自家発電用サンジ夢 | ナノ

 8

「三橋三太くん。なんだか珍しい名前だね。それにしても年下だとは思わなかったなあ」
「それ、どっちも良く言われます」

良く言われるなんて嘘も方便ってやつだ。
おとといこの世界に来たばかりの俺が会話をしたのはごく少数の人間なのだから、そんな機会はまだ数えるほども訪れてはいない。


「とりあえず条件的にはキミの言うとおりで構わないから。これからよろしくね?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」


朝は昨日と同様にメイさんと一緒に家を出て。
昨日と同様にカフェで時間を潰し、そして履歴書を持って店に来た。
履歴書の内容は当然の事ながら偽装してある。
昨日の今日で来てくれるとは思わなかった!と嬉しそうに言ってくれたのは、この店の店長である榊美佳さんだ。
美佳さんはメイさんと違ったタイプの綺麗な人で、年は25歳らしい。
相変わらずメロリンモードを発動させたくなるが、働くのならばより一層メロリンモードにならないように気をつけろ、と何度も言われたのを深く心に刻み込んである。
従って余程の事がない限りは大丈夫だろう。

そして条件というのは。
ひとつめ、給料は日払いにしてもらうこと。
これは俺がいつまでここにいられるかわからないので、日払いで給料をもらわない事には結局メイさんに頼るハメになりそうだったから。
俺が居なくなった後にメイさんが受け取ってくれるならそれはそれでいいかもしれないが、なんとなくだが彼女は受け取らないような気がして。

ふたつめ、出勤時間は基本的にメイさんの出勤に合わせた時間にしてもらうこと。
彼女は普段8時出勤なので、それに合わせて俺もこちらに出勤したいと。
帰宅時間も17時でお願いしたところ、辞めてしまう人が丁度8時17時の時間帯で働いていたので、その件に関しては何ら問題が無かった。

他に言われた事は、一応曜日は決めるが、来れなかったら来れないで連絡をくれればいい。
急遽この地を発つことになった際は家族から連絡をもらえればOK。
この二つだ。
これは昨日の時点で俺がいつ居なくなるかわからないと言う事を伝えたから気を使って言ってくれたのだろう。

全ての条件を踏まえた上で、正規雇用してもらえる事になった。

こんなにもこちらにとって都合のいい条件ばかりなのに、それでも働かせてもらえるなんて本当に心の広い人だなあと思う。


「じゃあ三太くん、早速お店の説明をしていくけどいいかな?今までにバイト経験はある?」
「バイトというか…レストランでコックをやってた経験はありますが、こういった販売系は初めてですね」
「コック!?19歳なのにコックの経験があるとか凄いね!」
「料理は好きなんで」
「じゃあ今度三太くんのお手製料理と作って欲しいな!」
「あァ…まあ、機会がありましたら喜んで作らせて頂きますよ」

自分で言った言葉に少々違和感を感じた。
普段の俺だったらはぁーい!喜んで!と即座に返事しているはずなんだが…メロリンモードを発動できないとこういう返事になってしまうのか、俺は?
いや、そんなはずはねェ…女性の頼みなら喜んで引き受けるのがこの俺だ。
なら何故言葉を濁らせてしまったんだろうか…自分でも良く解んねェな…。


そして先程から呼ばれている「三太」というこの名前。
何故「サンジ」じゃないのかこれには訳がある。

メイさんに働くことの許しを得て、夕食後に履歴書を書いていた時の事。

「そうそう、名前は「三橋三太」にしてね」
「三橋はわかるけど、何で三太?」
「サンジっていう名前だと何かと問題かなって気がして。今日職場の同僚にサンジの事を見られててさ、説明するときに三太っていう名前で言っちゃったんだ」
「…なんで三太?」
「その時フッと思い浮かんだのが三太だったから」

偽名は別に構わないけど、三太って。
いや、メイさんが考えてくれたんだから文句はねェが…うん、三太って。
俺の微妙な心理を読み取ったのか、メイさんは目尻を下げてごめんね、と笑っていた。

そんなこんなで俺のこっちの世界での名前は「三橋三太」になったわけだ。



「ええと、まずはアピアランスについて。髪形とかアクセサリー類の禁止等は一切ありません。普段着の上にこのエプロンをつけてもらえればそれだけで完了です」

そう言って渡されたのは青色のエプロン。
女性はピンクで男性は青らしいが、今まで男性が働いていたことは一度もないそうで、青いエプロンは新品だった。


「本来だったら慣れてきたら商品の発注とかもやってもらうんだけど、三太くんの場合はいつ抜けるかわからないから基本的な事を教えていくね」
「すみません、お手数お掛けします」
「いいのいいの!それでも働いてもらいたいって思ったのはこっちなんだからね!」


言いながら美佳さんにバシッと背中を叩かれた。
なんだかナミさんっぽいな、と少しだけ思った。

レジの説明をしてもらう前に、他の従業員さんに挨拶を。

「川原春子です、よろしくね」
「三橋三太です、こちらこそよろしくお願いします」

無難に挨拶を交わすと、春子さんの目はキラキラしていた。
春子さんは小動物の可愛さを彷彿させる感じの人だ。

「店長ー!よくこんなカッコいい子見つけてきましたね!」
「でしょおー!?これできっとお客さん増えると思うのよね」
「期待してるよ、三太くん!」
「カッコいいだなんてそんなァ!精一杯頑張らせて頂きますよ、レディ達のためなら」

しまった!と思った時にはもう遅い。
きゃあ!レディだって!紳士的でカッコいい、なんて言葉を耳にしながらメイさんの顔が頭に浮かんだ。
あれだけ意識していたのに褒められるとこれだ。
本気で気を引き締めないと必ずメロリンモードが発動してしまう。
ああ、レディ達を前にして俺は耐えられるのだろうか…!
メイさんが一緒に居てくれればそれも抑えられそうな気がするのに。

どうせならメイさんと一緒の職場で働きたかったけど、そんな事はまず不可能だ。
俺はここで頑張らないと。



それからしばらく接客マニュアルやレジの打ち方を教えてもらい、お昼休憩に入った。
昼休憩は一時間で、外に食べに行っても事務所でお弁当を食べても自由にしてていいらしい。

メイさんにはお弁当を作って渡してある。
いつもはコンビニか社員食堂だからお弁当なんて久しぶりで嬉しい、と言いながら嬉しそうに受け取ってくれたけど、今頃食べてくれてるのかなァ。
幸せそうな顔で食べるメイさんを見ていると、俺の心も満たされるんだよな。
今日の夕飯は何にしようか。
そんな事を考えながら、メイさんと同じ中身のお弁当を広げた。











「あれ、お弁当なんてどうしたの?珍しいじゃない」

少し離れた席から同僚の綾が近寄ってくる。
昼休憩の時は大概一緒に食べるので、昼限定で私の隣の席が彼女の指定席だ。

「三太がね、持たせてくれたんだよね」
「え、何。料理できるの?ていうか凄く美味しそう…!」
「ねー、ほんと美味しそうだよね」

蓋を開ければ綺麗に彩られたおかず達。
見た目もバランスも気にして作ったんだろうか、さすがはコック。

休みの日や夕食なんかは家でちゃんと作るようにしてたけど。
朝は正直お弁当を作るよりも睡眠時間に回したいと思っているので、大抵コンビニ弁当やおにぎり、そして買いそびれた時には社員食堂にお世話になっている。
結局は偏った食生活になっちゃってると思うんだよね。
結婚でもすればちゃんと作る気にもなるんだろうけど、自分ひとりのために作るってのも…なんだかねえ、と思う。


「なんていうか…愛妻弁当逆バージョンみたいな?」
「ぶ、なにそれ」
「旦那様が作った場合は何て言うんだろ、愛夫弁当?」
「聞いたことないよそんなの。ていうか旦那様じゃないし」
「はいはい、義理の弟ね、義理の。それにしてもほんと美味しそう。これ一個ちょうだい」
「……いいけど」


おかず一つあげることにこんなに躊躇うのは初めてだ。
なんで躊躇ったかその理由は。
「メイさんのために愛情込めて作ったからね」と言われながらこのお弁当を渡されたからだ。
私のために作ってくれたものを例え少しでも他人にあげてしまうなんて、という罪悪感が芽生えた。
たったそれだけで!?と思われるかもしれないが、そう思ってしまったものは仕方ない。
だって、私のためって言ってくれたのが嬉しかったんだもの。

美味しい料理を作ってくれるだけじゃなく、サンジの言葉は私を喜ばせるものが多い。
女性の扱いが上手いと言ったらそれまでなのだが。
…今頃、バイト先の人たちと仲良くなってんのかな。

なんとなく、サンジが離れていくような気がして寂しくなった。
子が親元を離れていく時の気持ちってこんな感じなのかな。

そうは言っても結局は一緒の家に帰る訳だが。
なんか、自分が何を考えているのか良くわからないや。


「あ、わたし飲み物買ってくるけどメイはどうする?」
「あー、私も行く」

綾の声に思考を遮られて、食べ始めようとしていたお弁当の蓋を閉じた。




「しかし、あの男嫌いのメイがねえ」

ガコン、と缶ジュースが落ちたと同時に耳に入って来た言葉に驚いた。
男嫌い?
私が?

「私、男嫌いなんて言ったっけ?」
「言われたことないけどさ。寄せ付けませんっていうオーラ出してるじゃん」
「ええ。そんなつもりないんだけど…」
「じゃあ自覚ナシってことだよ。何が理由かは知らないけど、メイは男嫌いって有名だよ?」
「有名…!?なんか嫌なカンジ」
「まあ、ほら。うわさは噂だからさ。実際どうなの?違うの?」
「男嫌いのつもりはないよ」
「……やっぱ、自覚ナシか」


実際どうなの?と聞いた割には信用してないんじゃないか。
私の本音からしてみれば確かに自覚はない。
だが、思い当たる節はある…ので、もしかしたら本当に寄せ付けませんオーラを出してたのかもしれないなあ、と思った。
だからここ最近ずっと彼氏が出来ないんだろうか。
いや、彼氏なんていらないけど。


「でも、三太くんのおかげで少し和らぎそうだね」
「そうかな?」
「ていうかいくら義理の弟でも一緒に住むなんて意外だったし」
「そりゃ弟を邪険に扱うわけにはいかないじゃない」
「まーそうだけどさ!」


実際は弟じゃないけど。
そんな事を言ったら綾はどんな反応をするだろうか。
多分「やっぱり恋人!?」なんて言われるんだろうな。
考えただけで面倒だ。

はぁ、とため息を吐き、自分の席に戻る。
置き去りにされたお弁当箱の蓋を再び開け、おかずを一口放り込む。
サンジの作ったご飯は冷めてもやっぱり美味しかった。

2016.8.26
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