◎ 2
「とりあえず、適当に座って」
勢いでゲームの中から出てきちゃったんじゃないの、と言ったのは私だが、それを完全に信じているわけではない。
こうして驚いている彼も演技かもしれないっていう懸念はある。
でもね。
演技にしてはそっくりすぎるんだよね、見た目が。
例えコスプレした泥棒だったとしてもここまで似せれるものなのか。
はっ…!似てるのを良い事にそれを利用しているのか…!?
いやいや、どこまでアホくさいことを考えればいいんだ、自分。
座って、と言ったにも関らずいつまでも窓の外を見ている彼はひとまず放置することにして。
冷めてしまった紅茶を再び煎れなおすため、キッチンへ向かった。
一応彼の分も一緒に用意すると、紅茶の匂いに気づいてか顔がこちらへと向いている。
「大丈夫?これでも飲んでちょっと落ち着いたら?」
「あァ…すまねえ…」
落ち着きたいのは彼だけではなく、私もだ。
素直に受け取った彼は、私がソファーに座ったのを見て床へと座った。
「そっちのソファーに座ればいいのに」
「お気遣いは有難いが、なんか落ち着かなさそうで」
「じゃあせめてクッション敷けば?」
「、そうさせてもらう」
サンジの横に置いてあるクッションを指差せば、彼は素直にクッションの上へと座りなおした。
「……美味ェな」
「これ?普通の市販の紅茶だけど」
「へぇ…普通に売ってるのにこんなにいい味なのか」
別に味にうるさいわけではないので、これが世間一般的に美味しい紅茶なのかどうかはわからない。
自分的には気に入っている味なのでいつも買うのがこれだというだけで。
「…で、本題に入るけどさ」
いい?と聞けば、彼はコクンと頷く。
「なんでここに来ちゃったのかは心当たりが全くない?」
「これといっては」
「どの瞬間だったかとかも覚えてないの?」
「どの瞬間…ねェ…クルーの夕食準備中だったとは思うんだが…あ、そういや新種の果物を味見した瞬間だったかな」
「新種の果物?」
「あぁ、見たこと無かった果物が売られてたから好奇心で買ってみたんだよ。それでソースにしたら美味そうだなと思って…調理するまえに一口味見を」
「で、食べた瞬間にここにいた、と」
「そうだな。いつの間にか」
それが原因なのか…とは思ったが、それだけでここにいる原因になるのだろうか。
この世界に来るきっかけになったのがそれだったとしても、何故私の家なんだ。
…私が海賊無双をしていたことと、それに対しての偶然の雷のせい?
たとえば近所でほかにも海賊無双をやっている人が居たら、その人の家に行った可能性もあるんだろうか。
うーん、と悩んでいると、コトリという音がしたので顔を上げた。
すると、サンジが困ったような顔で私を見ている。
「どうにか自分で帰れるようにしますから…どうか悩まないで下さい、レディ」
紳士口調でそう言って立ち上がる彼。
何をするのかと見ていれば、我が家の玄関へと向かっている。
今更ながら彼の足元には靴が履かれていて。
土足だったということに気づいたが、それは今はどうでもいい。
「ちょ、ちょっと!どこに行くの?」
「か弱きレディを困らせるのは俺の趣味じゃないんでね…折角の出会いだが、俺は俺で元の場所に戻れる方法を探すことにするよ」
「私の家に現れたんだから、私の家に居ればいつか戻れるんじゃないかって思うのが妥当なんじゃないの?」
「それは…」
そうだが、と小さい声で呟くのは私の耳にも届いた。
「なら、外に出たってどうしようもないじゃない」
「でも、迷惑が」
「誰が迷惑って言った?」
「………」
本来ならば知らない男性と二人きりの家なんて、私にとっては絶対有り得ない事だ。
でも彼はこの世界の人間じゃないし、見るからに年下だし。
弟が出来たと思えば、帰るまでの間面倒くらいはみてあげられるんじゃないかな。
そう思った瞬間、私は彼を引き止める行為に出たのだ。
悩まないで、困らないで、と言うけど悩んでいるのも困っているのも明らかに私よりサンジの方だろう。
正直この状況はちょっと面白いんじゃないかと思い始めている私がいる。
「とりあえずこの家にいれば?」
「……見ず知らずの野郎が家に居てもいいんで?」
「見ず知らずじゃないよ、あなたはサンジでしょ」
そういうと面食らったような顔をしたサンジ。
そしてフ、と力を抜いたように笑った。
「それでは、お言葉に甘えて…お世話になります、プリンセス」
レディがどうしてプリンセスになったのかは聞かないでおこう。
きっと彼なりの感謝の言葉なのだろう。
「さて、そうと決まればとりあえず靴は脱いでね」
「あ、こりゃ失礼」
「それと…私の名前は三橋メイ。好きに呼んでもらって構わないよ」
「メイちゃん…美しい顔にピッタリの名前だ…!」
「ちゃん…っていう年齢ではないんだけど…サンジっていくつなの?」
「俺ぁ19歳だよ」
「じゅっ…!?うそでしょ!?せめて25くらいとか思ってたのに…!!」
こんな大人っぽい19歳が居てたまるか!
そう思ったけど、所詮は漫画ってことなのか…!
「そういうメイちゃ…メイさんこそ…あ、いや、レディに年を聞くのは失礼だったな」
「私30だけど」
「……………!?!?!?!」
キッパリと答えた事に驚いているのか、それとも年齢に驚いているのか。
「さささささささんじゅう!?」
どうやら後者のようだ。
どもり過ぎに関してはツッコミを入れたほうがいいのだろうか。
「てっきり同い年くらいかと…!!」
「いやいやいくらお世辞でもそりゃないだろうよ」
「お世辞じゃ……ないんだけどなあ…」
こりゃ参った、と言っている彼は本気で私を同い年くらいだと思っていたようだ。
多少の童顔っていう自覚はあるけど、せいぜい見れて20代半ばくらいではないのか。
それだったら同い年くらいだと思ったって言われても信憑性はまだある。
「………ま、いいけどね。とりあえず私買い物してくるけど、何か欲しいものある?」
「買い物だったら荷物持ちってことでお供しますよ?」
ニコッと笑うその顔はどうみても10代の色気ではない。
こいつよもや年齢詐欺ではあるまいな。
「お供してくれようとするその気持ちは有難いけど、今日はだめ」
「え、何で」
「何でも何もアンタのその格好。金髪にぐる眉、顎髭。目立つからだめ」
「そ、そんなに目立つかなァ…」
「そっちの世界では普通の事かもしれないけど、こっちでは金髪なんて海外じゃなければ滅多に居ないんだから。帽子買ってくるからとりあえず我慢して家で待ってて」
「帽子があればお供できるのかい?」
「………ぐる眉と顎鬚も問題だからね」
そう言って彼の顔をじっと見ると、ウッと言葉を詰まらせたようだ。
外に出かけるからには普通の格好で目立たないようにしてもらわないと困る。
金髪はまだいいとして、眉毛と髭でコスプレしながら歩いていると思われてもたまったもんじゃない。
退屈かもしれないけど、おとなしく待っててと言えばそれ以上の反論がくる事はなかった。
雷は相変わらず鳴り響いているものの、雨は多少弱まっている。
この状況なら外に出るのもまあ、辛くは無い。
なるべく早く帰ろうと思いながら車に乗って出かけることにした。
「た、だ、い、まー」
もしかしたら既に元の世界に帰ってたりして。
なんて思いながら玄関のドアを開ければ、お帰りと出迎えてくれたサンジ。
長年一人暮らしをしていたものだから、お帰りの声に少し感動した。
「メイさん、随分大荷物じゃないか」
「うん、まだ車にもあるから取ってくる」
「これはさっきの部屋に運べばいいのかい?」
「運んでくれるの?」
「お安い御用さ」
「ありがとう、じゃあお願い」
最初に運び込んだ荷物はサンジにお願いして、再び車へ。
紙袋を濡れないように抱えて素早く玄関に潜り込んだ。
すると、その瞬間持ってた紙袋の重さが無くなって。
「これも持っていくよ」
「あ、ありがとう」
玄関からの荷物はすべてサンジが居間へと運んでくれたのだ。
今までどんなに大変な買い物をしても全部自分で運んだりしてたから、こういう時に男手があると楽なんだなー、としみじみ感じた。
しかも紳士的な彼だから尚のこと助かる。
「さて、私はしばし読書タイムにするけどサンジはどうする?」
買ってきた紙袋の中身はワンピース20冊。
ちょっとでも彼の事がわかればいいかなと思って思いつきで買ってきたものだ。
「どうする、と言われても…なぁ」
「これ一緒に読む?」
「これって…」
差し出せば怪訝な顔。
一巻の表紙にいる主人公を見て、彼はどんな気持ちを抱いているのだろうか。
私には一生わかる日が来ないだろう。
「あなたたちが物語になってる本なんだけど」
「……いや、俺はいいよ」
「そう?もしかしたら手がかりになるかもよ?」
「んー…気が向いたら見せてもらうことにする」
「そっか。じゃあどうしようかな…あ、お腹すいたりしてる?」
「多少は」
「じゃあ読書よりも先にお昼ご飯にするか。さっき材料も買ってきたし、簡単にパスタでいいかなあ」
「もし良かったら俺に作らせてもらえないかな」
「え?作れるの?」
「作れるも何も…多分その本を読み進めていきゃあわかると思うが、これでも俺は一流のコックなんだぜ」
ウインクしてみせる彼に思わずドキッとした。
こんな美形、周りにはいないんだからそれも仕方のないことだ。
「じゃあ…お願いしてみよう、かな」
「ああ、任せてよメイさん。メイさんのために美味しい昼食を作るから」
作ってくれるというお言葉に甘えて、私はサンジにキッチンの説明をした。
作ってくれる間は多少時間がかかるというので読書してていいとのお言葉を頂いたので、私は素直にワンピースの一巻を手に取り、ソファーに座った。
2016.8.26
prev|
next