気持ちを綴った白い紙(花形)


私は今、人生最大の難関に向かおうとしていた。

今日は翔陽高校体育祭。
朝から花火の音が鳴り響き、無事に開催されたこの祭りも残すところ午後の部のみ。
そして午後の部最初の競技が二年女子による借り物競争で、二年生で女子である私は当然の如く参加している。

男子バスケ部のマネージャーであれど、日ごろの体力づくりはきっちりやってきたし、そうでなくとも足に自信のあった私としては借り物のお題が何であろうと一位をとる自信があった。
けれども実際自分の番が来てお題の紙を引いてみたところ、出たお題がこれ。


好きな異性


どこの世界に高校の借り物競争に『好きな異性』なんてお題を出してくる馬鹿な実行委員がいるのさ!
異性、じゃなくて好きな人、だったら友達でも誰でも良かったのに……!!

好きな異性っていうことは当然男子を連れていかなきゃいけないわけであって。
つまり、その人にお題を覗かれてしまったら私の片思い人生が終わってしまうわけであって。

そもそもこのお題、好きな異性が居ない人だったらどうすんのよ。
そのへんの先生捕まえて一緒に行ってもらうとか?

ああ、なんかもう、それでもいい気がしてきた。
……けど、失格になりそうな気がする。

あ〜〜〜どうしよう……!!

「ナツ、どうした!何を探してるんだ?」

「、藤真先輩!!」

キョロキョロと慌てた様子の私に、近くに居たらしい藤真先輩が声をかけてくれた。
ちなみに、藤真先輩は私の好きな人を知っている唯一の人物。

「これなんですけど、どうしましょう〜〜……!!」

「うお、マジかよ。こんなお題あるとか、馬鹿だなウチの実行委員!」

へぇー、なんて、感心したようにその紙をまじまじと見る藤真先輩。

「こんなことしている間に一位が遠のいていく……!どうしたら……!」

「んー、俺が一緒に行ってやってもいいけど、誤解受けたら可哀想だしなー……って、おお、ナイスタイミング!おーい、花形!!」

足だけを必死に動かし、どうしよう、どうしようと連呼していると、花形先輩が遠くから歩いてくるのが見えて。
藤真先輩はためらいもなく彼の名前を叫んだ。

ということは、つまり、一緒に連れてけっていう流れになるの!?
ちょっと、藤真先輩!これで花形先輩に私が花形先輩のこと好きだってバレたらどうしてくれんの!!

口をパクパクさせながら藤真先輩の体操服をぎゅっと引っ張ると、藤真先輩は口パクで『ま・か・せ・ろ!』なんて言ってきた。
なんか安心して任せらんないんですけど……!!

「何だ藤真。あれ、河合?今借り物競争で走ってなかったか?」

「おお、それだそれ。ナツが探してんのな、メガネなんだと。お前一緒に行ってやれよ」

「メガネ?これを貸せばいいのか?」

ああ、藤真先輩のバカ!
メガネだったらメガネだけ貸してくれたら済む話じゃないか!
その証拠に、花形先輩メガネ外そうとしてるじゃないか!

「違う違う、メガネをしてるヤツ!だから一緒に行かないと意味ねーんだって!ホラ!」

「うわっ、わかったから押すな!」

「じゃーな、ナツ、頑張れよ!」

「仕方ない、行くぞ河合」

「は、はいっ!!」

咄嗟に差し出された花形先輩の手を、そのままの勢いで思わずぎゅっと握ってしまった。
自然な流れとはいえ、恥ずかしすぎる……!!

「俺たちが一番みたいだな、このままダッシュで行くぞ」

「はい……!!」

幸いなことにまだ誰も借り物が出来てなくて、グラウンドに戻ってきたのは私達が一番だった。
みんなの視線を浴びている気がして、物凄く恥ずかしい。

好きな人と手を繋いで一緒に走っているのは嬉しいけれど、これではまるで羞恥プレイである。

花形先輩と一緒にゴールテープを切って、見事一着でゴールイン。
係りの人が一位の旗を持ってくると同時に、お題の紙を渡せと要求された。

「え、これ渡すんですか?」

「当たり前でしょ、お題確認しないとちゃんと借り物が出来てるかわかりませんから」

ちょっと、そんなの聞いてない!
もしこれで係りの人がお題の内容を読み上げちゃったらどうしてくれんの!!
こうなったら藤真先輩に責任とってもらうしか……!!

「……ふぅん、はい、オーケーですよ。一着おめでとう」

責任って言ったって、どうやって取ってもらうんだ。とか、どうでもいい事を考えていたら、係りの人はニヤニヤしながら私に紙を返してくれた。
良かったよ、人としての配慮心がある人で。
そのニヤニヤしている顔はどうかと思うけど。

競技が終わるまでは自分の席に戻ることはできないので、一着の旗の後ろに花形さんと一緒に並ぶ。

「良かったな、一位取ることができて」

「はい、花形先輩のおかげです!有難うございます!」

この時、終わったー!なんて慢心していたのがいけなかったんだ。

突然花形さんの手が、私の持っていた白い紙を奪っていって。

「どれどれ、どんな風に書いてあ…………」

ぺらりと開いた後、硬直した花形さん。
それと同時に、硬直した私。

み、見られてしまった…………!!


「……メガネ、なんて……」

そうですよ、メガネなんてどこにも一言も書いてありませんよ。
好きな異性なんですよ、好きな異性!

私にとっての好きな異性は花形先輩なんですよ!
だから一緒に来てもらったんですよ、文句ありますか!?

心の中ではいくらでも何とでも言えるけど、実際には何も言うことが出来ず、言葉に詰まってしまう。

そして、恥ずかしさと遣る瀬無さが一気に押し寄せてきて。
じんわりと涙ぐんでしまった私。

こんな顔、花形先輩に見せるわけにはいかない。

うつむいて、その場に体育座りをし、顔を埋めた。

「……嘘ついてすみませんでした」

小さく発したその声は、花形先輩に聞こえただろうか。

と、次の瞬間、私の隣に暖かさを感じた。
きっと花形先輩も座ったのだろうと解釈する。

そして私の頭の上に花形先輩の手が乗って。
そのまま優しく撫でられる。

「……俺でいいのか?」

聞えてきた言葉に耳を疑いたくなった。
思わず顔を上げてしまい、その瞬間に零れ落ちる涙。
しまった、と思ったときはもう遅く、花形先輩は驚いた顔をしていた。

咄嗟に再び膝に顔を埋め、ずっと前からなんです、と、呟いてみた。

「俺、鈍感だから気づいてやれなくてごめん。でも……お前も相当鈍感だと思う、ぞ」


俺も河合と同じく、ずっと前から好きだった。


耳元で囁かれたその言葉に、顔に熱が集まらないはずがなくて。
顔は膝に埋めたまま、花形先輩をチラリと覗いてみると、花形先輩の顔も赤くなっているのが見えた。
気持ちを綴った白い紙(花形)

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