心臓の音は速かった(流川)


最近、気になっている人がいた。
もしかしたら、気になっているというよりも好きになってしまったのかもしれない。

でも、彼は学校中の女子に人気で。
同じクラスながらも、近寄りがたい存在だった。

きっと、自分でも意識せずに視線を送ってしまっていたのだと思う。
そうじゃなければ、今、こんな状況に陥っているはずがなかった。

「悪い、呼び出して」

「う、ううん、大丈夫」

天気は微妙な曇り空。
一緒に屋上にいるのは、クラスメイトの三谷という男子生徒。
当然のことながら、私の気になっている人物ではない。

特に接点があったわけでもなかったのだが、こうして呼び出しをくらっている。

その理由とは。

「お前さ、最近ずっと俺のこと見てるだろ」

「…………え?」

「なんかさ、気づくとお前の視線感じるんだよな」

ちょっと待ってくれ。
とんだ、勘違い野郎だ。

どうしたらこういう風に勘違いが出来るのだろうか。
それにしても、相当自分に自信があるという証拠だろう。
彼は別段モテるわけでもない。

「いや、それは」

「ああ、待て、それ以上言うなって!」

「……はぁ」

それは、私がいつも見ている流川くんの近くにアナタがいるからではないでしょうか。

そう言いたかったのだけれど、この勘違い男は私の言葉を遮った。

「こういうのは男である俺から言うべきだろ?俺、見られてるって思ってからお前の事が気になってたんだよな」

こういう時、私は何て言って誤解を解いたらいいのだろうか。
勘違いは益々ヒートアップし、彼の口から言葉が止まらない。

「だからさ、俺達付きあわね?」

「…………私、好きな人いるんだけど」

「またまたぁ、それって照れ隠し?」

「いや、そうじゃなくて」

「冗談で誤魔化すなって。素直になれよ〜」

物言いはふざけた感じだが、いつのまにか私と彼との距離が縮まっていることに気が付いた。

「素直にもなにも……ちょっと、やめてよ」

「いいじゃねーか、俺達付き合うんだから」

「い、やだ!違うって!」

「強情だなぁ」

「!」

否定の言葉というものを受け入れる耳を持ってないのか、この男は……!!

違うって何度言っても分かってもらえない。
その間にも、更に距離は縮まって。
腕を捕まれ、結構ピンチな状況。

けれどその時、ザッという音がしたと思ったら、私の前には人影。

ピンチな状況もすぐに打破された。


「オイ」

「……!」

何でこんなところに居るのか不思議だった。
どうやって逃げようか考えていたら、屋上の入り口の上から、流川くんが飛び降りてきたのだ。
まさか、と目を疑ったけれど、間違いなく流川くん本人だった。

「あ?んだよ、流川か。邪魔しないでくんないかな」

「邪魔なのはテメーのほう。おちおち昼寝もできやしない」

ああ、なるほど。
あそこで昼寝をしていたというわけか。
道理で昼休みは教室から姿を消していると思った。

「昼寝かよ……まあ、いい。とりあえず向こう行っててくれよ、今いいとこなんだからさ」

何がいいところなものか。
今のところ何も抵抗してませんけどね、もうちょっと近づいて来たら急所でも蹴って逃げる気満々ですからね。

「あー、それも邪魔」

「は?何なんだよ流川、意味わかんねぇ」

「だから、ソレ」

「わ!」

言いながら流川くんは、私の腕をぐいっと引っ張った。
同時に三谷の手が離れる。

「おい流川!てめぇいい加減にしろよ、俺の女に何すんだよ」

「誰があんたのおん「コイツは俺のだ」

「「!?」」

流川くんの口からとんでもない言葉を耳にした瞬間、私も三谷もその場に固まった。

「コイツが見てたのは三谷じゃなく、俺のほう」

な、と返事を促され。

「そ、そう。私が見ていたのは流川くんの方であって、三谷じゃない」

「は?何それ、嘘だろ?」

ショックに動揺を隠せない様子の三谷。
嘘だろ?も何も、最初からアンタなんて見てません。

そんな事口走ったら、今にもブチ切れてしまいそうな予感がする。

「コイツが言ってるんだから間違いねー。とっととどっか行け」

「……っ、だよ、流川!テメエいつも女にモテるからってすかした顔しやがって!!」

言いながら三谷は流川くんに殴りかかってきた。
三谷が来るとわかった瞬間、流川くんは私を後ろに隠して。

一瞬のことだったからよく見えなかったけれど、流川くんのカウンターで三谷はその場に倒れてしまった。

「く、くそ!覚えてろよてめー!!」

一昔前の不良のように、捨て台詞を吐いて逃げ出してしまった三谷。
唖然としたけれど、その後姿はなんというか……可哀想だった。
滑稽という言葉が似合うんじゃないかな。
私が言う台詞じゃないんだけれどもね。

ちょっと同情するわ。

そう思っていると、ぐいっと肩を引かれて。

「え、わわ!」

再び流川くんの腕の中。
ぼすっ、と、胸に顔を押し付けられて、ちょっと息苦しい。
それ以前にこんな状況に陥っている自分がありえない。

「アイツと同じ理由っつーのはなんかイヤだけど」

「ん?」

「俺も、オマエに見られてると思ったら気になって」

「え」

そ、そうだった。
さっき流川くんは私を助けてくれただけじゃなくて……『コイツは俺のだ』とか言っちゃってなかったっけ?

今気づいたけど、流川くんの心臓の音が聞こえるんだ。
しかも、その心臓の音、普通の人よりもちょっと速い気がするんだよね。

という、こと、は、だよ。


「好きだ」


一気にいろんな出来事が起こってよく分からないけど。
私の心臓の音は、きっと流川くんよりも速すぎて。

速すぎて、その内止まってしまうんじゃないか、っていうくらい、ドキドキしていた。
心臓の音は速かった(流川)

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