◎ 3
「出来たよ、これはそっちに運べばいいのかい?」
「ううん、そっちにあるテーブルにお願い」
作り始めてしばらくしてから漂ういい匂いが気になってはいたが、漫画を読む事に集中していた。
漫画を読む速度は割と早い方だと思う。
とりあえず一冊は読み終わった。
一人暮らしながらも少し余裕は欲しいもので、1LDKのマンションを借りて住んでいる。
マンションといってもそんなに大きなものではなく、都会というわけでもないからそこそこ安めの所。
なので来客がある時はちゃんとキッチン横のテーブルでご飯やお茶をする事にしている。
一人だとこの部屋で適当に過ごすんだけど。
「飲み物は何にする?」
「お水でいいかな」
「了解。氷は?」
「少し入れて」
漫画の中ではまだサンジは出てこなかったが、キッチンに立つ彼は自然とその場にハマッているような気がした。
彼が自分でコックだと言ったからだろうか。
私は結構単純だから流されやすいんだよなあ。
「わ、美味しそう…!これって市販のソース??」
「いや、冷蔵庫にそこそこ材料があったから勝手ながら使わせてもらった。手作りの味だよ。パスタは乾麺を茹でただけだけど」
「へぇ…凄いね、なんだか高級に見える」
「ははっ、そんな風に喜んでもらえるのも久しぶりだなァ」
「え、なんで?こんなに綺麗に盛り付けられた美味しそうな料理が出てきたら誰だって喜ぶでしょう?」
「まあ、女性陣は割とそんな感じだけど。野郎共に至っては有難みを感じてんのかどうかすらわからねェぐらいの勢いで平らげるからなァ…特にルフィは」
「ルフィって、ああ、主人公の」
チラと漫画に目をやれば見える彼。
ルフィは大食漢なのか。
「メイさん、冷める前に食べよう」
「うん。いただきます!」
パスタを口に運ぶと今までに食べたことのないような美味しさが口の中に広がった。
なにこれ、ホントに一流の料理みたいになってる。
私の家の冷蔵庫の材料の何をどう使えばこんな風に美味しくなるんだろう。
「凄く美味しいよ、これ。今度私にも作り方教えてくれない?」
「あァ、お安い御用さ!メイさんにならいくらでも教えてあげちゃうよ」
自分の料理を褒めてもらったことがそんなに嬉しかったのか、サンジの鼻の下は伸びに伸びまくっていた。
これは…癖なのかな。
最初の時も鼻の下が伸びていたような気がするし。
「やっぱり次は俺も買い物に同行したいんだけど、だめかな?」
食事が終わって片付けの最中、サンジがそう言った。
「何か欲しいものが出来たの?」
「この世界にも色んな食材が置いてありそうだからさ…新しい発見が出来たら嬉しいと思ってね」
「なんというか…生粋の料理人て感じだね」
「一流の海のコックですからね」
サッとお辞儀をしてみせるサンジの姿はやっぱりカッコいいという言葉が当てはまる。
ちきしょう、なんでこんなに年下の男にドキッとさせられなきゃならんのだ。
いいよな漫画は卑怯だよな!
漫画もゲームもそうだけど、登場人物にやたら美形が多いんだよ。
「いいけど…言うとおりにしてくれたらね」
「言うとおりって……ハッ!まさか体で払えと!?いやぁ駄目だメイさん、俺にはナミさんとロビンちゅわんが「誰もそんなこと言ってない」
ピシッとぶった切れば冗談なのにィー!と嬉しそうにするサンジ。
何故ここで嬉しそうなのか彼のツボがわからん。
「とりあえずスーツは脱いでこれに着替えて」
はい、と手渡すとサンジは不思議そうな顔をした。
「着替えがないとまずいかなと思ってさっき買ってきたんだけど、気に入らない?」
「いや…なんでそこまで…」
「一度面倒をみると決めたらその格好で放って置くわけにもいかないし、いつまでも同じ格好でいてもらっても困るし。この先何日も帰れないようならこれだけじゃ足りないから当然また買いに行かなきゃいけないけど。もしかしたら買い物間にも戻っちゃってたりなーとか思ったけど、まだ居たから無駄にならなくてよかった」
「メイさん……」
「ん?」
「………ありがとう、な」
やけに真剣な顔でお礼を言われたものだから、一瞬どうしていいかわからなくなった。
でもありがとうっていう言葉は素直に嬉しいものだ。
「とりあえず、元の世界に帰れるまでは仮の身内になってあげるよ。弟が出来たと思えば私も楽しいし」
「弟って…メイさんにとって俺は恋愛対象外なのかい?」
いやいや、ちょっとまて。
なんでそこで恋愛対象の話になるのかねキミは。
「出会ったばかりの人物に恋愛対象も何もないでしょうが。それにサンジだってこんな年増は対象外でしょう」
「年増なんてとんでもない、素敵なレディにそんな言葉は似合わないぜ。それに俺は全人類の女性ならば誰だって対象になるのさ!だからメイさんに対象外だなんて言われたら悲しいじゃないかァ〜!!」
「はいはい、何と言おうとサンジは私にとって弟のような存在になること間違いナシだから!とりあえず着替えてよね」
「は〜い!怒るメイさんも素敵だァ〜!」
全くほんとに何なんだこのメロリンモードは。
そんな疑問はこの後漫画を読み進めるにつれて納得することになるのだが。
「メイさん、着替えたよ」
「おお…イケメンは何を着ても似合うって本当だったんだ…!」
「イケメンって俺の事!?」
嬉しそうなサンジに対しては笑顔でサラリとかわしておいた。
「サイズもとりあえず大丈夫みたいだし、良かった」
「ああ、普通に動きやすいよ。助かる」
サンジに渡したのは普通の黒いパーカーとジーンズなのだが、モデルのように見事に着こなしている姿はなんとも恨めしい。
「じゃあ次これ」
「?」
サンジの出した手にポン、と乗せたそれ。
言わずとも意味はわかってもらえるだろう。
「………剃れ、と?」
「うん」
「メイさん」
「うん?」
「この髭は俺のトレードマークなんだが…」
「髭を剃らないと外には連れていきません。あとその眉も、ぐるぐるの部分は剃ってね」
「!?」
余程嫌だったのか、この世の終わりみたいな顔になったサンジ。
嫌でもこの世界で外を出歩きたいんだったら仕方あるまい。
髭はともかく、こんなぐるぐる眉毛の人間なんていないんだから。
「眉毛も髭もまた生えてくるでしょ、この世界にいる間の少しの我慢と思えばいいじゃない」
「そう簡単に言ってくれるけどなァ…」
「まあ嫌ならいいけど。でも買い物には連れていけないけどね」
そう告げると、サンジは苦虫を噛み潰したような顔をして。
小さな声で剃ってきます、と言いながら風呂場へ向かった。
その時の背中に哀愁がただよっていたけれど、こればかりは譲れないことだから仕方ない。
髭は良かったんだけどね、剃らなくても。
でも個人的に髭の男の人って苦手意識があるから剃ってくれるなら助かるというものだ。
トレードマークを失うのは…まあ、可哀想だとは思うけど。
少しの間だけだから許せ、サンジ。
風呂場から戻ってきた彼は意気消沈していた。
見てて痛々しい程に。
でも「似合うよサンジ!かっこよさが増した!!」と言えば彼も彼で単純なのか、再び鼻の下を伸ばし始めて嬉しそうだった。
「あとはこれ、サングラスと帽子……や、サングラスだけでいいかな」
「何で?帽子も折角買ってきてくれたのに」
「んー…帽子はまた次の機会で。サングラスと帽子と両方セットしたらヤンキーみたいなんだもん」
「メイさんがそう言うなら、仰せのままに」
サングラスだけでも多少ヤンキーっぽくなったのは黙っておく。
この格好なら金髪でもまあ大丈夫でしょう。
似てるとは言われても、サンジのコスプレとか言われることもあるまい。
「しかし、これ結構お金かかってるだろ?この世界の通貨はやっぱり俺らのトコと違うのかな」
「そっちはベリーだっけ?残念ながらここは円なんだよね」
「そっか…どっちにしろ俺は今の状況じゃ一文無しだからお世話になるしかできねェけど…いつか何かしらの形で恩返しできるように考えるよ」
「はは、期待しないで待っとく」
期待しないで、という言葉にサンジは少し寂しそうだったけれど。
でも彼が元の世界に帰ってしまえばもう二度と会うこともないだろうし、そうなれば恩返しも何もあったもんじゃない。
恩返しというならばここにいる限り美味しい料理を作って欲しい。
そう伝えれば彼は嬉しそうにもちろんだ、と頷いた。
「よし、折角着替えたことだし買い物行こうか」
「あれ、でもメイさん読書するって言ってなかったかい?」
「読書はいつでも出来るからいいよ」
「なんか…気ィ使ってもらってばっかで悪ィな」
「いいって、さっきも言ったじゃん。仮の身内になってあげる、って。弟が姉に甘えることは悪いことじゃないと思うよ」
「あァ…!!メイさんはなんて優しいんだ…!俺はこんな女神に出会えて幸せだァ!!」
「ん、わかったから行くよ」
「は〜い!!」
段々とメロリンモードの彼にも慣れてきた。
慣れてしまえば扱いは簡単である。
ラブハリケーンとかなんとか一人でブツブツ言ってるサンジを引っ張り、車に乗せてスーパーへと向かった。
雨は、未だに降り続けていた。
2016.8.26
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