3:三名様、ご案内

有言実行できる人って凄いと思うし、見習いたい気持ちはある。
でもこの場合は遠慮したほしかったというか…ううむ…。

『また来る』

その言葉通り、政は我が家のダイニングにいた。オマケに見間違いじゃなければ信と蒙恬もいる。
帰宅して、昨日みたいに人の声が聞こえてきたから嫌な予感を通り越して勘弁してくれ、という気持ちで部屋に入ってみればビンゴだ。

「おっ!おかえり!」
「あ、おかえりー」
「……」

三者三様のお帰りを頂いたところで(一人は何も言わずにこっちを見ているだけだが)思わずツッコミを入れる。

「お帰り、じゃねーわ。毎日毎日人の平穏を荒らしてくれちゃって…なんなのほんとに勘弁してよ」
「おねーさん、空子って言うんだね」
「………そうですね」

私のツッコミは完全スルーで、名前を呼ばれたものだから力が抜けた。
これで三日目だからだろうか、認めたくはないが見知らぬ不審者が家にいるのに慣れてしまったんだろうな。
一応自己紹介も聞いたし、見知らぬってわけでもないけど…それでも私にとって関わりのない人物であることには変わりないのにな。
蒙恬が私の名前を知っているってことは、政が教えたのかな…この際そんなことどうでもいいけれど。


「で、何でまたここにいるわけ?」
「空子に会いたいと思いながら眠りについた。そしたら気づけばこの部屋に居たのだ」
「大王様にそんな態度とっちゃダメだよ、空子」
「大王様?」
「カカカッ、いーじゃねーか、俺だって似たようなモンだしよ」
「信は特別なんだよ」
「蒙恬、俺は大丈夫だ」
「えっ…えぇ…まあ、大王様がそう仰るなら…」

やり取りを見た感じ、政はどっかのお偉いさんで、信と蒙恬はその部下なのかな?
どっちみち、現代日本では有り得ないやり取りだ。
だって大王様なんて呼ばないでしょ、普通。

「大王様ってなんなの?」
「お前、秦を知らねえのか?」
「またそれか。しらねーっつの」
「うお、口悪ィ女だな!」
「悪かったね、生まれつきですぅ」

信だって初対面でその口の悪さはどうかと思うよ。
私は同じノリで返しているだけですー。

「信、とりあえず俺に話をさせてくれないか」
「え、あ、ああ。わかった」

信を押しのけ、政は一歩前に出た。臨戦態勢っつーか、たかだか話し合いで凄い気迫を感じるんだけど…でもね、君たち。
おねーさん仕事から帰ってきたばっかで一息もついてないのにこの状況、ちょっとキツイんですけど。

「あのさ、とりあえずお茶煎れてあげるからさ。そこ、椅子に座っててよ」

察してくれた…のかはわからないが、私がそう言えば政は素直に行動に移った。
それを見ていた信と蒙恬も同様に動く。
あー…ひょっとしてお茶が美味しかったからまた飲めると思って嬉しかった…とか?
いやいや、そんなまさかね。

四人分のお茶を用意し、それから三人をダイニングに置いたまま鞄を片付けに自室へ戻った。
適当に楽な格好に着換え、また三人の元へと戻ると、お茶のついでにと出しておいたお煎餅は綺麗さっぱりと無くなっていた。

「え!?全部食べたの!?」
「なあ!これ、スッゲー美味いな!!」
「かれーってやつも美味かったけど、これも食べた事ない味だなあ」
「……やはり、そうか」

信と蒙恬は素直にお煎餅の味に感動を覚えたみたいだったが、政だけはお煎餅の袋とにらめっこしつつ小難しそうな顔をしていた。

「美味しかったなら良かったけど…何、政は気に入らなかったの?」

政の正面の席が空いていたので、そこに腰かけて自分の分のお茶へと手を付ける。
そういや、今回はマグカップに文句言われなかったな。

「気に入らなかったわけではない。寧ろ信や蒙恬と同じように、とても美味いと思う」
「じゃあなに、どうしたの」

隣に座っている蒙恬からなんだかハラハラした空気を感じるが、何をそんなに心配してるんだろう?
もしかして大王様って簡単に喋っていいような人じゃないとか?
そもそもさ、この人達、普通の人間じゃないよね?
今更すぎるほど今更だけど。
こうして普通に会話して、テーブル囲んでお茶なんて飲んだりしてるけど、昨日もおとといも、消えたもんね?

「ここは、俺達の世界ではない」
「はァ!?」
「え!?」
「は?」

政は静かにマグカップを置いた。

「この茶器にしろ、先程食したおせんべいとやらにしろ、今まで一切見た事のないものばかりがこの部屋に散らばっている。そして空子、お前もだ。お前の格好も、俺達の世界では見たことがない」
「確かにそうだけどさ…だからって、何言ってんだ、政!」
「…信……俺も、もしかしたらそうなんじゃないかって薄々思ってはいたよ」
「蒙恬まで!?」

もし、この話が蒙恬と初めて会ったあの日のうちにされていたとしたら、私は信じることはできなかったと思う。
でももう三回目だし、日本も知らない、カレーもお煎餅も知らないときたらさ、信じたくなくても信じざるを得ないっていうかさ。

おもむろにスマホを手にし、検索サイトを開いた。

「えーと、国の名前は秦?だっけ?」
「そうだ」

なんらかの情報が得られればいいかなー、なんて軽い気持ちで検索を掛けてみたわけだけど。

『中国の王朝。周代、春秋時代、戦国時代にわたって存在し、紀元前221年に中国を統一したが、紀元前206年に滅亡した。国姓はエイ、又は趙。統一時の首都は咸陽』
(ウィキペディアより抜粋)

国姓っていうのは文字通り、国の姓…たぶん偉い人、つまりそれこそ大王とかの姓だったりするよね?

「政の名前はただの政?だけ?」
「正しくはエイ政である」
「秦の首都は?」
「咸陽だ」
「嘘じゃないよね?」
「嘘を吐く理由はない」

至極真っ直ぐな瞳で見つめられ、心臓がキリキリ言ってる。
だってさー、嘘じゃないってんならとんでもないことに巻き込まれたよ、私。

「なんだよ、勿体ぶって。その手に持ってるヤツで何かわかったんだろ?」

スマホなんて知るはずもないのにね、理解が早くて助かるよ。

「ええとね、ここ、あんた達の二千年以上も先の世界だよ」

そう告げれば、三人はビシリと固まった。
…のだが、次の瞬間コイツ何言ってんだ、的な顔で見てくる。

私だって、自分は何言ってんだって思ってるよ。
どうしろってんだ。

2016.10.25
  
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