現れたらビックリするな。

「今日は政一人なの?」
「ああ。一対一の方が話しやすいだろうと思って、信と蒙恬には待機命令を出してある」
「待機命令、ねえ」
「空子の世界の事は考えず、他の事を考えながら寝ろと」
「考えるなって言われると逆に考えちゃうんじゃない?」
「だが、見ての通りここには俺一人だ」
「……まあ、確かに。それで、その物体は何かな?」

テーブルに置いてある大きな包みを指差せば、政はその包みを解き始めて。

「金だ。現時点で出来る限り、用意した」

まさかとは思ったけど、本当にお金持ってきちゃったよこの人。
っていうか、あれ?

「ちょっと失礼」

目の前の大量の札束をまじまじと見てみれば、これ、日本銀行って書いてある。
明らかに日本の紙幣だよね、しかも現在使われているやつ。
その中の一枚を抜き取って、透かして見ても間違いなさそうだ。
ホログラムもちゃんとある。

「このお札、どうやって手に入れたの?」
「こっちで手に入れたわけではない。金の入った袋を持って寝たらこうなっていたのだ」
「…そんな不用心なことしたの?」
「空子に渡すためには致し方ないだろう」

渡すためって…、受け取ったとしてもやりますなんて一言も言ってないんだけど。
この王様は、押し通す気でいるんだろうか。

「あの…これだけのお金持ってきてもらって悪いんだけど、やっぱり私には無理だよ。昨日も言った通り仕事だってしてるし、用意できたとしても精々百人分くらいが限度だと思うんだけど。しかもレトルト製品で」

手作りなんて絶対に出来ないし、こんな風に食料提供なんてやったことないからわからないけど、買いに行ったとしてもレトルト百個ぐらいが精一杯じゃない?
普通に考えても百個も買うなんて、どんな好奇の目で見られるかわかりゃしない。

「れとると?」
「こういうやつ」

キッチンにあったレトルトのハヤシライスを差し出せば、政は物珍し気に見ていた。

「これが、飯なのか?」
「そう。温めてご飯にかければ立派な食事だよ。美味しさは落ちるけど、何ならそのままでも食べられるし」
「ほう…では、これと同じものを百、用意してくれ」
「おおい!言ったよね、無理だって!それに私にメリット無いって、政も言ってたよね!?」

その言葉に対し、政はニヤリと笑みを浮かべた。

「用意するのは毎回百ずつで構わない。そして、空子の生活費もここから工面するといい」
「えっ!?工面って、ちょっと待って…!」

これだけの量の札束なんて見た事がなかったから、いくらあるのかわからなかったけど。
政に断りを入れて数えさせてもらえば、い、一億もある…!

「足りなければまた持って来よう」
「嘘でしょ…!」

一億って、また持ってくるって、どれだけの財源があるのよ秦っていう国は…!
それともアレか?昔のお金だから付加価値がついて換算されるとこうなるのか?
考えてもわからん…!

「つまり、これで私を雇用したいってこと?」
「察しがいいな」
「もしこれで二度と来れなくなったらどうするの?」
「その時はその時だ、仕方あるまい。だが、無駄になることだけは避けたいので今日中に百人分の用意が欲しい」
「なん…だと…!」

24時間営業のスーパーもあるし、行けないこともないけど…え、ちょっと待って。
もしこれでお金を受け取れば、私、仕事辞めてもいいんじゃ…?
だって一億だよ?
足りなきゃまた持ってきてくれるんでしょ?
レトルト毎日百人分ずつ買ったとしても、超余裕なんですけど…!
あ、やばい。自分の目がお金のマークになってる気がする。

「と、とりあえず百人分買ってくるから待ってて!」
「ああ、わかった。帰った際にはいい返事を期待しておこう」
「くっ…い、行ってきます!」

運転中、帰ったらなんて返事をしようか色々考えたけれど。
間違いなく面倒な事に巻き込まれてしまったって思う気持ちとは裏腹に、私の頭の中にはイエスという言葉しか浮かんでこなかった。

2016.10.27
  
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