ギャンブラー拾いました(ククール)


最近、ドニの酒場にてとある噂が立つようになった。
何でも凄腕のギャンブラーが、日々獲物を探し求めながら各地を転々としている、と。
酒場内の一番強いヤツに勝負を吹っ掛け、勝てばその酒場の酒を飲み干して帰っていくという。

「なあ、ククール。お前のイカサマだったら勝てるんじゃないか?その凄腕のギャンブラーとやらに」
「さあ…どーだかな。今んとこ負け知らずとはいえ、絶対っていう言葉はないんだぜマスター」
「普段のお前からは想像もつかない言葉が出たな」
「俺だって万能じゃない、ってことさ」

自嘲気味に笑いながら酒代をカウンターに放り投げ、酒場を後にしようとした。
だが、それは来客によって邪魔をされてしまった。

「すまない」
「ああ、いや」

俺が出ようとしていたことに気づいたのか、その来客は一瞥をくれてから謝罪の言葉を投げかけた。
そして俺を通り越し、カウンターへと腰かける。
薄汚いボロ布のようなマントに、目以外を覆ったマスク…なんだか胡散臭いヤツ。
危険人物だったらマスターが困ると思い、仕方なしに入口付近の椅子へと座りなおす事にした。

これでなんかあったら次の酒代はチャラだな。
そう思いながら動向を追っていれば、そいつはビールを一杯注文した後、酒場内をぐるりと見渡した。
現在酒場に居るのは、マスター、バニーガール、それから良いカモになりそうな若者の二人組と流れ者のよろず屋、そして最後にこの俺。

人探しでもしてるんだろうか。
一通り全員と見た後、バチリと視線が絡み合う。
逸らすのは癪だったからそのまま見ていれば、そいつは俺の方へと歩みを寄せた。

「なあ」
「何だ?」
「この酒場内で一番強いのは、あんただろう」

一番強いっつーのはどういう意味か。
聞くまでもなかった、コイツは噂のギャンブラーだ。

「噂をすれば…ってヤツか。そうだな、俺だろう」
「噂?」
「こっちの話だ、気にするな」

俺達の会話をヒヤヒヤしながら見守るマスターの姿が視界に入って、思わず笑いそうになる。
なんとかしてくれって思ってんだろうな。その期待に応えてやるさ。但し、キッチリとお代は頂くがな。

「勝負を受けて頂きたい」
「なんの勝負だ?」
「ポーカー」
「望みは?」
「この酒場のありったけの酒を」
「よし、いいだろう。俺が勝ったら言うことを聞いてもらおう」
「わかった」
「ククール!勝手に受けて…お前、勝てるんだろうな?」
「マスター、そりゃねえだろうよ。さっきと話が違うじゃねえか」

お前のイカサマだったら勝てるんじゃないか?って言ってたのはどこのどいつだ。
どっちみち負ける心配もしてんじゃねえか。

「…まあいいだろう。その代わり、負けたらお前が酒代払えよ」
「勝ったら次の酒代チャラだぞ」
「ああ、わかった」
「話は纏まった。このテーブルでいいか?」
「問題ない。ディーラーはマスターにお任せしたい。よろしいか?」
「私がディーラー?…イカサマするっていう心配はないのか?」
「疑っていたら勝負など受けてもらえないことは身に染みて解っている」
「ふぅむ…それだけ数をこなしてきたってのがわかるセリフだな。お前、名前は」
「ナツ」
「よし、私がディーラーを務めるとしよう。こいつはククールだ」

目で挨拶を送られ、俺もそれに答えた。
しかし、何度もこなしてきたってんなら相手がイカサマするってのは承知済みってことだよな。
そんな相手に、よくもまあ飄々と挑んでくるもんだ。






***

絶対に勝てる自信はあった。
俺は、いつもどおりにイカサマを仕込んだのだから。
だが、相手にはイカサマをしている様子など微塵もなかった。
何故負けた?
考えてもわからなかった。
相手の出したキングのカードがやけに目に付いて、キングの持っている剣で勝ちようのない一撃を喰らったような感覚だった。


ドン、と、ナツの目の前にジョッキが置かれる。

「生憎、今日は仕入れが少なくてな…これで最後だ」

どうやらマスターは、こいつに酒を渡す気など無いらしい。
負けたのはお前なんだから何とかしろ。そういう視線が突き刺さる。
いい気なモンだぜ、勝てば持ち上げる癖に負けた途端にこの仕打ちかよ。

「おい、ククール…話が違うじゃないか」

…やれやれ。一応負けた身だし、ここは相手の機嫌を取っておくか。

「…仕方ないな。これだけは使いたくなかったんだが…永遠の切り札を使うとしよう。この俺だ!」
「………いらないな」
「なん…だと…!この色男の申し出を断るつもりか?俺とお前が組めば、この先どんな相手が来ようとも負けなし確定だぜ?」
「そんなのお前の手を借りるまでもない」
「それは…まあ、そうだな」

ジョッキに手を伸ばし、マスクを外そうとするナツ。
その姿に、何かが引っかかる。

「……なあ、交渉の前にひとつだけ聞かせてくれないか?」
「なんだ」
「お前、何が目的でこんなことやってるんだ?」
「私は…一か月ほど前に、家と家族を失った。私の取り柄はこのギャンブルしかなくて…だから、強いヤツに挑んで勝って、好きなだけ酒が飲めれば飢えることもないし、嫌な事も忘れられると思った」
「あのなあ…酒で腹は膨れるかもしれんが、健康状態は保てないだろう?」
「だって、金など持ってないんだ」
「まさか、この一か月何も食ってないのか!?」
「……道端に落ちていたパンは食べた」

絶句した。
ほとんど何も食ってないに等しいじゃねえか。
それでまあ、よく生きてられたもんだ。
それにしても、勝ったら料理を要求するとかは考えてなかったのだろうか。
嫌な事を忘れたいがために、酒限定にしてたのか?
それにしちゃ考えがお粗末だな。
思わずため息を吐きそうになったが、ぐっと堪えた。

「マスター、何か料理出してやってくれないか」
「あいよ」
「待ってくれ、私に払える金は…」
「ないのはわかったよ。俺の奢りだから心配すんな」
「…ありが、とう…」

しばらくして、鼻を啜る音が聞こえた。
泣いてんのか。
気難しいヤツかと思ってたんだが、最初に受けた印象とは大違いだな。

「つーか、もし負けたら払う金もなく、どうするつもりだったんだ?」
「………体を、売るつもりだった」
「体ぁ?そりゃまた無理が……おまえ、女か!?」

コクリと頷いたナツに、俺はまた絶句した。

女だったのか。
男にしては声が高いなとは思ったが、みすぼらしいなりをしているから普通に男と思いこんでいたが…そうか、女か。

「だったら、やっぱり最後の切り札を貰ってもらうことにするかな」
「いや、それはいらない」
「お前なあ…こんな色男の提案を断るとか、どういう神経してんだ?」
「貰っても、私には金がないから世話など出来ない」

貰うイコール世話するっていう意味になってんのか。

「ナツ、そりゃ誤解だな。俺を貰うっつーのはそういう意味じゃなくて、俺がお前の生活を保護してやるよってことだ…どれ、顔を見せてみろ」
「…っ」

顔のほぼ全体を覆っていたマスクを取り外せば、かなり痩せこけたものの、磨けば綺麗になりそうな…普通の女だった。

「こんな顔してんなら早く言えよ。今までだって勝ったから面倒みろって言えば、保護してくれたヤツも居たんじゃねえの?」
「…基本的にはあらくれが多くて。ククールみたいなのは初めてだ」

イカサマをしたわけじゃなかったから、条件は飲んでくれたけど、と付け加えたナツ。
あらくれ者ばかりだったら負けた腹いせに犯されてたっておかしくないのにな。
よっぽど運が良かったんだな、こいつ。

「とりあえずさ。この先どうするかはまた後々考えるとして。数日間くらい俺と一緒に過ごしてみるっていうのはどうだい?」
「………ほんとうに、いいのか?」
「良くなかったら提案なんてしないさ」
「……重ね重ね、ありがとう…ククール」

お礼を言って俯いたナツの前に、マスターお手製の肉料理が差し出された。
そのニオイに釣られて、ガバッと顔を上げたナツ。
涎まで垂らしちゃってまあ。
俺をチラチラ見てるから、コクリと頷けばナツは勢い良く料理にかぶりついた。

よっぽど腹減ってたんだな、可哀想に。
料理以外には目もくれず、一生懸命に食べるナツを見ていたら、昔修道院に住み着いた犬を思い出した。
あの時も、俺がコッソリ料理を運んでたんだったな。
いつの間にか居なくなってたから、きっと飼い主の元へもどったのだろうと信じている。

こうして拾った奇妙な縁だが、これがこの先ずっと続くことになろうとは、今の俺には知る由もなかった。

2016.7.11 真巳衣様(ククール/永遠・切り札・剣)
ギャンブラー拾いました(ククール)

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