でも、好きなんだ(沢北)
「ねー、沢北」
「んあ?」
昼休み。
まったりとくつろいでいる俺のところに、密かな俺の思い人である河合ナツがやってきた。
内心緊張気味だが、一切表には出さない。
だって、好きって態度を取ったところで、相手の気持ちがわからないから。
知らずして玉砕したって嫌だしな。
「今度アメリカ行くってほんと?」
「あー……誰から聞いたんだよ、それ」
「ピョンが口癖の人が言ってたのが聞こえた」
深津さんか。
知り合いってわけじゃなさそうだし、偶然聞こえたってことだろうな。
つーか校内でその話するなって言ってあるのに、あのピョン吉め!
「まあ、一応ほんと」
「そっか……寂しくなるね」
そう言って、本当に寂しげな顔をしてみせた彼女。
お、おい。
それって期待してもいいってことか?
そうなのか?
「でもさ、アレだね!アメリカなんて行ったら、挨拶にチューしなきゃいけないんだよ!」
「おう。……おおお!?」
普通に返事しちゃったじゃねーか!
何スムーズにチューとか言っちゃってんだコイツは!!
「あはは、それくらいで顔赤くしてどーすんの、まだしてもいないのに!」
「うっせ!河合が変なこと言うからじゃん!」
「沢北かーわいいー」
「ああ、マジうっせえな!」
「そう邪険にしないでよ、私で練習してみる?」
「は?」
「挨拶」
トントン、と自分の頬を指しながら、ニヤリと俺を見る河合。
ま、マジか……!!
「それ本気で言ってんの?」
「ん?さあねー」
その返事を聞いた瞬間、ガクリと体が傾いた。
何だよ、本気じゃねーのかよ!
「っていうか、みんないるし。流石に教室じゃあ、練習といえども出来ないっしょ、そんなこと」
むっ。
もしかして、俺、好きなやつに馬鹿にされてる?
「お前、俺のこと馬鹿にしてんの?」
「えー、そんなことないよう」
「その口調ムカツクんだけど!」
「あっはっは、面白いよ沢北!やっぱからかいがいあるなあ。そんなヤツがアメリカ行っちゃうなんて、ほんと寂しいよー」
「何だその棒読み!」
「わっ」
ちょっとカチンと来たから、いつまでも笑っている河合の手をぐいっと引っ張った。
当然、俺の方に向かって倒れこんでくるわけで。
それを支えながら、河合に向かって一言放つ。
「俺だって、挨拶くらい出来る!」
そして、河合の頬にチューしてやった。
どうだ!とばかりに鼻息をフンッと出すと、真っ赤になりながら頬を押さえた河合はフルフルと震えだし、口元はわなわなしている。
やってやったぜ!と思ったその次の瞬間。
「さ、沢北にチューされたあああああ!!」
なんと、物凄い大声で叫びやがった。
「え、まじで!?」
「おおお!!やるなエージ!!」
「俺見てたしー!!」
「ひゅーひゅー!」
必然的に、クラスの注目の的。
クラス内だけならまだいい。
河合の大声は、きっと廊下にも響いている。
ぶ、部活の先輩とかに聞かれてたらどうしてくれんだ……!!
「わ、私悪くないんだからね!あんたが悪いんだからね!!」
言い逃げのごとく、河合はだぁっと走って教室から出て行ってしまった。
俺が全部悪いのかー!?
元はといえば、河合がけしかけたんじゃねーか!!
ちきしょう、あいつ、小悪魔だな……!!
でも、好きなんだ(沢北)