自家発電用サンジ夢 | ナノ

 5

サンジがドライヤーで髪を乾かしている隙に、押入れから布団を取り出す。
ひとつは自分の、そしてもうひとつは来客用の布団だ。
いざという時のために買っておいて正解だった、と過去の自分を褒めた。


「ドライヤー、こんなもんでいいかな」

「ん」


言われるがままにサンジの髪に触れる。
サラサラと指の隙間を流れる金髪はなんとも綺麗でさわり心地の良いものだった。


「なにこれサラサラ!羨ましい髪質してる!」

「そう?メイさんの髪だって綺麗じゃないか」

「私の髪は綺麗でもなんでもないよ」

「俺が綺麗だって思うからいいんだよ」

「出たよ女性殺し」

「綺麗なモンを綺麗といっちゃいけないのかい?」

「はいはい、ありがとうございますぅー」


適当にあしらうと、サンジは喉の奥をくつくつと震わせて笑っていた。
いいよもう、好きに笑うがいい。


「で、布団!サンジはこっちのやつで寝てね」

「あれ、一緒の布団じゃ「んなわけあるか!」

「ツレないメイさんも素敵だ〜ァ!」


この男はバカなのか本気なのかわからん。
漫画を読んでいる限りでは少なからずともおバカ要素はあるな、うん。
クルーの中でもまともな方だっていうのはわかるけど、女性に対しては底抜けのバカだと思う。


「疲れてるだろうし、今日はもう寝よう」


そう言って布団に潜り込むと、サンジは電気を消してから隣の布団に潜り込んだようだ。








「揺れを感じずに寝るのは久しぶりだ」


ぽそりと呟かれた声は、聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。
夜になって、電気も消して真っ暗になって。
静かだと、自然と自分の世界のことを考えるのだろうか。
しっかりしているようでも不安を隠しているだけなのかもしれない。


「……海の上はやっぱり揺れるの?」

「そうだなァ…穏やかな波でも少しは揺れるよ」

「へえ…私船酔いしそうだなあ…」

「はは、船酔いしたらチョッパーが薬をくれるから心配ないさ」

「そうか、優秀な医者が居るんだっけ」

「ああ。トナカイのくせに優秀すぎる医者だよ」


仲間の話をするサンジの声色は、とても優しいものだった。
暗い中で静かに話をしているから余計にそう感じるのかもしれないが、自分のことじゃないのになんだか切なくなってしまう。
私が逆の立場だったらどうだろうか。
ストレスの溜まる会社勤めでも、自分の世界に帰りたいと思うのだろうか。
………この世界に未練はないかなあ、なんて思うあたり私は薄情な人間だ。
死にたいわけではないけれど。


「サンジ、早くみんなの元に帰れるといいね」

「………そうだな、でも」

「でも?」

「この状況も悪くないって思ってるよ。メイさんのおかげで」

「私の?」

「この世界で出会ったのがメイさんじゃなかったら、もっとあいつらの元へ帰りたいっていう気持ちが逸るんだろうなって思う」

「……そう、かな」

「ホントに感謝してるよ、改めてこの先帰れるようになるまで…お世話になります、メイさん」

「…うん、こちらこそよろしくね。サンジ」


まだたった一日を一緒に過ごしただけだけど、サンジと一緒に話をしたりご飯を食べたりするのは楽しいと思う。
最初は不信感でいっぱいだったのに慣れてしまえばこんなもん。
それが私が一人暮らしだったから、人が増えたことでただ単に楽しいと思っているのか、相手がサンジだからなのか…多分、その両方が理由なんだとは思うけど。
楽しい時間が続いて欲しいと願うのは普通の事。
でもそれを願う事はサンジの希望とは反してしまう。
どうせ帰ってしまうなら、これ以上の楽しさを知る前に帰ってくれたらいいのに。

ゲームや漫画の世界から出てきてしまった登場人物と一緒に過ごすなんて、まるでおとぎ話。
今だったらまだおとぎ話みたいな夢を見た、で済むかもしれないのに。

そうは言っても、朝になって本当に彼が消えてしまっていたら寂しいな。

そんな事を考えながら、私は眠りへと落ちていった。












ピピピ、ピピピ、とセットした目覚ましが鳴る。
その音に目が覚めて目覚ましを軽くパシンと叩くと、音が鳴り止んだ。

微妙に体が重い。
寝る前に色々考えたせいで疲れが残ってしまったか。
ふと隣の布団に目をやると、そこにはサンジの姿がなかった。

やっぱり夢だった?
頭ではそう考えるものの、耳に入るのはジュー、という何かが焼ける音と美味しそうな匂い。
その方向へ視線だけ向けると、思ったとおりに彼が朝食を作っているようだった。

むくりと体を起こせば私に気づいたサンジが声を掛けてくる。


「おはよう、メイさん。よく眠れた?」


一応これでも嫁入り前の女なのに、彼氏でもなんでもない人に寝起き姿を見られるとか…いや、弟と思えば羞恥心もわかない。
あれは弟、あれは弟…!


「うん、まあ」


軽く返事を返せば、サンジは器用に目玉焼きをひっくり返していた。


「朝ごはん作ったんだけど、食べれるかい?」

「んー…普段朝食はあんま食べないんだけど…サンジが作ってくれたんなら食べる」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるねェ…朝から感激だよ俺ァ」

「とりあえず顔洗ってくるねー」

「はい、いってらっしゃい。飲み物はこれ?」


これ?と聞きながらサンジが片手に持っているのは野菜ジュース。
普段朝食代わりにしているのがまさしくそれだ。
コクリと頷いてお風呂場へ向かう。

顔を洗って、軽く歯を磨いて。
それから布団を畳んで…いや、畳むのは食べ終わってからでいいか。

椅子に座ると、なんとも綺麗な朝食が揃っていた。


「朝から凄いね」

「これでもレディ用に控えめにしてあるんだぜ?」

「私の場合は更に控えめでいいかな…朝はそんなに食欲湧かないんだ」

「わかった、明日はもっと控えめにしておくよ」

「ん」


自然と出た明日という言葉に少し嬉しかったのは黙っておいた。
サンジも意識せずに言った言葉だろうから、わざわざ突っ込む必要はない。


「今日は仕事に行かなきゃいけないんだけど、サンジはどうする?」


昨日のうちに決めておけば良かったと思ったが、思ったところでもう遅い。
この世界に対しての知識はまだほんの少しの彼だが、意思は優先させてあげたかったので聞いてみた。


「メイさんの職場ってここからどれくらいなんだい?」

「車で30分くらいかかる場所にあるよ」

「職場周辺には何かあったりする?」

「何かっていうのは?」

「昨日みたいなスーパーとかさ」

「ああ、それなら昨日よりももっと大きなショッピングモールがあるよ。見ている分には飽きないんじゃないかな」

「じゃあ俺もついていっていいかな」


んん。
一緒についてきて職場でバイバイって事かな。
そう問いかけてみれば頷くサンジ。


「仕事が終わるのって何時?」

「順調にいけば今日は17時で終わる予定」

「それならブラブラしてれば暇つぶしできると思うから」


確かに家に居ても何もやることないだろうし、退屈な事に変わりはない。
ワンピースの漫画は20冊までしか買ってないし、ゲームをやっててもらうにも説明するほどの時間もないし、きっとゲームだけでは飽きること間違いナシだろう。
RPGならともかく長時間やるようなジャンルのゲームは持ってないから。

結局職場まで一緒に車で行き、そこから別行動をする事にした。
朝はショッピングモールもまだ開いていないから、職場近くのカフェでお茶でも飲んでいればいい。
飲食店ならば料理に関して熱心なサンジのことだ、そう退屈することもないだろう。
何かあったら困るから、という意味と欲しいものがあったら買っていいという意味を込めてお金を渡すと、サンジは申し訳なさそうにしながらも受け取ってくれた。

コツコツ貯めてきた貯金があるから大丈夫、心配ない。
一人養うくらいならあと5年はこのままでも生きていける。
そう言うとやっぱりメイさんはお母さんだ、と笑っていたので一発頭をパシンと叩いておいた。

2016.8.26
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