気付いていないのは当事者だけで(越野)
私と越野宏明は、恋人同士です。
でも、その事実は私と越野宏明本人しか知りません。
「そーですよねえ、どう思います?奥さん」
「ワタクシも同意見ですわねえ」
ひそひそと話をしている相手は、クラスメイトの仙道彰。
越野と付き合っていることは仙道ですら知らず、私の片思いということになっている。
越野も、仙道には自分の片思いという事で伝えてあるみたいで、仙道の中で私達は両想いだけど付き合っていないっていう関係。
その相談の内容とは、越野の態度について、である。
中学生じゃあるまいし、付き合っているという事実を周りに知られたくない、なんて言われたときには少々開いた口が塞がらなかったけれども、それを100歩譲ったにしても、だ。
付き合うようになってから……いや、それ以前からなんだけど、恥ずかしがり屋の越野くんは、私の前だと態度が違う。
違うっていうか、おかしい。
二人きりのときは別として、みんなの前で話をする時なんか、目を合わせてくれないのだ。
どんだけ意識してんだよ、ばかやろう。
そうツッコミたくなったこともしばしば。
そんな越野の態度を改めて欲しくて、私は仙道に相談しているのである。
「大体越野はさー、オクテすぎんだよな」
「仙道みたいに軽いのもどうかと思うけど」
「え、ちょっとナツちゃん、それ酷いんじゃないの?」
「あはは、ジョーダンですう。仙道くんは見た目で軽く取られがちなの知ってますう」
「人が折角相談に乗ってやってるのに、そりゃないよなあ」
「ま、ドンマイ!って、話題の人物発見!ただいま教室へと戻ってきたようであります!」
報告口調でそう言うと、仙道の視線も今しがた教室に戻ってきた越野へと向けられた。
前の授業が歴史の授業で、教科係である越野は先生に教材を歴史資料室へと戻すように頼まれていた。
休み時間に私と仙道が話をしているのはそうそう珍しくない光景なんだけど、私達が話しているのに気付いた越野は、こちらへと向かってくる。
「どした、越野?」
「いや、暇だったらなんか飲み物買いに行かねえ?」
「えー、私から仙道を奪う気?」
私の方を見ようとしない越野にむかついて、わざとらしくそんな事を言ってみた。
越野のこめかみがピクリと反応する。
「バカ言ってんじゃねえよ、仙道はお前のもんじゃねえだろ」
「え、そこなの?ツッコミ所はそこなの?」
心なしか顔が赤い越野。
なんで顔が赤いのかはよくわからないが、普通は彼女が他の男と仲良い発言してたらさ、それを気にしないか?
仙道の台詞、私もそのままそっくり言ってやりたいわ。
「じゃー、今からナツちゃんのものになろうかなあ」
「「は?」」
仙道の発言に、私も越野も一瞬動きが止まって。
口から出た言葉は全く同じものだったけれど。
「いや、ホラ、俺はナツちゃんだったら付き合ってもいいし?」
「な、なんの話だ!」
「なんとなくそんな流れかなーって思って。違った?まあ、違くてもいいけど、ナツちゃん、俺の彼女にならない?」
そう言いながらも、焦っている様子の越野からは見えないように私にアイコンタクトを送る。
……ははあ、なるほど。
仙道流に越野を試しているっていうとこか。
なら、私もそれに乗らせていただこうかな。
「そうだねえ、仙道だったら男前だし、一緒にいて楽しそうだし、いいかも」
あはは、なんて笑いながらそう言うと。
「駄目だ!ナツは仙道にはやらん!!」
顔を真っ赤にした越野が、突然そう叫んだ。
その声を聞いたであろうクラスメイトが一瞬シーンとなって。
近くにいた誰かが、
「なんだよー、越野は河合の父ちゃんかよ!」
なんて言葉を投げかけるものだから、今度はクラス中で、どっと笑いが巻き起こる。
確かに、今の台詞はどう聞いても『お前に俺の娘はやらん』的なノリだったと思うよ。
越野にしてみれば勇気を振り絞ったんだろうけどさ。
顔が真っ赤な上に、なんかじんわりと汗かいてるよ。
そんな越野が可愛くて、思わずニヤリと笑みが零れる。
「な、なんだよその顔はっ!!」
「イイエー、別にィ」
ニヤニヤする私に、食って掛かってくる越野。
それを見た仙道が、追い討ちの一言。
「越野ってば、素直じゃないんだからネェ」
「ねー!」
その言葉に賛同すれば、越野はいてもたってもいられなくなってしまったようで。
「具合悪い、保健室言ってくる!」
そういい残して、教室から出て行ってしまったのである。
「全く、可愛いヤツだよね、越野は」
「男に言われたくないと思うけどね」
「まあ、あんなんでも凄くいいヤツなことには間違いないからさ、これからもずっと一緒に居てやってよ」
「うん……って、え?」
「越野とナツちゃんが付き合ってること、クラスみんな知ってるよ?」
マジでか。
今の仙道の台詞、越野に聞かせたらどんな顔するかな。
……サボリという名の保健室から帰ってきたら、すぐに報告してみよう。
しどろもどろする越野の顔が浮かんで、やっぱり私はニヤニヤしてしまうのだった。
気付いていないのは当事者だけで(越野)