時雨に捧げる愛の花(ラゼル)


トルネコさんに、商人としての駆け引きのイロハを教えてもらうんだった。
そう後悔したところで、みんなが居たあの頃に戻ることなんて出来ない。
この問題は、自分で解決するしかないんだ。

目の前にある店は、10代から20代の女性に人気の服飾店。
ショーウインドウに飾られている花柄のワンピース。
以前、ナツがじーっと見つめていた服だった。

手持ちの財布を広げてみれば、中に入っているのは7000ゴールドとちょっと。
花柄ワンピースの値段は10000ゴールド。あと3000足りない。
ぶっちゃけ自分は王様だし、俺が言えばきっとアッサリと献上されると思う。
だけど、これは自分で買わなきゃ意味がないんだ。
だって、今日はナツの誕生日なのだから。

好きなヤツの誕生日に権力振りかざして手に入れたモノをプレゼントしたって、そんなの自分が許せるわけがない。
こういうのって、一番大切なのは気持ちなんだろ?
気持ちが籠ってればなんだって嬉しい。ナツはそうやって言ってくれるヤツだって知ってるけど…でも俺は、気持ちを込めたうえで、更に自分だけの力でこのワンピースをプレゼントしたいと思ってる。
だから、手持ちの7000ゴールドだって士官学校時代に自分で稼いだ分の金なんだ。
王様になってしまった今、働くことなんて出来なかったし、あのワンピースが飾られてから結構日にちが経っているから値下がりなんてしてないかなー、というよこしまな希望を抱いてみたりもしたけれど。
…プレゼントに値下がりしたものなんて、という微妙な所はとりあえず棚上げするとして。
人気商品だけれども値段が高いという理由で売れ残っているらしく、値下がりすることなど有り得なさそうだ。更には最後の一着という紙が貼られている。

「…って、え!?最後の一着!?」

我が目を疑いそうになり、ショーウインドウに張り付いてみるもその文字は間違ってなんかいない。
勢いのままに、慌てて店へと乗りこんだ。

「いらっしゃ…お、王様!?」
「あっ…」

あわよくば値切りしようかとも考えた。
だけど、それをするには変装が前提で…っていうのをすっかり忘れていたわけで。
まあ、そんな事を考える余裕もなくなったんだけど…最後の一着の張り紙の所為で。

「こんな所にようこそおいで下さいました。何かお探しでしょうか?」
「あ、えーと…」

乗りこんでしまったからには腹をくくるしかないか。
とりあえず、話をするだけしてみよう。

「あのさ、表に飾ってあるワンピースなんだけど」
「花柄の、でしょうか?」
「そう。それさ、あげたいヤツがいるんだよね」
「でしたら、今すぐ外して来ますね。最後の一着だったもので、在庫が無くて…」
「でも、金が足りないんだ」
「何を仰いますか!王様の頼みですもの、お金などいただけません!」

やっぱりこうなるよな。
まあ、ここまでは想定内だ。
問題は、この後の頼みを聞いてもらえるか…、だな。

「足りない分だけ働かせてくれないか!頼む!」
「え、ええ…!?そうは申されましても、王様に働いて頂くなんて…!」
「裏方の仕事でいいんだ、俺がここで働いたっていうのは誰にも言わないから!寧ろ俺が言ってほしくないし!」
「そんな…!裏方なんて余計にさせられませんわ…!」

働くことがカッコ悪いって思ってるわけじゃない。
好きなヤツの為に金が足りなくて必死になってるとか…冷静に考えてみればすげぇ恥ずかしいだろ。
頭を下げ続けていれば、店員は諦めの溜息を吐いた。

「わかりました、わかりましたよ!…その代わり、変装してくださいよ?王様が働いている姿を見られでもしたら、誰に何を言われるか…!」
「ほ、本当か!!ありがとう、もちろんだ、迷惑は掛けないよ!!」

そう思ってるんでしたら引いてくださればよろしいのに、という呟きには聞こえない振りをした。





*****


今日は私の誕生日だ。
本当は、一番大好きな人に一番にお祝いの言葉を言って貰いたかった。
だけどそんなのわがままだって分かってる。
第一、彼はとても忙しいのだから一緒に居れる時間は少ない。
でも、それでもさ!今日くらい、少しくらい時間を作ってくれたっていいと思うんだよね!?
だって私、前々からきっちりアピールしてきたんだよ、今日が誕生日でーす!って!
だからラゼル君もちゃんとわかってくれてると思ってたんだ。
そりゃさ、時間作って!とは言わなかったけど。
だからいつどこに居ようがラゼル君の勝手なんだけど。

「……何で今日に限って一回も姿が見れないわけぇ…?」

独り言のつもりだったけど、悲しみの分だけ声が大きかったみたい。
前を歩くおじさんに、振り返りつつも哀れみの表情を頂いてしまった。
同情するならプレゼントおくれ!なんて、そんな見知らぬ人に貰っても嬉しくなんてないんだけれど。

城下町の中心にある、噴水の横のベンチに腰を下ろし、盛大な溜息を吐く。
以前マーニャに「溜息を吐くと幸せが逃げちゃうわよ」なんて言われたことがあったっけな。
手遅れだよマーニャ、もう逃げてるよ。
だって誕生日っていう特別な日にラゼル君に会えないんだもん。
テレシアやツェザールに聞いてみたけど、二人共居場所はわからないって言ってたし。
……あ、そういえばプレゼント、貰ったんだった。

右手に持っていた袋をガサゴソと開けてみる。

「うわ、可愛い…」

テレシアからはブレスレット、ツェザールからはネックレスだった。
基本的にアクセサリーとか、自分で買わないから素直に嬉しい。
見るのは好きなんだよ、見るのは。
でもいざ買うとなると、怖気づくっていうかなんていうか…これ買って、本当に使う場所あるかな?とか思っちゃうんだよね。
だからこうやって人に選んで貰えるのって凄く嬉しい。
せっかくなので着けてみよう。


…ってね、自分一人の時に着けようと思った私がバカだったよね。
ブレスレットはすんなり着けられたよ。でもね、ネックレス、お前は今日から敵だ。
何故ならば、髪に引っかかって取ることが出来なくなってしまったからだ。
ごめんツェザール。不器用な私を許して。

「いたたたた痛い痛い!」

取ろうとすればするほど余計に絡まってるみたいで、髪の毛の引っ張られる量が増えていく。
なんだこれちくしょう!

「あー、もう!!」

苛立ちを発散させようと思い切り顔を上げたら、既に夕日が沈みかけていた。
…私どんだけネックレスと格闘してたの…。

そもそも誕生日のこんな時間にこんな場所で一人で居るとか…ラゼル君は探したって会えないし、ラゼル君が探しに来てくれるわけでもないし…髪の毛は痛いし…あ、ダメだコレ、泣けてきた。

「ちくしょー!!ラゼル君のバカヤロー!!」
「だっれが!!馬鹿野郎だ!!」

夕日に向かって叫べば、後ろの方から怒鳴り声が聞こえて。
バッと振り向いたけれどそこは噴水だから水しか見えるわけもなく。

「こっちだ、こっち!」

どっから聞こえてきた声だったのだろう、なんて考えていれば、横からズドム!!という衝撃と共に会いたかった人の声が聞こえた。

「イタッ!な、なにすんの…!ほんともう、踏んだり蹴ったり…!!」
「はぁ?ようやく見つけたと思ったら何を訳の分からないことを…ああ、コレか?ちょっと動くなよ」
「えっ」


急に距離が近づいたと思ったら、ラゼル君の手が私の顔に伸びてきて。
思わずぎゅっと目を瞑ると、頬を通り越して髪の毛に触れた。

あ、ああ、なんだ、ネックレスを取ってくれるのね!一瞬何事かと思って恥ずかしい!!
心の中で叫びつつ、心臓はバクバクと音を立てている。
今日はもう会えないと思っていたのに、今はこんなにも近くに居る。
そのことだけで、さっきまでの悲しい気持ちとか、苛立ちとか、全部どこかへ飛んでってしまった。
現金だっていうのも理解してます、自分の性格だもの。

「取れたぞ、ホラ」
「あ、ありが…と…」
「それにしてもこんなの持ってたか?」

ホラ、と渡されながらもラゼル君に問いかけられた。

「ああ、これね、ツェザールがくれたんだよ。プレゼントだって」
「プレ…あっ!!そう!ナツ!お前、今日誕生日!!」
「えっ!?う、うん!?」
「遅くなったけどおめでとう!!」
「ん!?」

グイ、と押し付けるように渡されたのは、お洒落な紙袋。
あれ、これ、さっきのズドム!!の原因か?

「ねえ、さっきこれで殴った?」
「な…殴ってなんかないぜ、ぶつかっちゃっただけで」
「ぶつかっただけだったらあんな衝撃こないんですけど」
「それはお前が馬鹿とか言うから…いやいやそんなこといいだろごめんなさい!!早く開けてみろって!」

誤魔化しなのか、何なのか、一応謝罪も貰ったからいいけど…適当すぎるんじゃないの。
ぶつぶつ言いながらも言われた通りに開けてみれば、そこには私がいつぞや目を奪われた花柄のワンピースがあった。

「ラゼル君、これ…」
「やるよ。ナツ、欲しかったんだろ?」
「確かに欲しかったけど…こんな高いもの、いいの?」
「あ!言っておくけど、ちゃんと自分の金で買ったんだからな!権限振りかざしたりなんかしてないからな!!」
「えっ、そんな事言ってないし…や、でも、うん…どうしよう、凄い嬉しい…!」
「そ、そうか。そりゃ良かったよ。俺も、お前に似合うと思ってたし…ナツの喜ぶ顔が見れてよかっ…ぐぶっ!!」
「ラゼル君、ありがとう!!」

ワンピースごとラゼル君にタックルをかませば、ラゼル君から変な声が漏れたけど。
それでも、この人は私を受け止めてくれるって知ってるんだ。
ワンピースをずらして顔を覗かせれば、苦笑したラゼル君の顔が見えて。
それから、ゆっくりと私の背中に腕を回して、ぎゅっと力を入れてくれた。
私も負けじと力を入れ返すけれど、ラゼル君の力に適うわけもなくて、すぐさま降参。

「なあ、今度それ着てどっか行こうぜ」
「え、どっか連れてってくれるの!?」
「ああ。本当は、今日さ…もっと早く会いにくるつもりだったんだ。でもちょっと時間が無くなっちゃって…だから、そのお詫びも兼ねて。それにナツがその服着たところを一番に見る権利は俺にあるだろ?プレゼントした本人なんだから当然だよな?」
「そんな権利使わなくても、ちゃんとラゼル君に一番に見せるつもりだったのに」
「ははっ、ナツならそう言うと思ってたけど!念押しってヤツだな」
「ちょっ、それ自惚れって言うんだよ!」
「自惚れだった?」
「っ…ちが、わない!けど!!あー!!なんか負けた気がする!」

くっくっと可笑しそうに笑うラゼル君は本当に楽しそうで、私と共有してくれるこの時間を楽しんでくれているんだなって思ったら、じんわりと幸せな気持ちが溢れてくる。
この時間が、この一瞬が永遠に続けばいいのにな。
そう願っても叶わないことは知ってる。
だからこそ、この瞬間を大切にしたいんだ。
ラゼル君と一緒の、この時間を。

「じゃあ、ラゼル君に時間が出来たら誘いに来て。私、待ってるから」
「ああ、約束だ。待っててくれよな」

差し出された小指に自分のそれを絡めて、二人で笑い合った。

ラゼル君に会えなくて、寂しい誕生日になっちゃうかも、なんて、杞憂だったかな。
でも、確かに寂しかったんだ。
だからラゼル君の言った通り、お詫びに今度は丸一日一緒に居てもらうんだからね!
あなたがくれたこのワンピースを着て、テレシアから貰ったブレスレット、ツェザールから貰ったネックレスを着けて。
ブレスレットはともかく、ネックレスにヤキモチなんて妬いてくれたりしないかな?

次の約束が楽しみすぎて、ニヤニヤが止まらない。
ラゼル君からは気持ち悪い!とデコピンを喰らったけれど、いつもの事でしょ!と返せばまた笑顔になった。

2016.9.14 happy birthday!!
時雨に捧げる愛の花(ラゼル)

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