10:たまには甘味で一息

性格に難アリっぽい人その二。
というのも、顔つきが王賁みたいに厳しめな雰囲気だからそう思ってるだけで。
実際にはまだあんまり会話もしてないし、どんな人なのかはわからない。
だけど、物静かな雰囲気が威圧感を醸し出してるから…近寄りがたいんだよね、この人。

「…どーなつ、と言ったか?」
「はい。これ、色んな種類がありますけど、全部ひっくるめてドーナツっていう食べ物で…ございます」

目の前に置かれたドーナツを、まじまじと見つめる大人な男性、昌平君。
王賁も年を重ねたらこんな感じになるのかなあ、と思いながら、迂闊に動くこともできず、昌平君の行動をじぃっと見守るヘタレな私。

「そのように畏まらなくて良い」
「あっ、…はあ…わかりました」

畏まってるのはその鋭い眼光が怖いから、なんて言えません。
この世界の人間じゃないから関係ないっちゃ関係ないんだけど、蒙恬から聞いた話で昌平君はお偉いさんっていうのもわかってたし、何よりやっぱり一番の問題は威圧感だよ。
政も最初は怖かったけど、私よりも若かったからそこまで気にしなかったんだよね。
立場的には政の方が上でも、絡みやすいのは昌平君よりも政です。

とりあえずお許しも出たので、少しだけ楽な体勢にした。
しかし、今日昌平君が来るってわかってたらドーナツなんて買わずにちゃんとした主食にしたのに…!
蒙恬や信だったら甘いお菓子好きそうだし、喜んでくれるかなって思って、衝動買いしてしまったんだ。
よくよく考えてみれば、ドーナツよりも普通の主食の方がお腹にも溜まるし、やる気の源にも繋がるじゃん、ねえ?
…衝動的な行動は今後控えなければ、だなあ。
お店の人もこんなに買うの!?ってドン引きしてたし。注文した後で我に返ったから、凄くいたたまれなかった。

「このまま手で食せばいいのか?」
「そうですね、気になるようだったらこの紙に包んで食べたらいいと思います」
「ふむ…頂こう」

紙を使うのは勿体ないと思ったのか、昌平君はそのまま手づかみでドーナツを口へと運んだ。
何というか…シュールだな。
その一言に尽きる。
怒ってるのかどうかわからないような表情で、もぐもぐごっくん、と。

「どうですか?」
「…少々甘い。が、これはこれで美味いと思う」
「おお…!」

どうやらお気に召したようだ。

「だが、一つでは足りん」
「ああ…ですよね。もう一個食べますか?」
「頂こう」

少々セリフを食い気味にされつつ、昌平君は二個めのドーナツへと手を伸ばす。
私ですら三個は普通に食べるもんな。一個や二個じゃ足りないよな。
昌平君が最初に食べたのはオールドファッションで、次に選んだのはエンゼルフレンチ。
エンゼルフレンチは私の好きなドーナツだ。あのふんわりした生地と、生クリームとチョコの相性が抜群なのだ。

昌平君が食べるのを見てたら自分も食べたくなってきちゃった…後でゆっくり食べようと思ってたんだけど、一緒に食べちゃおう。
折角なのでドーナツに合う飲み物でも煎れて来よう。

「まだあるので、良かったらどうぞ」

自分の分の入った袋から取り出し、一緒のお皿に並べる。
キッチンへ行こうとすれば、流し目で問いかけられた。

「…ああ。お前は何処に行く?」
「お茶よりもドーナツに合う飲み物があるので、それを煎れて来ようかと」
「成程。それは楽しみだ」

ニヤリという効果音が聞こえてきそうな笑みを向けられたので、引きつり笑いを返した。
基本無表情だし、きっとそう簡単に笑顔なんて見れないんだろうなぁ…満面の笑み、見てみたい。
そんな機会は訪れるのだろうか………無いな、多分。

ドーナツに合う飲み物と言えば!
やっぱコーヒーだよね。ドーナツ屋さんでコーヒーのおかわりとかやってたりするのを見ると、ドーナツにはコーヒー!ってプッシュしてるのかなって思う。
豆の原産地とかも拘りがあって、ドーナツ抜きにしても美味しいもの。
もちろん他の飲み物もあるけれど、私はお代わり目当てでコーヒーしか注文したことがない。

ウチにあるのは本格的なコーヒーではなく、インスタントだけど、雰囲気を楽しむ分には問題ないっしょ。
そういえば、コーヒーを飲ませるのは昌平君が初だ。
古代中国の人のお口には合うのかしら…大概のものは美味しいって言って貰えてるし、基本的には現代日本人の味覚とそんな変わりないんだよね。不思議な事に。



「お待たせし…って、あー!!ちょっと!私のぶんんんん!!」

お湯を沸かしてコーヒーを煎れて、5分くらいしか席を離れていないのに。

「………済まない、手が止まらなかった」
「ええ!?」

まだあるのでどうぞ、と置いていった分が、全部合わせて六個。
現在お皿の上に残ってるのがたったの一個。
一瞬目を疑ったからね!?まさかこの無表情なお兄さんが、こんなに食べるなんて思わないじゃん!
性格に難アリっぽい人に加えて、人は見かけによらないその二だよ。

いや、まあ、でも。
ガッカリした私の表情を見て、シュンとなって肩を落としている様子は、本気でやってしまた、と思っているのが伝わってくる。
こんな威厳のある人がそんな可愛い素振りを見せると思わないじゃないか!

「…いいです、私はいつでも食べれるし。何ならもう一個食べます?」
「頂こ…いや、だがしかし、これ以上は」
「今更ですよ。ほんと、私は明日にでも食べれるから気にしないでください」
「では、遠慮なく」

本当に遠慮なくいったよこの人。
いや、どうぞって言ったのは私だし、もう何も言うまい。
何より、気が抜けたので寧ろやらかしてくれて良かったわ。

「ところでこれ、コーヒーっていう飲み物なんですけど」
「こーひー、か。土色をしてるが、大丈夫なのか?」
「まあまあ、一口飲んでみてダメだったら残してくれていいですから」
「分かった」

恐る恐るカップに口を付け、コーヒーを飲む昌平君。
一口飲んでピタリと動きが止まったので、どうしたんだろうと思いながら見ていれば、再びそのままゆっくりと飲み始めた。

「お気に召したようですね」
「ああ、これは…どーなつに合うな」
「でしょう?もうちょっと早く煎れれば良かったですね」
「いや、十分だ……空子よ」
「えっ、は、はい!」

突然名前を呼ばれたものだから、ちょっとビックリして。
妙に構えてしまったことに対し、大げさな自分が恥ずかしくなった。

「どーなつ、非常に美味であった。また食す機会が欲しい。米や具の入った汁等も良いが、たまにはこのような甘味があっても良いだろう」

尤もらしく言ってるけど、これは昌平君が気に入ったって言ってるようなもんだよね。

「わかりました、そのうちまた用意しておきますね」

笑いをこらえながら言うと、一瞬睨まれたけれど、フッと軽く微笑みを向けてくれたので一瞬ドキッとした。
満面の笑みには程遠い。でもこの微笑みに落ちる女性は多いような気がします。



後日、蒙恬にこの日の昌平君の話をしたら、目をまん丸にして口をぽかーんと開けていた。
蒙恬にそんな顔をさせる程、想像のつかない出来事だったそうだ。
そして、「昌平君殿がそんなに食べるのなら俺も食べたい!」とねだられ、ドーナツを買いに行かされる破目になってしまった。

2017.1.13
   
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