8:人は見かけによらない

「……」
「……」

常にムスッとした表情のこの男、王賁。
性格に難アリっぽい人、っていうのはこの人のことで。
蒙恬にはまだそこまでじゃなかったけれど、信に対する当たりがきつくて、一人で来られたら嫌だなあ、なんて思ってたんだけど。

「これは、何という料理だ?」
「あ、これはブリ大根ですね」

うっかり敬語になってしまったのはその厳つい表情ゆえに。
ムスッとしてなければ相当のイケメンだと思うのね。
でも、まあ…なんか、普通に会話が出来ちゃってるんだよね…絶対即お帰りコースだと思ってたのに。
いや、最初は王賁も食料を確認してすぐ帰ろうとしてたんだよ。
でもブリ大根のニオイに惹かれたらしく、キッチンの方をチラチラ気にしてたから、食べるか?と聞けば頂こう、とあっさり返事が来て、今に至る。

「ぶり大根か…やはり聞いたことのない料理名だな」
「魚は食べないの?」
「食わんこともない…が、滅多にないな」
「そうなんだ。お気に召した?」
「ああ、悪くない」

悪くないと言いながらご飯をお代わりしているあたり、相当気に入って貰えたんじゃないかなって思う。
秦は海に面してなかったから、基本的には山での生活っぽいし、獣系の肉がメインなのかな。
高級なお肉も美味しいけど、魚も美味しいよね。
ただ、捌くことが出来ないからついつい敬遠しちゃうんだ…スーパーの人に捌いてくださいってお願いすればいいんだけどね、それも面倒だったっていうね。
今度からちゃんと頼んで魚も買うことにしよう。

「蒙恬の言っていた通りだったな」
「蒙恬?」
「ああ。ここはやけに落ち着く場所だ、と言っていた」
「ええ…そうなんだ」

自分の知らないところでそういう風に褒められてると思うと、なんだか嬉しい気持ちになる。

「来れるんだったらいつでも来て貰って構わないんだけどねえ」
「そうもいくまい」
「うん、わかってる」

わかってて言ったのは、ちょっとしたイジワル心だったかもしれない。一瞬にして馬鹿な事言ったと反省している。
相手が王賁で良かった、サラリと流してくれて助かった。

「ああ、そうだ。危うく伝え忘れるとこだったけど、今回の食料はそれだけで食べても美味しくないと思うのね」
「ではどうすればいい?」
「お湯を注いで三分…頭の中でゆっくり百八十くらい数えてから食べてね」
「百八十だな、覚えておこう」
「何ならどこかに書いておく?」
「大丈夫だ、信の馬鹿とは頭の出来が違う」

何故そこで信…対抗心でもあるのかしら。
まあ、確かに王賁は育ちも頭も良さそうに見えるし、信はおバカっぽくも見えるし。
掘り下げることもないだろうし、そうだね、と無難に返しておこう。

「じゃあ、そろそろ帰る?」
「…いや」
「まだ何かありますかね」
「……風呂に、興味がある」
「風呂?…って、風呂!?こっちのお風呂に入ってみたいの?」
「ああ」
「えーと……狭いよ?」
「構わん」
「……じゃあ、準備するから待っててね」
「わかった」

検証期間も終わったし、風呂に入れてやる義理はない。
そう言って断ろうと思ったんだけどさ。
王賁が、お前に拒否権はないって言ってるような鋭い目付きで見てくるからさ。
断っても帰ってくれないだろうなって思ったから、睨み合いしても無駄だなって…。

タオルとか、着換えとか用意すればいいのかな。
男物の下着なんて無いし、着換えだって私の大きめのジャージくらいしかない。
王賁がジャージ…似合わないなあ。
無いモンは無いんだから仕方ないよね。


「王賁、準備できたよ」
「ああ」

一通りの説明をすれば、王賁は一発で全てを理解してくれたようだ。
最悪一緒に入って説明しないといけないかなあ、とか、背中流してあげないといけないのかなあ、とか考えたけれど、そんな心配は必要なかったらしい。
一緒に入るって言ってもモチロン濡れてもいい服装に着替えて、だけど。

待っている間、料理本を読んだり適当にチャンネルを変えながらテレビを見てたりしてたのだが、王賁はゆっくりと湯船に浸かっているのか、一時間経っても出てくる気配がない。
音も聞こえてこないし、もしかしてのぼせてる?

…様子を見に行った方がいいよね。

風呂場の扉をノックし、声を掛けてから入る。

「王賁、入るよ」
「何だ」
「えっ、出てたの」
「今しがた出たところだ」
「そうなの…それは失礼しました!」

冷静な言葉とは裏腹に、慌てて扉を閉めた。
だって、腰に巻いたタオルがあったからまだ良かったものの、裸だったんだよ!!
うっかりバッチリ見ちゃったけど、上半身逞しすぎてビックリしたよ!!
しかも戦での傷っぽいのも結構あったし!
…やばい、このドキドキ静まりたまえ…!!

っていうか、出てくる時の音なんか全然聞こえなかったけどお前は忍者か!

王賁がダイニングに戻ってくるまでずっとドキドキしてたんだけど、結局その格好のままこっちまで出てきちゃったものだから、ドキドキもすっ飛んで慌てて脱衣所に置いといたジャージを取りに行って、王賁に投げつけた。
彼はムスッとしながら受け取ったけれど、出てきたときの表情は恍惚としていたのでお風呂も気に入ったんだと思う。

…なんだか、どっと疲れた。

2016.11.9
  
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