私が隣にいる理由(流川)


ぶちり。

不吉な音が聞こえたと思ったら、流川のバッシュの紐が切れていた。

「わはは!ざまあみろ流川!そのシューズでは練習できまい!!」

「……うるせーどあほう」

「なははは!何と言おうと練習の出来ないキツネには負けねえ!」

「おい、マネージャー」

「あっ、コラ流川!テメー待ちやがれ!」

流川に何かあるとすぐに花道がつっかかる。
そんないつもの日常にも慣れて、二人の姿をボーっと見ていたら。
流川が花道をシカトして、マネージャー、と声を掛けてきた。

湘北高校男子バスケ部にはマネージャーが二人。
一人は二年生で先輩でもある彩子さん。

そしてもう一人がこの私。

流石の流川も、彩子さんの事を『おい』なんて呼ばないだろうし、私のことを呼んでいるんだろうな、というのはすぐわかった。
なので返事をしてみる。

「何?」

「バッシュ、紐切れた」

そんなの見ればわかる。
けれど、流川の言いたいことはそんな事ではないんだろう。
彼は口数が少ないので、一言でどこまで考えているかを読み取らなければならない。
少々困難な技だ。

「ええと。代わりのものはないけど」

「……仕方ねー、上履きでいい」

「ああ、はいはい」

持ってきて、と言いたいのを理解し、流川の下駄箱まで取りに行く。
その間、流川は休憩。

周りから見たらパシリっぽいけどね、一応マネージャーだしね。
部活中は出来る限りの言うことは聞いてあげようと思う。

昼メシ買って来い、とかそういう事は絶対に嫌だけど。

私が上履きを取ってくることで流川が休憩できるのなら、それはそれで良し。
バスケ部のための貢献になるもんね、一応は。


取ってきた上履きを流川に渡すと、サンキュ、と一言返ってきて頭をクシャリと撫でられた。
どうやら流川は私の頭の感触が好きなようだ。
頭に手が伸びてくることが多いから、勝手にそう解釈しているだけだけれど。
流川親衛隊から黄色い悲鳴が聞こえたが、これも毎日のことなのでシカト。
嫉妬というのは丸分かりだけど、普段危害を加えられるわけでもないから怖くもなんともない。

今日もうるさいなぁ、なんて思って親衛隊を見ていたら、再び流川に声を掛けられた。

「部活終わったら買いに行く」

「ん?」

「バッシュ」

「ああ、そう」

この時は、そんなこと私に宣言しなくても、と思っていたのだけれど。
実際に部活終了後、その理由が明らかになったのだ。



何故なら、今、私は流川と一緒に商店街を歩いている。
二人で、肩を並べて。
この時間はいつもだったらもう家に到着していてもおかしくない頃で。

流川が言った『部活終わったら買いに行く』という台詞の後には、『だからお前も付き合え』という意味合いが含まれていたらしい。
部活が終わって帰ろうとした私の腕を無言で引っ張り、ここまで連れてこられたのだ。
私だって、頑張って流川の一言から意味を理解しようと一生懸命やってんのよ。
だけど、流石にこれは解らなかったわ。
正直行くなら行ってらっしゃい、って思ってたもん。

バッシュ買いに行くなら、同じ選手である赤木キャプテンとか、三井先輩とか、リョータ先輩とかのほうがいいんじゃないかなぁ。
花道と一緒に来ることは間違いなく有り得ないしね。
マネージャーである私は、バスケのルールとかは理解できていても、どのバッシュがいいか、なんてわからないぞ。

「どこのお店に買いに行くの?」

「ん」

流川が顎で指した先には、チエコスポーツと書かれた看板。
バスケットボール用品の専門店だ。
安西先生に頼まれて、ボールやテーピングなどの買い物をしに、何度か訪れたことがある。
その時は彩子さんと一緒だった。

この近辺にはチエコスポーツ以外にバスケ用品店はないので、湘北のみんなはここで色々と調達しているんだろう。
あとは、近くの大型ショッピングセンターあたりか。

「入る」

「うん、わかった」

これは言わなくても解るのにな、と思いつつ、流川の背中についていく。


店内を物色して数分程経った頃、店長が流川に話しかけていた。
相変わらず愛想がいいわけでもないが、受け答えはちゃんとしていて。
店長も流川のプレイが好きみたいで、なんだかんだで盛り上がっていたように思える。

その間、私は蚊帳の外。
話に入っていっても良かったんだけど、男同士の方が楽しい時だってあるだろうし。

なんて空気の読めるヤツなんだ、私って。
素晴らしいマネージャーだよほんと。

自画自賛をしていると、流川が手招きをしているのが目に入り、話を続けている二人の傍に近寄った。

「ん?流川くんの彼女かい?」

「……そ「は?いやいや、私は湘北のマネージャーですよ」

「あ、ああ、そうなんだ」

「?何、流川。何か言いかけた?」

「……ナニモ」

彼女なんてとんでもない。
私が流川の彼女になんてなってしまった暁には、それこそ流川親衛隊に何されるかわかったもんじゃない。
マネージャーだから何も言われないようなものの、想像しただけで恐ろしいわ。

そう思って否定したら、流川が何か言おうとしたことを遮ってしまった。
何故か店長も挙動不審になったし。

何もないなら別にいいや。

「流川くん……不憫だねぇ」

「は?」

「あ、いやいや、こっちの話」

店長の呟きはよく聞こえなくて。
流川に対して言った言葉だろうし、深く聞き込むこともないだろう。

「で、なんで呼ばれたの?」

「ん」

手招きの理由を聞くと、レジカウンターに置いてある二種類のバッシュを見るように促された。
もちろん、顎で。

「この二つで迷ってるんだ?」

「そう」

「二つとも僕のおススメだからね、どっち買っても損はしないと思うよ!」

「……色、選べ」

「え?私が選ぶの?」

「どっちの色がいい」

疑問に疑問で答えるな、流川よ。

そんなやりとりをしていると、店長がにやついた顔になっている。
まだ彼女がどうとか、引きずってるな。
そんな関係じゃないっつーに。

「えーと……そうだなぁ、個人的にはこっちが好きだけど……でも、やっぱ湘北カラーのこの赤と黒のやつがいいと思う」

「じゃ、ソレにする」

早っ!
私のそんな一言で大事なバッシュを決めちゃっていいのか!

……いいんだろうな、流川は一度決めたことは曲げないもんなぁ。

店長にお金を支払い、紙袋に入れてもらって。
他に見るものはなかったので、そのまま店から出た。

どこへ向かうわけでもなく、とりあえず流川に合わせて歩き出す。
まあ、普通に家に帰るんだろうな。
お母さんも夕飯作って待ってるだろうし。
流川も私とご飯食べようなんて考えてないだろうし。

そんな暢気な事を考えながら歩いていると、流川が視線をチラリとよこした。

「どうしたの?」

問いかけると、一瞬口を開こうとして、止めて。
ちょっと考えるような素振りをしてから、ようやく再び口を開いた。

「ナツ」

「ん?」

「お前、ずっと俺のマネージャーやれ」

「は?何言ってんの?私は卒業するまでマネージャー辞める気ないし。ってか、私が辞めるとか思ってんの?どっからそんな話が出てきたのさ」

「…………チガウ、どあほう」

「花道と一緒にしないでよね。違うって、何が違うの」

「俺専属の、マネージャー」

「専属ぅ?そんなことできるわけないでしょ、高校の部活のマネージャーなんだから。アンタは芸能人かっつーの」

「………………チガウ」

「は?違う?もう意味わかんないんだけど」

「……やっぱ、どあほうだ。お前は」

いくら頑張って意味を理解しようとしてもね、この会話はどうしてもわからないね。
だってマネージャーなんて結局はみんなのマネージャーだし、流川専属なんて無理に決まってんじゃん。

理解不能の会話に。だんだんと頭がこんがらがってきた。

「眉間にシワ」

「うるさいなぁ、誰のせいだと……って、ちょっと。何これ」

反論しようとしたその時、突然手を掴まれて。
そのまま、流川のポケットにずぼっと押し込められた。

「もういい」

「もういいって、何が」

「さっきの話」

さっきの話って……私は今、この手について聞きたいんだけど。
さっきの話の件についてはこの手のおかげで忘れかけてるんだけど。


結局、この日は普通に帰ることになり。

この時の流川の言葉の意味が、本当に理解できるようになったのは、それから一週間後の事だった。





「好きだから、俺と付き合えっていう事」

「……!」

「理解、出来たか」

「ようやく出来た……っていうか、あれじゃマジでわかんないって!」

「(……これ言う為に、バッシュ買いに行くのにコイツ誘ったのに)」
私が隣にいる理由(流川)

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