自家発電用サンジ夢 | ナノ

 7

ショッピングモールは凄く広かった。
町ひとつ分くらいはあるんじゃねェかな、ってくらいの広さに、これは一日いても飽きなさそうだと心が浮かれる。

それに、自分の世界にはないものばかりだから珍しくて仕方ねェ。
食材はもちろんのこと、道具や小物にも目がいくのは当然のことだ。

しばらく物色しながら歩いていくと、店頭に出ているアクセサリーに目が留まった。
どうやらここは女性専用の小物を取り扱っている店らしい。
ナミさんやロビンちゃんにお土産とか…と思ったが、このお金はあくまでもメイさんのもの。
メイさんのお金で他の女性にお土産なんて失礼極まりないだろう。
何より俺のプライドがそれを許さない。
とはいえ、せっかく彼女達に喜んでもらえそうなものがあるのに買えないなんて情けねぇな。


「どれか気に入ったものがありましたか?」

俺がまじまじと見ているモンだから、中から店員のお姉さんが出てきてしまった。
声を掛けられるのは凄く嬉しいが、冷静に、冷静に…!

「どれもこれも綺麗だと思いましてね」
「ふふ、彼女さんとかにプレゼントとか買いに来たんですか?」
「残念ながら彼女なんてものはいなくて」

貴女がなってくれますか、プリンセス。
そう言いそうになった口をあわてて固く結ぶ。
気を抜くと口説き文句を言いたくなるから我慢するのが辛い。


「ええ、そうなんですかぁ!?お兄さん、こんなにカッコいいのに!」

あー、やべェ。
なんつー可愛いことを言ってくれるんだ…!
メロリン禁止令が出てなければきっとくるくる回って踊っているに違いない。

「お世話になってる人に何か贈れたらいいな、とは思いますけど」
「その人幸せ者ですねー」
「いや、幸せなのは俺のほうですよ」
「はい?」

小さな声で言ったのでどうやら店員のお姉さんには聞こえなかったようだ。
別に聞こえなくてもいいんだ、自分の話だから。
メイさんみたいな優しい素敵な人に出会えて幸せなのは俺のほうだ。
そんな事を目の前の彼女に言ったって、伝わることはない。


「まァ…、とは言っても自分で働けなきゃ買う資格がないから…今日は見るだけなんで、折角声かけてくれたのに申し訳ないです」
「あ、もしかしてバイト先探してたりするんですか?」
「探してるっつーか…」

探してるわけじゃないが、理由を説明するわけにもいかないし。
ここは適当に交わしておくのが無難だろう。
そう思っていると、店員のお姉さんの方から再び話を振られた。

「もしよかったら一週間後に一人辞めることになってるんで、ウチで働きます?」
「え」
「妊娠しちゃった子がね、辞めちゃうんですよ。もしお兄さんがウチで働いてくれたら助かるんですけどね」

そう言ってニッコリ笑う店員のお姉さん。
働けるのなら働きたい気持ちはあるが、メイさんの言ったとおり俺はいつ元の世界に戻るかわからないから…やっぱ難しいと思うんだよなァ…。
でももし働けたらメイさんにも少しは恩返しが出来る。
どうするべきか…。


「働きたい気持ちもあるし、有難いけど。諸事情で突然ここから居なくなる可能性もあるんで…」
「引越しとかですか?」
「まあ、そんな感じです」
「ここ、私の個人経営なのでそんな硬く考えなくても大丈夫ですよ?来れるときに来てもらえればそれで助かるっていうか…お兄さんがウチで働いてくれればお客さんも増えそうだし」
「ん?」
「いえ、こっちの話です。無理にとは言いませんけど、悪い話じゃないと思うので良かったら考えてみてくださいね」
「じゃあ…家族に相談してみる事にしますよ」
「はい、いい返事をもらえるように祈ってます」


家族。
なんだかくすぐったい言葉だ。
船に乗っている奴らは仲間であって家族のようなモンだが、姉とか弟とかそういった括りがあるわけでもねェ。
姉になる、と言ってくれたのはメイさんが初めてだった。
メイさんが本当に俺の姉だったらそれこそ幸せなんじゃねェかな。



その後、やる気になったらここに電話してくれと店の詳細が書かれたチラシをもらって、その場を後にした。
もうちょっと店の商品を見たかったのだがそんな雰囲気ではなくなってしまったので諦める事に。
チラッと見ただけだが、水色の石が付いたピアスがメイさんに似合いそうだなと思ったので、もうちょっと良く見たかったのが心残りだ。

他にもいい店があるかもしれない。
先ほどもらったチラシを眺めつつ、先へ進む事にした。









「メイさん、お疲れ様」
「お待たせ…って、待たせちゃった?」


仕事を終えて車に戻ると、既にサンジの姿がそこにあった。
ショッピングモールで一日はもたなかったのだろうか。

「いや、ほんのちょっと前に来たばっかだよ。広いから色々見て回るのが楽しかったし」
「そっか、なら良かった。じゃあ帰ろうか」
「帰りながら相談があるんだけどいいかな?」
「うん?」

車に乗り込み、エンジンを掛ける。
自宅へと向かって走り出すと、再びサンジが口を開いた。

「俺さ、やっぱり働きたいと思うんだ」


何を言い出すのか、と思いながらも話の続きを聞く。
最後まで聞かないと、途中で口を挟むとおかしなことになるケースもある。
これは仕事の上での失敗談だが。


「今日足を運んだ店でさ、人手が足りないから働いてもらえないかって言われたんだよ」
「人手が足りないって…もし突然向こうの世界に帰っちゃったらどうするの?」
「諸事情で突然ここから居なくなる可能性もあるって言ったんだけど…それでもいいって言ってくれて」
「んんー?そんなんでその店にメリットはあるのかな?」
「来れるときに来てくれたらそれで助かるって言ってた」

人手が足りないのに来れるときに来てくれればいいって?
サンジ曰く個人経営の店っていう話だけど、そんな都合のいい雇用ってある?

「それってどんな店なの?」
「女性専用の小物とかアクセサリーとか売ってるお店だよ」


…なるほど、なんとなく読めたぞ。
その店の店長さんはサンジが居れば店の売り上げが上がるとか考えたんだな。
これだけカッコいい男性店員がいたらそりゃ名物にもなるだろうよ。
姉代行としてはそんな魂胆でサンジをそのお店で働かせるのは微妙な気分なんだけど。


「サンジが働きたいって言うから、良い飲食店でも発見したのかと思った」
「飲食店でもいいなあっていう店はたくさんあったよ。でも声を掛けられた分条件はこっちから出せるからさ、こんな都合のいい職場はそうないと思うんだよなァ」

その言葉からしてみると、やっぱりそのお店で働きたいと考えているらしい。
確かにそんな都合のいい職場は絶対他にないと思う。
最終的には無断欠勤はおろか、無断退職になるわけだからね。

「居なくなった後の対処はどうするのよ」
「それは……結局メイさんに迷惑を掛ける事になる、と…思います」

申し訳なく思ったのか、段々と声が小さくなっていった。
無断退職になった後は私が一言伝えればいいのかな。
それくらいならまあ、してやらんでもないけど。

ハァ、と小さなため息を吐くと、サンジは心配そうにチラチラと顔色を伺っているようで。
その動きが可笑しくて、少し笑ってしまった。

「あのう…やっぱり、駄目、かな?」
「いいよ、そうまでして働きたい理由があるんでしょ。その理由までは聞かないけど」
「!ホントか!ありがとう、メイさん!」
「そのかわり、ちゃんとお店に貢献するんだよ?」
「ああ、もちろんだ!これで遠慮なく気になった食材も買えるぜ!」
「も?」
「うん?」
「いや、なんでもないわ」


食材「も」というのが気になって問いかけてみたが、至極嬉しそうなサンジの顔を見たらどうでも良くなった。
食材の他にも買いたいものがあったのだろう。
そしてそれは自分の稼いだお金で買いたかったに違いない。
その証拠に今日渡したお金は家での食事の材料以外に使わなかったようだった。
貯金には余裕があるからそんなに気にしなくていいのにね。
やっぱり男のプライドっていうものが邪魔するのかな。

何にせよ、こんなにも嬉しそうにしてくれるんだったらいいか、と思う辺り私は甘いのだろう。
居なくなった後の事はその時考えればいい。


「家に着いたら詳細の紙渡すから、読んでもらえるかい?」
「詳細?…ああ、お店の?バイト募集の詳細ってことか。ていうかもしかして履歴書持参って書いてある?」


そう聞けば肯定の言葉が返ってきたので、帰宅途中にあるコンビニへ寄って帰ることにした。
ついでにデザートのプリンを買おうとすれば「自分が作るから」と止められて。
確かにコンビニのプリンよりもサンジお手製のほうが美味しそうだなと思ったので素直に棚に戻すことにした。

2016.8.26
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