殻を破った日(越野)
お隣同士の幼馴染。
そんな関係の私たちは、幼い頃からとっても仲が良くて。
小学校まではほとんど毎日と言っていいほど一緒に遊んでいた。
中学校になって、お互いに同性の友達とつるむようになり、二人で遊ぶ時間は少しずつ減っていった。
そして高校生である今、遊ぶことは愚か、顔を見ることも少なくなってしまった。
幼馴染である越野宏明は、陵南高校男子バスケ部。
対する私は駅前のファーストフード店でアルバイト。
お互いに帰り時間も遅い。
そして、宏明はどうだか知らないけれど、私はバイトを終えて帰ってくると一気に疲れを感じ、そのまま寝てしまうことが多くなった。
バイトが無ければ無いで、友達の誘いがない限り外に出ることもない。
別に一人で買い物したってつまんないし、それなら家で予習や趣味に時間を費やしたほうが有意義ってもんだ。
そんな生活を続けていたら、いつの間にか宏明と全然顔を合わせてないことに気づいた。
私は、宏明のことが好きだ。
距離が開いてしまった今でも、その気持ちが変わることは無い。
気持ちに変化が訪れるとしたら、宏明に彼女が出来た時……になるんじゃないかなあ。
もちろん宏明に彼女が出来るなんて考えたくないけれど、それでもいつかはそんな時がやってくる。
幼馴染という関係も、結構特別な関係だと思う。
兄妹みたいな、家族みたいな、そんな感じ。
だけど、やっぱり幼馴染でしかなくて。
兄妹でも家族でも、近い位置にいるのに変わりはないけど、恋愛においてのそれは彼女という立場には絶対的に勝てないことを知っている。
宏明が彼女を作るのが嫌ならもっと近くにいればいいんじゃないかって考えて、何度か陵南の試合を観に行ったこともあったけど。
宏明は陵南のチームメイトとしてその場にいるわけだし、部外者の私はなんだかその場に居辛くて。
そう思ってからは、もう行ってない。
「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がりでしょうか?」
私は今日も学校が終わってからのバイトに励んでいる。
駅前の店だから結構忙しくて、バイトをしているときは夢中になってしまう。
休憩中に宏明のことを考えてしまうことはあっても、休憩を終えて仕事に戻れば再び仕事に集中する毎日。
特に変わり映えのない日常生活だったのだが、どうやら今日はちょっと違ったみたいだ。
だって、いらっしゃいませ、と言って顔を上げた目の前に居たのは、部活中のはずの宏明だったのだから。
「ナツ……そっか、ここでバイトしてたんだよな」
「あー、うん、言ってなかったっけ?」
「いや、一回聞いた気がするけど……悪い、しっかり覚えてなかった」
別に謝ることじゃないからいいんだけど。
ていうか、謝られると逆に気まずいよ、宏明くん。
「今日は部活ないの?」
「おう、今日は珍しく休みなんだよ」
「で、こちらでお召し上がりですか?」
「あ、お、おう!……じゃねえ、持ち帰り…………ああ、いやいや、えっと……」
ハッキリしない様子の宏明。
一体どうしたというのか。
「何?どっちなの?」
次のお客さん来ちゃうから早くしてよね、そう告げると宏明は、少々顔を赤らめて、私に質問をしてきた。
「つーかさ、お前何時にあがるの?」
「え?えーと、今日はあと一時間くらいかな」
「ん、わかった。じゃあお召し上がりしてくから一緒に帰ろうぜ」
「は?」
「二度も言わせんな、一緒に帰ろうっつってんの!」
「う、うん、わかった!」
二度も言わせようとしたわけじゃなくて、突然のお誘いにビックリしてしまったから、拍子抜けの声が出ちゃっただけなんだけどね。
宏明って、女の子で仲のいい子とかいないのかな。
こういう風に照れがあるっていうことは、女の子に慣れてないような感じがするし……いやいや、相手は幼馴染の私だよ。
私相手に緊張する必要もないじゃん、ねえ?
……それとも、私相手だから?
うわ。
ちょっとヤバイ、なんか顔が赤くなってる気がする。
まだ仕事中だっていうのに、これじゃ他のバイトの人やお客さんにおかしな人だと思われちゃうよ。
自意識過剰に考えるのはやめよう。
平常心、平常心!
それから、赤くなる顔を抑えつつも残り時間を切り抜けて。
急いでタイムカードを切り、更衣室に走って着替えてからフロアーに出ると、既に宏明の姿はなかった。
もしかして、と思って外を見てみると、小さく手招きをしている宏明。
「なんだー、もう帰っちゃったかと思ったよ!」
「バカ、俺が一緒に帰ろうっつったのに先に帰るか!」
「えー、だったらさ、フロアーで座って待ってたらよかったのに」
「や、なんつーか、彼氏と勘違いされたらお前……次の日から仕事し辛いじゃんよ」
「ああ、バイトの人にからかわれるとか?」
「まあ、そんなとこだ」
「別にいーのに」
何気なく呟いた一言だったのに、途端に宏明の足がピタリと止まった。
「宏明?私おなかすいたから早く帰りたいんだけど」
そう言って振り向くと、突然右手をガシッと掴まれて。
「別にいーのにっつーのは、どういう意味で?」
「どういう意味って……」
言われて気がついた。
その言葉には、からかわれるのは構わないっていうのと、彼氏と勘違いされても構わないっっていう二種類の意味で受け取れるのだと。
根本的には前者の意味で言ったんだけど、私の場合は後者の意味もなくはない。
逆に勘違いされたら嬉しいって思っちゃうけど。
どっちにしろ、ちょっと答え辛いな。
だって、からかわれるのはかまわないって答えれば、宏明には興味ありませんって言ってると思わるかもしれない。
そんなのは嫌だし、勘違いされても〜の方で答えれば、私が宏明のこと好きだってバレちゃう。
「俺が彼氏って思われるのは嫌か?」
「は?」
耳を疑った。
答えあぐねていると、宏明の口からとんでもない言葉が飛び出てきたのだから。
「だから、二度も言わせんなっつーのに……!」
「あ、いや、そうじゃなくて」
だからさ、二度も言わせようとしたわけじゃなくて。
突然の言葉にビックリしてしまったから、拍子抜けの声が出ちゃっただけなんだってば。
ていうか、宏明のその言葉は自分なりに解釈してしまってもいいのだろうか。
「それってさ、彼氏になってくれるっていうこと?」
「え?」
「ちょっと!そこで聞き返す!?仕返しのつもり?」
「い、いや、違うって!ちょっとビックリして!」
宏明だって私と一緒じゃんか。
自分だって、二度も言わせんなって何度も言ったくせに!
「お前、俺のこと好きなの?」
「あれ、なんか質問摩り替わってない!?ていうか宏明こそ、私のこと好きなの?」
「おっまえ!俺が聞いてるのに、疑問に疑問で答えんなよ」
「いやいやいや、それはお互い様でしょうよ!」
「で、どうなんだ」
「そっちこそどうなのさ!」
「「好きなの?違うの?」」
「…………」
「…………」
「「好きだよ」」
最後の質問と、その答えに二人の声が重なって。
思わず笑いがこぼれた。
だって、質問内容は完全にすれ違い気味だったのに、最後だけ息ピッタリって!
「じゃあ、ナツ、俺の彼女になって」
「宏明こそ、私の彼氏になってくれませんか」
「……なあ、またこの繰り返しになるような気がするんだけど」
「あはは、そうかもねー!でも、なんかうちららしくていいんじゃない?」
「らしく、なあ。……ていうかさー、なんか凄い久しぶりだよな」
確かに、宏明の言うとおり、私たちがこうやって隣を歩くのは凄く久しぶりなこと。
そんな久しぶりに会ったにも関わらず、昔と同じ雰囲気を持っていた宏明を嬉しく思う。
それに、まさか久しぶりに会って、こんな展開になるなんて微塵も思ってなかったから……正直、自分自身で話についていけてない部分もあったりするんだけど。
「ナツさ、いつからか試合も見に来てくれなくなったもんな」
「それはさー、なんか私が部外者だって思っちゃったからだよ」
「部外者って?」
「バスケ部の輪に囲まれて楽しそうにしてる宏明を見てたら、置いてけぼりくらった気分になっちゃって。それから、宏明に彼女とか出来ちゃったら私はもう入っていけないなって思ったから……だから、離れようと思った、ってとこかな」
「ははぁ、なるほど。お前、考えすぎなとこあるもんな」
「よくお分かりで」
「伊達に幼馴染やってねーよ」
その言葉は私のことをちゃんと見てくれている、理解してくれているという意味だろう。
あんなに幼馴染という言葉に囚われていた私だったのに、今ではその言葉が心地よくて、嬉しい。
「でも、さ」
「ん?」
「もう、離れていくとか言わないよな?」
「うん、言わないよ!だって、宏明の彼女にしてくれるんでしょ?」
「お、おう」
「だったらもう部外者じゃないもんね!」
「……もとから部外者じゃないけどな」
「……へへ、ありがと!改めてこんなん話すと、凄い照れるねー!」
「照れるとか言うなバカ!こっちまでつられるだろ!」
「よし、じゃあ照れ隠しに家まで競争しよう!」
「あっ、おい!」
スタートダッシュで宏明を置いてけぼりにしたけれど、現役バスケ部の足にかなうはずもなく。
100メートルも行かないうちに、アッサリと追いつかれてしまった。
追いつかれ、追い抜かれ。
先に行ってしまうかと思った宏明は、私の手を掴んで、それからまた一緒に走り出した。
殻を破った日(越野)