確信ではないけれど(神)凸凹シリーズ2
今日は珍しく部活が休みになった。
なんでも次の練習試合の相手校に、監督と牧さんが挨拶に行くらしい。
自主練をするつもりなのだが、その前にやらなければいけないことがひとつだけあった。
先週借りた本の期限が今日までなので、今日中に図書室に行って返却しなければならない。
もっと早く返すつもりだったのだが、タイミングなんてものは失ってしまうとずるずる長引いてしまうもの。
要するに、面倒になってしまったというのが本音で。
普段のオレは、割となんでもキッチリこなしているタイプだと思う。
たまにルーズな一面を持っているほうが、人間味があっていいじゃないか。
……とまあ、自分について考えたところでどうしようもない。
早く用事を済ませて、練習に行こう。
放課後の図書室は人気が疎らで、静かな空間が漂っている。
テスト前だったならば、この場所を利用して勉強しようという人々で溢れかえっているんだけど、そんな事は先の話。
普段は本を借りる人、返却する人くらいしか立ち寄らない。
図書室に足を踏み入れ、カウンターを見る。
けれど、図書委員の姿が見当たらない。
カウンターに近づくと、『御用の方はベルでお知らせください』という張り紙が。
しかし、肝心のベルが見当たらない。
張り紙の意味がないじゃないか……。
早く練習に行きたいのにな。
仕方なく、図書室の中にいるであろう委員らしき人を探すことにした。
ひとつひとつの棚の間を見ながら、ゆっくりと移動する。
すると。
ドサドサドサッ
「なんてこったい愚の骨頂……!!」
大量の本が落ちた音と、やってしまった感が残る声が聞こえてきた。
どうやら、隣りの棚らしい。
ていうか愚の骨頂なんて素で言う人、初めて出会ったんだけど。
ひょい、と顔を覗かせてみると、一人の女子生徒が本に埋もれていた。
漫画のように、頭にも一冊。
「だいじょう「あーーーーーーーー!!!」
大丈夫?
そう問いかけるはずの言葉は、その女子生徒によってかき消された。
「神宗一郎!!」
「……あ」
人の名前をフルネームで呼び捨てにし、あまつさえ指を差して大声を出したその人は、先日オレが失態を犯した人……信長のイトコだった。
「先日はどうも……と言いますか、すみませんでした。オレ、年上って知らなくて」
そう告げると、彼女の頬がぷくっと膨れた。
「すみませんね、年上っぽくなくて」
どうやら皮肉に捕らえたらしい。
別に皮肉を交えたつもりもなく、素直に謝ったんだけどな。
けれど。
頬を膨らますその姿は、どうみても年下にしか見えない。
やはり、可愛らしいという形容詞が当てはまる。
「そんな事言ってないじゃないですか」
「言葉では言ってなくても、顔がそう語ってる」
「無茶苦茶な……で、大丈夫なんですか?」
「ああ!そうだった!こんな悠長に話してる場合じゃないのよ!」
本に埋もれたまま喋っていた彼女は、オレに指摘を受けて、現状に気づいたらしく。
慌てて本を整え、自分の制服も整え。
まるで小動物みたいな動きでちょこまかと。
やばい、ちょっと笑ってしまいそうだ。
どうやらオレの探し人が彼女だったらしい。
右腕に図書委員の腕章がついている。
体制を立て直した彼女は、本棚に向き直ると、近場の脚立に乗って。
一生懸命上へと手を伸ばしていた。
…………あの身長じゃ無理だと思うけど。
オレがやってあげたほうが早いんじゃないかな。
近づいて、声をかけようとした瞬間。
彼女の体が傾いた。
「わっ、わ、わわわ!!」
「おっと!」
脚立から足を踏み外しそうになった彼女の腰を右手で支え、彼女が手放した本を左手でキャッチ。
「危ないなぁ」
「なっ、なな、なっ……!!」
そのまま右手で彼女ごと持ち上げて、脚立から降ろし、代わりに自分が乗って。
「ここでいいんですか?」
一番上の棚に本を戻して彼女に視線を送ると、ゆでだこみたいに真っ赤な顔をしていた。
「あんた、またやったわね……!!」
「またって……最初のアレは悪ふざけだったけど、今のは人助けですよ?」
「問答無用!!女の敵め!!」
そう言って、再び人差し指を突きつけられた。
真っ赤な顔で凄まれたって、怖くもなんともないし。
なんというか、無駄な抵抗っていうか。
子供の悪あがきを見ているようだ。
「ははっ」
思わず笑いが出た時にはしまった、と思ったけれど、もう遅い。
「笑うな!馬鹿!変態!助平!馬鹿!」
言える悪口がなくなってしまったのか、馬鹿という言葉を二回言って、オレに対して背を向けた。
そして、すたすたと早足でカウンターへと戻っていく。
当然、オレもその後ろを追う形で歩き出す。
「ちょっと、なんで後つけてくんのよ!」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ、オレ今日は本を返しに来たんで、図書委員探してたんですよ」
「…………返却?」
「はい」
ニコリと笑って、自分の返却予定の本を目の前に出すと、怪訝な顔をしながら彼女はそれに手を伸ばし、バシッとひったくった。
「はい、あたしがやっておくから返却完了!帰って帰って!」
早く帰れ、といわんばかりに早口でまくし立てられる。
ほんと小動物みたいだな。
そう言ってしまったら、確実に今よりも機嫌を損ねること間違いなしなので、黙っておこう。
このまま帰ってもいいんだけど……折角だから、もう少しコミュニケーションをとっておきたいなんて思ってみたり。
あ、そうだ。
「名前は?」
「は?名前?神宗一郎でしょ?わざわざ教えてもらわなくても結構、ちゃんと処理しておきます」
……天然か?
本の返却についての話だと思ったらしい。
自分の名前をフルネームで呼び捨てにされるなんて滅多にないことだし、彼女がオレの名前を知ってるなんてことくらいわかってるのに。
率直に言わないとダメみたいだ。
「違います、オレ、じゃなくて。貴女の名前」
「……それを聞いてどうするつもりよ」
「え?どうするも何も」
「さては、嫌がらせするつもりだな!?教えてたまるか!帰れ!用事が終わったんなら今すぐ帰れー!!」
「え?ちょっ、あの、待っ……!」
ピシャリ!!
彼女はオレの背中をぐいぐい押して、図書室から追い出した後、ドアを勢い良く閉めた。
「えぇー……」
っていうか、嫌がらせってなんだよ、嫌がらせって!
何がどうしてそういう思考に辿り着くんだ!
ほんと、あれが年上なのか……!?
「くっ……くくくっ」
ダメだ、笑いが止まらない。
なんだよあれ。
なんだよ、あの小動物は。
真っ赤になったり、早口でまくしたてたり、すたすた歩いてみたり。
そして、小さな体でオレの背中をぐいぐい押して。
やばい、全てがツボだ。
可愛すぎる。
名前なんて、本当はもう知ってるんだけど。
できれば直接本人の口から聞きたかったなーなんて、考えたりしたんだよね。
まあ、結局本人からは教えてもらえそうにないけど。
今度会ったらオレがやられたように、フルネームで呼んでみようかな。
河合ナツさん。
って。
そしたら、また小動物のような動きで、オレにつっかかってくるんだろうか。
これ以上、オレのツボを刺激しないで、ナツさん。
こんなにも貴女と接するのが楽しいだなんて。
オレは、もうナツさんの事が好きになってしまったのかもしれない。
確信ではないけれど(神)凸凹シリーズ2