ぼくのためだけにきみはいればいいとおもう(仙道)


もうすぐ陵南高校の文化祭が始まる。
クラスの出し物はもちろんの事、我が陵南高校では部活ごとの出し物もしなければならない。
夏の大会が終わった後だからまだいいが、これが大会目前の話だったらきっとどこの部活も反発していたに違いない。
それでなくとも反発する部活は少なくない。

部活での出し物は元部長会議で行われ、その話し合いによって天国と地獄が左右されてしまうのだ。
文化祭の時だけは部長ではなく元部長が参加する。
これは受験生への息抜きのためっていうのも理由のひとつらしい。

男バス全員とマネージャーであるナツとで体育館で待機してた時に、やってきた魚住さんの暗い顔と言ったら。
そしてその後に告げられた衝撃の一言と言ったら。

『我がバスケ部は、演劇をやることに決まった』

それを聞いた瞬間のみんなの呆気にとられた表情。
そして巻き起こるブーイング。
引退してからこんなブーイングを浴びる魚住さんが憐れに思えたが、俺だって演劇なんぞごめんだ。
なので当然の如くブーイングには参加させていただいた。

毎年部活の中で一番敬遠されがちなのが演劇だ。
これに当たってしまう部はたったの二つで、しかもその演目は既に決められているという。
数年前に自由演目にしたところ、とんでもなく酷い演劇をやり遂げた部活があったのが原因だとか。

「魚住さん、演目はなんだったんですか」

越野がそう聞けば、魚住さんは更に申し訳なさそうに……そしてチラ、とナツを見た。

「眠れる森の美女、だ」

眠れる森の美女……って、あの有名なグリム童話のやつか。
あれって配役はなんだったかな、まずは姫と王子と、魔女?王様とかもいるんだったか。

「ん?」

配役について考えていると、周囲の目がナツに集中していることに気づいた。

「え、なになに。なんでみんな私のこと見てんの」

「いや、これでメインキャストの一人は確実に免れたなと思って」

「は?なんで」

「姫といったらマネージャーのナツがやるしかないだろ」

よかったー、と息を吐く越野と、それに便乗して言えばナツは物凄く苦そうな顔をしていた。
その顔……せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。

「別に姫だからって女がやらなくても良くない?そんなの王道すぎてつまんなくない?」

「いや、それはない」

「そうですわ、男がやったって何も楽しないんちゃいます?」

「フクちゃんも彦一も、それが偏見というものだよ。ねえ、魚住先輩?」

「すまん……配役も既にその場で決めさせられたもんで……」

「「「「「ええ!?」」」」」

これには全員の声が重なった。
だって全て勝手に決まってるってことだろ?
それはさすがにみんなも嫌だって。

だが、あまりにブーブー言われる事に腹が立ったのか、魚住さんの血管がプチッと切れた。

「うるさーい!!つべこべ言うんじゃない!これは決定事項だ!誰も反論は許さん!そして今から海に行って練習するぞ!」





キレたボス猿の激昂には誰も逆らえませんでした。
そんなわけで、しぶしぶ皆で海に行く事に。

なんで海に行くんだろうね、と隣を歩いているナツから聞かれれば、トレーニングにもなるからじゃない?と返しておいた。
ほんと、海ってどっから出てきた発想なんだか。

「でも海か……なんでわざわざ海……あー……うーん……」

「ん?どうしたの。何かいやなことでもあるの?」

「いや、別に嫌なことと言うか……まあ、昔の苦い思い出があるんだよね」

昔の苦い思い出っていうのは、ナツも関係してることなんだけど。
本人が知る由もない話をしたところで、何を今更と言われてしまうのがオチだ。

昔といっても中学卒業間近の話。
中学時代からナツは男子バスケ部のマネージャーをやっていて、俺に対して近い存在だった。
マネージャーと選手が恋に落ちるなんてよくあることでさ、俺もその一人だったんだ。
けど、ナツはみんなに対して同じ扱いだったから。
きっと俺もその内の一人なんだろうなあと思って、そのままの関係を保とうとした。

しかし、俺も若かったんだろうな。
卒業間近ってことでテンションが上がって、ナツに告白しようと思った……まではいいが、結局呼び出す勇気が出ずに、その時渡そうと思ってたアレを砂浜に埋めた。

埋めたはいいが、誰かに掘り起こされたら……もしくは波のせいで露出していたら俺、かなり恥ずかしいヤツになるんじゃ!と気づいたのは帰宅してからで。

次の日急いで同じ場所を掘り起こすも、既に目的のモノは無かった。


あの時はほんと後悔したなあ。
おかげで今もこうやって隣で会話できてるからいいんだけど。




海に到着し、配役が発表された。
最悪なことに俺が王子役だとか。
姫はナツで決定してるから……他のヤツにやられるよりは全然いいけど。
そもそも俺らが演劇をやる時点で笑いものになること間違いナシじゃん。

「さ、文句言わずに練習を始めるぞ。手が空いているやつはトレーニングメニュー表どおりに行動しろ!」

全員が『はい!!』と運動部特有の返事をし、それぞれの指定された場所へと動く。
最初は台詞もわからないので、台本を持ちながらなんとなくで動いてみる程度だった。

一時間ほど経てば動きにも慣れが出てきて、少しの休憩をとる事になった。

「っはー、魚住サン……熱いねえ」

「熱い人だっていうのはわかってたけどさー、まさか演劇にもこんなにうるさい人だとは思わなかった」

「専門分野じゃないのにね」

「ほんとだよ……あの人ほんと演劇とか引きやがって。卒業までには覚えてろ……」

「え、ナツちゃん何をする気なんですか」

「や、なんか軽い嫌がらせでも」

ニヤリと笑う彼女は、いい笑顔をしていた。
楽しそうなナツを見てるとこっちまで楽しい気分になってくるから不思議だ。
彼女に惚れているからこそ、彼女の感情に左右されてしまうんだろうけど。

「おーい、せんどー!」

「あ、越野が呼んでる。ちょっと行ってくる」

「はいはい、いってらっしゃい」

ナツに断りを入れ、越野と池上さんが居る場所へ向かう。
越野が右手に持っているものに気づき、俺は足を早めた。
見覚えのあるそれに、何か嫌な予感がする。

「なあ、これってお前の落し物か?」

「げ」

予感は的中した。
越野が持っていたものは、昔、俺がここに埋めたものだった。
あの時既に無くなってたんじゃなくて、ここまで流されていたのか……
しかし、もう2年が過ぎようとしているのに今更出てくるなんて。

「けっこうボロボロだし、なんなんだと思って中を開けたらお前の名前が書かれた紙が入ってたから。仙道のものかと思ったんだが」

「あ、発見者は池上さんだからな、ちゃんとお礼言えよ」

「あ、ありがとう……ゴザイマス」

ホラ、と手渡されたそれは若干湿っていた。
見事にボロボロの小さな箱。
中身は無事なんだろうか。

越野と池上さんがその場にいることも忘れ、俺はその箱を開封していた。

「…………ない」

「言っておくが、俺が見つけた時には既に中身はなかったぞ」

「もしかして指輪とか?誰かにあげるつもりだったのか?」

「いや、なくて構わないからいいんだ」

だからこれももういらない、と、ポケットにしまえば越野と池上さんは複雑そうな顔で俺を見ていた。
仙道がいいなら俺達は別に構わんが、と言ってみんなの元へ戻った池上さん。
越野も何かあったら遠慮せず言えよ、なんて肩を叩いてその後に続く。

何かあったら、ねえ。
今更すぎてほんとどうしようも無いから、話すに話せないんだけど。

小さく息を吐き、二人の後からみんなのところへ戻る俺を、ナツが見ていたなんて。
その時は気づきもしなかった。






ようやく練習が終わり、各自解散になったとき。
ナツから『話があるから一緒に帰ろう』と誘われた。
断る理由なんてあるはずもなく、二つ返事で了承すると彼女はホッとした表情になった。
と、思えば次の瞬間ガチガチに緊張した様子で。

帰り道を歩き始めて10分。
誘ってきたはずのナツが口を開こうとしないので、俺から言葉を投げかけてみた。

「話って、何?」

「!」

きた!
そんな心の声が聞こえるような、ピシッと伸ばされた背筋。
ど、どうしたというんだろう一体。

「あの、あのさ……もしかしてさっき、越野くんに呼ばれてたときさ……」

「うん?」

「箱、みたいなの持ってなかった?」

「え」

何でナツが知ってるんだろう。
あの時ナツと俺達は割と離れた場所に居たはずだ。

「……なんで知ってるんだ、って思ってるでしょ。実はさ、越野くんに何かを渡されたのを見てたんだけど。その時、もしかしてって思えることがあったの」

「もしかして、って?」

「……仙道さ、昔好きな子に指輪とかあげようとしてた?」

それこそ何で知ってるんだ。
それはこのポケットに入っている箱を砂浜に埋めた時の俺しか知らないはず。
驚きすぎて、一瞬声が出なかった。
咳払いをし、何故かと問いかける。

「私、中3の卒業間近のときにさ。海に行ったんだよね、一人で。海って色んな人と遊んだ思い出の場所だったから、卒業する前に思い出に浸りたくて。で、砂のお城とかも作って遊んでたの」

中3にもなって海で一人遊びなんて恥ずかしいよねー、なんて笑っているナツの次の言葉は、いとも簡単に予想することができた。

「もしかしてその時、これ、みつけたの?」

「!」

ポケットからボロボロの箱を取り出して、彼女に見せてやれば、彼女の顔は真っ青になった。

「…………ごめん、その中身、私が持ってるの」

「え!?」

ごめんと言いながら、ペンダントをはずすナツ。
トップにはこの箱に入っていたはずの指輪が。
ていうかペンダントなんて着けてたのか。
全然気づかなかった。

「あの時私、仙道のこと好きだったから。仙道が誰かに指輪をあげるのかと思ったら悔しくて、中身だけもらっちゃったの」

「ナツ……」

「ほんとにごめん!今更遅いかもしれないけど、ちゃんと返すから!」

ぐい、と突き渡されたネックレス。
乃莉の手は震えていて、俯いてる前髪の隙間から見えた顔は、真っ赤になって泣きそうだった。

「は、話ってそれだけ!じゃ、また明日ね!」

「あ、ちょっと!」

慌てて帰ろうとするナツの腕を掴む。
その反動でナツは体勢を崩し、俺の胸へと寄りかかる状態に。

「わ、わわ!ごごごごめ、ごめ……!!」

「それ、昔あげようとしてた相手のことは気になんないの?」

そう聞けば、必死で逃げようとしていたナツがピタリと止まった。
相変わらず、俺の方は向いてはくれない。

「……気になっても、私が聞いたってしょうがないじゃない」

「それがナツだと言っても?」

「!?」

勢い良く上げられた顔。
バチッと目が合うと、ナツの目から涙が零れた。

「嘘、でしょ?」

「嘘じゃないよ、俺ずっとナツのこと好きだったんだから」

「…………嘘」

「だから嘘じゃないってば」

涙を拭っナツてやると、ようやく実感したのか顔が真っ赤になった。
ああ、なんて可愛いんだ。
まさかナツがあの時の指輪を持ってるなんて思ってなかった。
これが他の女の子だったら素直に返してもらうか捨ててもらうかしてたけど。
ナツに届いていたのであれば、あの時埋めて良かったのかも、と思える。

「文化祭でさ、演技中に公言していい?」

「な、なんて?」

「ナツ姫は俺のだ、って」

「む、無理!ダメ!」

「……ナツは俺のこと嫌い?」

「嫌いじゃないし!寧ろ好……や、そんなことじゃなくて!恥ずかしすぎる!」

「そんなことって言うの酷くない?」

「そういう意味じゃなくて……!!」

演劇なんて嫌だって思っていたけど、こうやってナツをからかえる楽しみが出来たのなら。
今からの練習もちっとも苦じゃないと思える自分は、現在人生の最高潮にいるんじゃないだろうかとまで思えてしまう。


ナツ、過去の俺の想いを拾ってくれててありがとう。
これから無駄にした2年間を埋められるくらい、たくさんの思い出を作ろうな。
ぼくのためだけにきみはいればいいとおもう(仙道)

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