見守りたいんです、俺達(牧)
最近、牧さんの挙動不審さが目につく。
一応バスケ部のキャプテンだし、しっかりしているところはしっかりしているんだが。
練習中に、時折そわそわしているな、と思ったり、ギャラリーの方を見ていたり。
これって、明らかにさ。
「なあ、信長。最近の牧さん、おかしくないか?」
「あ、やっぱ神さんもそう思います?」
「……あの子さ、お前と知り合いじゃなかったっけ?」
今は部活中だけど、ちょっとした隙をみて神さんが俺に話しかけてきた。
その内容は、俺が考えてたことと一致してて、話もすんなりと進む。
「知り合いっつーか。同じクラスっすね。とりわけ仲がいいってほどでもないですけど」
あの子というのは、クラスメイトの河合ナツの事だった。
最近、頻繁にバスケ部の見学に来ている気がする。
だからといってクラスで話すわけでもないし、バスケ部の中に好きなヤツがいるとか、そんな話は聞いたことが無い。
「牧さん、あの子に恋しちゃってるよな」
「っこ!?恋っすか!?」
「うわ、馬鹿!声でかいって!」
「清田!それに神まで……お前ら、何をやってるんだ。今は練習中だぞ」
「「牧さん!」」
やべぇ、内緒話してたの、バレた。
しかも一番内容を知られてはいけない人なのに……!
どうするんですか神さん!
救いを求める意味で神さんにアイコンタクトを送ったが、お前のせいだろ、と、逆に睨まれてしまった。
しかし、さすがは神さん。
その後、小さくため息をついて。
「練習に集中できてないのは、牧さんのほうじゃないですか?」
「なに?」
「だって、牧さん。あの子のことばかり見て「10分間休憩だ!」
神さんの言葉を遮って、すかさず休憩を入れる牧さん。
俺、牧さんのこんなに赤い顔……見たことねーんだけど。
牧さんって色黒だしさ、多少顔が赤くなったって分かりゃしねーんだ。
だけど、それがこの有様……所謂ユデダコ?
うわわ、こりゃー相当だぜ……。
「神、清田。こっちに来い」
「はいはい」
「う、ウッス!」
他の部員達を尻目に、牧さんは俺達を体育館の隅へと招く。
「……俺ってわかりやすいのか?」
牧さんって、一見ガタイが良くてびしっとしたカッコいい先輩なんだけど。
顔に手を当てて、弱気な態度でボソリと呟くその姿は、こう言っちゃすっごく失礼だけど、可愛らしいもんがある。
や、牧さんに可愛らしいっつー言葉が似合わねえのは重々承知してるんだよ。
だけど、この場合はそう言っても過言ではない。
と、思う。
「わかりやすいって、何のことですか?」
うわ!
神さん、しらばっくれる気かよ……!
すげぇな、この人は。
「何のことって……お前ら、さっき恋とか叫んでいただろう。俺の方を見ながら」
「げっ、バレてる」
「……やはりか」
「あーあ、信長ってほんとに馬鹿なんだから。言わなきゃ誤魔化せたのに」
「で、どうなんだ。やっぱりわかりやすいのか、俺は」
飄々とする態度の神さんに、怒るかな〜なんて思ったんだけど。
それどころか、わかりやすいかどうかの方が重要みたいで、しきりに同じ事を聞いてくる。
「はっきり言えば、わかりやすいっスねぇ……」
そんな牧さんの態度が見ていられなくて、俺は思わず答えてしまった。
だって、王者海南の貫禄のかの字もありゃしねえ。
牧さんにはもっと堂々と、ビシッとしてて欲しい。
早くそんな牧さんに戻ってもらうためにも、この話はここでケリをつけておいたほうが良さそうな気がする。
神さんも俺と同じ意見みたいで、思い切った言葉を振った。
「牧さん、さっさと告白すべきですよ」
「……告白、だと?」
いやいや、それはぶっとびすぎじゃないっすか、神さん。
「正直、どっちに転ぶかなんてわかりません。だけど、早く元の牧さんに戻ってもらわないと、俺達部員が困るんです」
そこまで言うか。
神さん、あなただけは敵に回したくないッス。
「そ、そうか……そうだよな……」
神さんに言われ、牧さんは何やらブツブツ呟きだした。
「よし。じゃあ、俺達に任せてください。そろそろ休憩も終わりますし、部活終了後に決行しましょう。な、それでいいだろ信長」
「へ?あ、はい!」
「スマン……俺は恋愛ごとにはどう対処していいか分からないからな。頼んだぞ」
牧さんは拳をぐっと突き出し、爽やかな笑顔だけを残して、コートの中央へと戻っていった。
なんだかおかしな展開になってきたぞ。
それもこれも、神さん。
あなた、話ややこしくしてませんか?
ジトッとした目つきで神さんを見やると、ニッコリ微笑まれた。
「信長は、部活が終わったらあの子を部室前に呼び出してね」
「え、それだけっスか?」
「うん、それだけ。あとは俺がやるから。じゃ、残りの時間、頑張ろう!」
「いでっ!!」
背中をバシッと叩かれ、神さんも牧さんの後を追って、コートの中央に行ってしまった。
神さん……やる、って、何を企んでるんスか……。
ま、まあ、ともかく後は部活が終わってからだよな。
信長、早くしろ!なんていう神さんの呼ぶ声に、大きな声で返事をし、俺もコートの中央に向かって走った。
それから、一時間が過ぎて。
ようやく、部活終了の時間が訪れた。
俺は神さんに言われた事を実行するため、最後の挨拶を終えてからすぐに外へと飛び出した。
ギャラリーが帰りだすのは、いつも最後の挨拶の少し前あたり。
河合もさっき体育館から出て行ったばかりだったから、ダッシュすれば帰る前に捕まえることができる。
俺の思ったとおり、体育館のすぐ近くにターゲットはいた。
「おい、河合!」
「ん?あ、清田くん。お疲れ様!」
振り向き、俺の姿を認識すると、にこやかな笑顔で返す河合。
まあ、可愛いほうだよな。
牧さん面食いなのかな。
「あのさー、この後って少し時間あっか?」
「え?えっと……」
河合は、一緒にいた友達に目配せをしたが、その友達は空気を読んでくれるヤツだった。
自分のことはいいから、と、河合を差し出してくれたのである。
「で、どこに行くの?」
「あー……男バスの部室」
「ええ!?」
なんで!?どうしよう!
そんな言葉を発しながら、突然焦り始めた河合。
「だ、駄目なのか?」
その焦り具合に多少怖気づく俺。
情けないとかどうでもいい。
「だ、駄目じゃないけど……あの、ま、牧さんとかいるの?」
「は?」
「あっ、ううん!なんでもないなんでもない!気にしないで!!」
確かに『牧さん』っつったよな。
そんでもって、この真っ赤な顔。
牧さんと同じくらい真っ赤じゃねえ?
これって俺らが何もしなくても、牧さんと河合、両思いなんじゃねえの?
あーなんか無駄なことしてる気がする。
だがしかし、神さんに連れて来いって言われてるし、ここはちゃんと連れていかねーとやばいよな。
「とにかく、来て」
「うん、わかった」
相変わらず顔は真っ赤だったけれど、素直に俺の後ろについてきてくれた。
何事も無く、我らが男バスの部室の前に到着。
「「あっ」」
声が重なったと思ったら、それは連れてきた河合と、何故か部室の前にいる牧さん。
な、なんでここに居るんだ、牧さん!!
そして神さんは何処に行っちゃったんだよ……!!
神さんを探して、辺りをキョロキョロ見回すと、近くの草むらで手招きをしている人を発見した。
……そんなところで何やってんっすか、神さん。
来いってことだよな。
チラリと牧さんと河合に視線を送ると、二人ともうつむいて照れくさそうにしている。
ちょ、俺眼中ナシってやつ!?
ま、まあ抜け出しやすいけど……
そろそろと足音を立てずに、神さんのところへとたどり着くことに成功。
「神さん!こんなとこで何してんすか!」
「シッ、信長、ちょっと黙って」
「え〜?」
タイミング狙ってるんだから、と言う神さんの手元にはホース。
「神さん、まさか「今だ!」
何を思って『今』なのか。
予想通り、神さんはホースの水を河合目掛けてぶっかけた。
マジでやっちゃったよ、この人!!
「きゃああああああ!?」
「うわ!!」
当然ながら、河合だけじゃなく、牧さんもびっくりしている。
ホースの水を思い切り被ってしまった河合はびしょ濡れで。
あーあ、制服がめちゃくちゃだな。
それ以前に、神さん、この人めちゃくちゃだな。
「ど、どうしよう……」
「……着替えは持っているのか?」
呆然としている河合に、牧さんが声を掛けた。
うわ、また真っ赤になってる!!
っていうか河合も負けじと真っ赤だ。
「え!?あ、い、いいえ!持ってない……です」
「俺のでよければ貸すことも可能だが……」
「いや!そっ、そんな!!申し訳ないです!!」
「遠慮などしている場合じゃないだろう。それでは風邪を引いてしまう」
「え、あ、えええ!?」
すげえ、牧さん、その場の勢いで河合の手を引いて部室に入って行っちまった。
「これで二人の仲は発展すること間違いなしだね。ドキドキすれば、牧さんの告白でドキドキしてるって思うかもしれないだろ。そしたら、上手くいくと思ってさ」
ね、と首をかしげて、にこやかに聞いてくる神さん。
ドキドキの勘違い恋愛効果ってやつっすかね。
確かに、発展するとは思いますけど。
「俺らが何もしなくても、河合も牧さんのこと好きっぽかったっすよ?」
「そんなの関係ないんだよ」
怖……!!
「は、はい」
素直に一言、返事をするしかなかった俺。
情けないとかどうでもいい!
牧さんの恋が実るのは嬉しいことだけど、万が一俺に好きな人ができたとしたら、絶対に神さんの協力だけは勘弁していただきたい……と、思った。
とりあえず、牧さん、河合。
さっさとくっついて、末永く仲良くしてください。
でないと、神さんがまた何をしでかすか分かりませんから。
その後、当然のごとくしばらく俺らは部室に入ることが出来ないわけで。
30分間、外で待ちぼうけを食らった後、満面の笑みで出てきた二人を尻目に、ゆっくりと部室に足を踏み入れるのであった。
見守りたいんです、俺達(牧)