聖母の愛を独り占め(ククール)


今日は朝から土砂降りの雨だった。
マイエラ修道院唯一のシスターであるナツは、昨日の夜に聖地ゴルドに向かった。
お偉いさんの指名で、巡礼に付き添って欲しいとの依頼を受けての事だ。
ナツは、周囲のやつらにはまるで聖母のようだと言われている。
一緒に旅をしてきた俺からしてみれば、アイツの外面に惑わされているだけだ、と言ってやりたくなる。

本来のナツは聖母のように心優しいわけでもなく、強かな性格をしている。
身内認定されなければ聖母のような外面で対応をしているだけで、俺達旅の仲間はみんなナツの本当の人となりを知っている。

本人は猫を被ってるつもりもなく、自然とそうなってしまうのだと言う。
つまり、無自覚の猫被りをしてるってわけだ。

ま、だからといって態々他の奴らに教えてやる必要もない。
本当のナツは、俺達だけが知っていれば良い事なのだから。

そんな彼女と俺の関係は、半年くらい前になって急速に距離を縮めた。
どちらかが告白をしたわけではなかったが、お互いがお互いを好きだということをなんとなくで知っていたため、そういう関係になったのだ。


待っている側としては、こんな土砂降りの中聖地巡礼とか大丈夫なんかねえ…と心配になるわけで。
と言ってもナツはゼシカ並みに強いし、イレギュラーが起きてもサクッとこなして帰って来れるだけの力量はある。
よっぽどの事に巻き込まれたりしなければ、だがな。
たまには俺も同行したりするのだが、今回はナツだけをご指名だったのだから仕方あるまい。

依頼人は、貴族の金持ちオヤジだ。
豚のようにまんまるで、ギラギラのアクセサリーを身に纏って、脳内ピンク一色のようなイメージ。
ナツに手を出したらタダじゃ済まさねえ……いや、手を出しかけて返り討ちにでもしてもらった方がいいのか?
何度か返り討ちにしてきたという話も耳にしたことがあったし、そこまで心配することもなさそうだ。

とりあえず帰ってくるのを待つしかないな。
そう思って、暇つぶしを探しに部屋から出ようとした時だった。


「ククールさん!大変です、ナツさんが…!!」
「は?」

血相を変えて部屋に飛び込んできた、一人の新人修道僧。
慌てて走ってきたのか、息も絶え絶え、言葉が途切れ途切れになっている。

…一体何だってんだ、もどかしい。

「ナツさん、が!」
「ナツがどうした!今あいつはどこにいる!」
「え、あ、ご、ゴルドです!聖地ゴルド!」
「チッ!」

首根っこを引っ掴んで居場所を吐かせる。
モタモタしているヤツに話を聞くより自分で行動した方が早い。
俺はバルコニーへと走り、それからルーラを唱えた。
もちろん、聖地ゴルドに向けてだ。





外は相変わらずの雨が続いていた。
今は濡れることなど気にしていられない。ナツはどこにいるんだ、早く探さなくては。
情報を得るために、一番近い場所にあった宿屋に入った。
するとそこには大勢の人が集まっていて、ざわざわと騒がしい様子。

…とりあえず手前にいるオヤジに声を掛けるとするか。

「おい、何があった」
「ん?兄ちゃん他所モンか?」
「ああ」
「実はな、今、巡礼中に倒れたっていうシスターの話を聞いてよ。そのシスターっつーのが聖母みたいに綺麗だっていう有名人なもんで、みんなひと目でもっつって集まってきたわけよ」
「!」

そりゃ間違いなくナツだろう。
そのオヤジに軽く礼を言い、俺は人込みをかき分けて二階に上がり、ナツが居るであろう部屋のドアをノックした。
流石に部屋の前には誰も居なかったな。倒れたっつーくらいだから、会いたくても会えないってわけか。俺にとっては邪魔されなくて済むから好都合だ。

「どちら様ですか?」
「俺だ」
「…ククール?」
「入るぞ」

返事を待たずして部屋の中に入れば、ビックリした顔のナツと、その横に居た医者。

「彼女は疲れているんだ、また改めてもらえないかね?」
「先生、いいんです。この人は私の…」
「なに!そうか…では、私が少し外すことにしよう。くれぐれも安静にと約束してくれるかね?」
「はい、有難うございます」
「うむ」

俺が口を挟む隙もなく、医者はそのまま部屋を後にした。
医者が座ってた椅子に、今度は俺が座る。
…男の体温が残ってるっつーのも、なんとも言えない気分だな。
今はそんな事言ってる場合じゃねえか。

「ナツ、倒れたって…一体何があったんだ?」

そう問いかけると、彼女は俯いた。

「魔物の襲来にでもあったのか?依頼人はどうした?」
「あのね、違うの。そうじゃなくて…」
「言えないのか?顔をあげてく…れ…」

ナツの頬に手を添えて、上を向かせれば対面したのはリンゴのように真っ赤な顔だった。

「あの、あのね。落ち着いて聞いてね。………できたの」
「できた?」
「うん」

出来た?何がだ?
巡礼は無事に済んだっつーことか?

「パパ」
「は?」
「おめでとう、パパ」
「………あぁ!?」

ガッターン!と、大きな音を立て、椅子は転がった。
当然、その椅子に座っていた俺は床の上だ。

出来たって、そういうことか!?
こどもか!こどもが出来たのか!?

「ふふ…大丈夫?」
「大丈夫っておま、おま、おまえ!おまえが大丈夫かよ!」
「大丈夫だよ、つわりに気づかないでお祈りしてたから倒れちゃったってだけだし」
「そんで、依頼人は?」
「依頼人の方は、おめでとうって笑顔でお祝いしてくれたよ。もう帰られた頃じゃないかな?伝令も頼んでくれたみたいだし、付き添いのはずだったのにこっちがお世話になっちゃった」
「…なるほど」

つまり、息を切らせて慌てて俺の部屋に入ってきたあの新人は伝令を受けたわけで。
……早とちりせずに、きちんと話を聞いてから来るべきだったか…いや、済んでしまったことは仕方ない。

「ククールってば、ちゃんと聞いて来てくれたわけじゃなかったんだ?」
「俺は良からぬことがあったんじゃないかと思って飛び出てきたんだ」
「いつもそうやって心配してくれてるんだね」
「当たり前だろう。ナツが強いのはわかっちゃいるが、俺の居ないところで万が一があったら困るんだよ。心配くらいするだろうが」
「私が逆の立場でもそうだけどね。…ねえ、そろそろ床とさよならしたら?」
「……ああ」

そう応えはしたものの、正直出来ちゃった発言で腰が抜けたっつーか、立つ気力がなくなった、っつーか。


…ああ、そうか。

俺、親になるのか。


「俺さ」
「うん?」
「親の温かさとか、そんなの知らずに育ってきた…けど…ナツとの子供だったら絶対愛せると思うんだ」
「…うん」
「だから、俺と結婚して欲しい。ナツ、愛しているよ」
「、……はい…!……私も愛してるよ、ククール」

こんなことになるんだったら、指輪の一つや二つ、早々に手配しておくんだった。
順序が色々とあべこべで最高にカッコ悪い。
しかも、床に座り込んだままでの告白なんて更にカッコ悪い。

でも、ナツが嬉しそうにしてるからいいかと思えるのは、俺がこいつに対して盲目だからなんだろうな。

最愛の嫁と、最愛の子供と。
二つの幸せを同時に手に入れて、この瞬間は俺が世界で一番幸せなんだと叫びたい気分だった。

2016.7.15 奈月様(ククール/最愛・告白・雨)
聖母の愛を独り占め(ククール)

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