雨のちはれ(仙道)


今日は雨が降っていた。

もう夏も近く、外が明るい時間が延びたとはいえ、部活が終わる頃にはいつも暗くなっている。
暗い中の雨ってそんなに好きじゃないんだけど、空に文句を言ったって晴れてくれるわけじゃないからどうしようもない。

「仙道さん、お待たせしました!ほな帰りましょうか!」

「ああ、行こうか」

歩きの時は大概、後輩の彦一と一緒に帰る癖がついていて、今日も例外ではない。
彦一はいつも『仙道さん、仙道さん』ってついてくるから、ワンコみたいな感じなんだよな。

彦一と隣に並んで傘を開こうとした瞬間、彦一が一人の女の子を発見した。

「あれ?あそこにおるんは……河合さんやないですか?」

「ん?」

彦一の指差した方向に目をやると、ナツちゃんが壁に寄りかかってる姿が。

ナツちゃんと俺は最近知り合ったばかりで。
というのも、彼女は彦一と同じクラスの女の子。
彦一が昼休みに俺に用事で会いに来たときに、ナツちゃんが一緒にいたのが知り合ったきっかけになった。

こんなこと言うと彦一に悪いから本人には絶対言わないけど……二人とも背格好が似てるから、双子のワンコが尻尾振ってるようにしか見えないんだよな、いつも。
顔が似てるとかじゃなくて、彦一が『仙道さん、仙道さん』っていうのが彼女にも移ってしまったらしく、ナツちゃんまで『仙道さん、仙道さん』って言ってくる。
微笑ましくて可愛いんだけど、彦一と仲が良さそうなのを見てるとちょっと妬ける、かな。

初めて見たときに素直に可愛いって思えたし、話をしてても楽しいし。

でも、ナツちゃんは彦一と話をしていると楽しそうだし、いつも顔を赤くしているような気がするんだよね。
つまり、彼女は彦一の事が好きなんだろうと。

勝手にそう解釈してるんだけど、実際どうなんだろうなあ。


「おーい、河合さん!まだ帰ってなかったんかー?」

ナツちゃんに向かって彦一がそう叫ぶと、その声でこちらに気づいたナツちゃんは、ハッと顔をあげた。
そしてそのままパタパタと駆け寄って来る。

うん、やっぱりワンコが尻尾振ってるようにしか見えない。

「彦一くん、お疲れ様!せ、仙道さんもこんばんは!お疲れ様です!」

「こんばんは。ナツちゃんは何でこんな時間に?」

隣に彦一がいるのに、俺が聞くのも野暮かなーって思ったんだけど、悪い彦一。
俺もナツちゃんと話、したいし。

「あ、さっきまで先生の用事を頼まれちゃって……で、帰ろうとしたら傘が盗まれちゃって。もしかしてバスケ部ってもうすぐ終わるかなって思って、そしたら彦一くんに傘入れてもらえるかなって思って!」

文章がうまくまとまってないような話の内容だったけど、最後の一言で言いたいことは完全に理解できた。

「つまり、彦一と一緒に帰ろうと思ってたわけだ」

「そうなんですよ!」

そこでニッコリ笑顔を出されると、やっぱ妬いちゃうんだけどなあ。

「だってさ、彦一。良かったな」

「え!?よ、良かったなって……エート、」

話を振ると、ビックリした様子の彦一。
なんとなく挙動不審な感じで目を泳がせ。
突然どうしたんだ?

「す、すんません仙道さん!越野さんに伝言あったの忘れてましてん!ちょお先に帰りますわ!河合さん、送ってあげたってください!ほな!」

「は、」

「あっ!彦一くん!?」

はぁ?何言ってんだお前。
俺の口からそんな言葉が出そうになった瞬間、彦一は既に走り出していて。
ほな!の時には結構な距離が開いてしまっていた。
突然走り出されて、それに体が反応できるはずもなく、思わず伸ばした手は呆然と行き場をなくして。

ていうか、先に帰るは構わないけど……ナツちゃん、彦一のこと待ってたんだろ?
ちょっと気まずくないか?

「あ、あの、すみません!私傘無しでも大丈夫ですから!では、これで!」

「ちょーっと待った!」

彦一と同じパターンで走り出そうとするナツちゃんの手をガシッと掴む。
彼女のことだから、なんとなくそう言い出しそうな気がしたんだよな。
良かった、少しは思考が回ってて。

「これ、ナツちゃんが使いなよ。俺は濡れても平気だし」

「えええ!いやいやいや、仙道さんは大切な選手ですよ!風邪でも引いたらどうするんですか!借りれませんよ!」

「でも、このまま帰られて風邪引かれてもそれも困るんだけど」

「私、こう見えても元気ですから!大丈夫ですよ!」

「大丈夫っていう人ほど大丈夫じゃなかったりするだろ?」

「そんなことないですって、ほんとに大丈夫ですよー!」

ええと、こういうのなんていうんだっけ。
ああいえばこういう?
それだとなんかニュアンスが違うな、押し問答か。

このままだと押し問答が続いてなかなか帰れなくなりそうだ。

「あのさ、ナツちゃんさえ嫌じゃなかったら一緒に帰らない?」

彦一じゃなくてつまらないかもしれないけど、とまでは思ってても言わなかった。
そこまで言うとなんか卑屈っぽくて嫌だしな。
俺、そんな性格してないし。
多分。

「仙道さんは嫌じゃない……んですか?」

「俺?俺から誘ってるのに、何で嫌だと思うわけ?」

「え、あの、……いえ、すみませんでした」

「ああ、ごめんごめん。謝って欲しいわけじゃなくてさ、とにかく帰ろうよ」

「は、はい!」

その妥協案は呑んでもらえたようで、ひとつの傘に二人で肩を並べて学校を後にした。

俺とは身長が全然違うから、濡らさないようにしてやんなきゃな。
でもこれが結構難しい。
せめてもうちょっと近づけることができれば、濡れなくて済むと思うんだけど。
でも、近寄ってくんない?なんて、言うのも難しいよなあ。

そういえば、ナツちゃん、なんか大人しいような気がする。

「今日は『仙道さん、仙道さん』っていつもみたいに言わないんだね」

「な、何か緊張しちゃって……」

「緊張?」

「はい、あの、すみません!」

「っはは、なんで謝るんだよ」

「いえ、つまらない奴ですみません!」

つまらないヤツなんて思ったことないんだけど。
ていうか、この場合は俺の方なんじゃないかな、それ。

「俺こそ、あんまり気の利いたこと言えなくてゴメンね」

「そそそ、そんなことないですよ!仙道さんは気が利いてます!今だってこうやって一緒に帰ってくれてるじゃないですか!」

「そうかな、彦一だったらもっと上手く動けそうな気がするんだけど」

そう言った瞬間、ナツちゃんの足がピタリと止まった。
言った俺も、あ、やばいと思った。
さっき自分でも卑屈っぽくて嫌だな、なんて思ったくせに、口からポロリと出てしまった言葉はもう取り消し不可能だ。

言ってしまったからには、気になる本音を聞きだしてしまおうか。

「本当は彦一と一緒に帰りたかったんだろ?」

その問いかけに、しばらく反応しなかった彼女は、次第にゆっくりと首を振った。

「違うの?」

「違い、ます、よ」

あれ、おかしいな。
思ってた答えと違う答えが返ってきてしまったこの場合、俺の次の台詞はどうしたらいいんだろう。


『彦一のこと好きなんじゃないの?』

『じゃあ他に待ってた人が居たの?』

『違うってどういうこと?』


「もしかして、俺と一緒に帰りたかったとか?」

頭の中に浮かんだ台詞は他にもたくさんあったけど、ちょっとした冗談のつもりで軽く笑いながら言ってみたその一言に、ナツちゃんは。


「……そうですよ」


小さな声で、そう呟いた。

あれれ、本当におかしいな。
こんな流れになる予定じゃなかったんだけどな。
予想外だ。

予想外だけど、俺にとっては嬉しい方向に流れが来てる。

ということは、このままそういう感じの流れで流しちゃっていいのか?

「じゃあ、明日彦一にお礼言わなきゃな」

「お礼?」

「そう、お礼。だって彦一のおかげで俺たち付き合うことになるだろ?」

「ええええええ!?」

「うわ!びっくりした!」

「お礼って、彦一君のおかげで一緒に帰れるようになったことに対してじゃないんですか!?」

「え、あ、いや、そのお礼も含めてだけどさ。でも一緒に帰りたいって思ってくれたってことは、ナツちゃんて俺のこと……ああ、これは俺から先に言おう」

プチパニック状態の彼女は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、挙動不審に手をバタバタと動かしている。
俺だってこんな流れになるとは思ってなかったんだからね、自分でもなんでこんなに冷静なのかわかんないくらいだよ。

「ナツちゃんのこと好きなんだ。俺と付き合ってください」

「嘘!」

「えぇ!?」

おいおい。
嘘ってなんだ、嘘って!
告白に対して『嘘!』って返されるなんて思ってなかったんだけど。

「嘘、じゃないんだけどな」

「ほ、本当に……?」

「ナツちゃんはそういう意味で俺のこと好きじゃない?」

「好き!!……です」

勢いで言ってしまったのか、思い切り大きな声で好き、と叫んでしまった彼女はバツが悪そうに目を逸らしながら、最後に申し訳なさそうに敬語を付け足した。

「じゃあ、やっぱり彦一にお礼言わなきゃな」

「は、はい!」

微笑を向けつつそう言うと、今度はどもりながらもちゃんと返事を返してくれた。

「その前にさ、雨に濡れるからもうちょっと近寄ってもらっていい?」

「わ!」

言いながらも、それに対しての返事を待つ気はなかったので。

ナツちゃんの肩をぐい、と抱き寄せ、寄り添ったままの体勢で、俺たちは再び歩き出した。
雨のちはれ(仙道)

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