その一瞬で(清田)
もうすぐ全国大会が始まる。
より体力をつけとかねーとな、と思って、今日から早朝マラソンを開始することにした。
夏の暑さでバテているようじゃ、スーパールーキーの名が廃れるってもんだ。
いつもより一時間早く起きて、家を出る。
普段は朝練の時間ギリギリにならないと起きないんだが、たまにはこんな早くからっていうのもいいもんだな。
空気が違うぜ。
と、まあ、そんな感じで気分良く走っていたところ、前方に犬の散歩をしているヤツを発見。
犬とか飼ってると、散歩があるから大変だよなー。
しかもこんな朝から、きっと毎日の日課になってんだろうな、なんて思っていたら。
「あれ、もしかして清田?」
「んあ?」
犬の散歩をしているヤツというのは、クラスメイトの河合ナツだった。
クラスの男子が『小動物みたいで可愛い』って騒いでるヤツ。
人気があるようだが、バスケ一筋のオレには関係ねー話だなって思って。
いつも聞き流してたっけ。
まさか、こんなところで会うとは思ってもみなかったけど。
「何してんの?体力作り?」
「おー、まあな、全国も近いしよ。お前は?普通に散歩してんの?」
「うん、あたし、毎日この時間は犬の散歩してんだー」
お互いに質問してることがあたりまえすぎて、なんか微妙な会話だな。
でも、それ以外に話すことなんてねーし、もう二言、三言交わしたらマラソンに戻るべ。
「毎日って、すげー早ぇじゃん」
「うん、まあね!学校終わってからだと、時間ないしさ。っていう清田だって、今日は早いじゃん」
「おお、まあ、そうだな」
「頑張ってるんだね、って、おわ!」
話の途中で河合は、自分の飼い犬にぐいっと引っ張られ、仰け反る格好になった。
「ぶはっ、おまえ飼い犬にやられてんじゃん!」
「だって、この子力が強いんだ……わあ、や、やめって!!ちょっ!!」
『強いんだよ』と言いたかったんだろう、しかしそれは飼い犬によって遮られてしまった。
犬っころが、河合の口元をべろんべろん舐めてる。
すげー勢いだな、おい。
っていうか、こんなの見てるこっちがすげー恥ずかしいんだけど……。
「そんじゃ、オレ行くわ……どわぁっ!?」
放置して行こうとすると、今度はその犬がオレに飛びついてきた。
「わっ、ごめん!すぐ離すから!!」
「お、おう、って!!うおっ、ちょ、やめ!!やめろ!!」
飛びつかれたまま、今度はオレの口元をべろんと舐めやがった。
オレにそんな趣味はねえんだよ……!!
慌てて無理やり引き剥がし、口元を拭った。
犬とキスなんて、勘弁だぜ全く……。
「こら、何バカなことやってんの!……ごめんね、清田。あたしと間接キスになっちゃったね」
犬に怒りつつ、オレには弾発言をアッサリと言い放ち。
な、な、何言ってんだこの女……!!
「ば、ばかやろう!!お前と間接キスしたって、小動物に噛み付かれたくらいにしか思わねーよ!」
……オレも何言ってんだ……!!
「なにぃ……言ったな!?」
「おう、言った!悪ぃか……っ!?」
そう言うと同時に、河合の顔がぐんっと近くなって。
そして、河合の唇がオレのそれに触れた。
何だこれ、何だよこれ!!
何が起こってんだよ!!
「どうだ、小動物に噛み付かれた気分は!」
顔を赤くしながらそう聞いてくる河合。
触れた瞬間、オレが感じたものは。
「や、やわらかかっ……って、違ぇ!!お前こそどんな気分だバカ!」
やべえ、オレの頭、確実に混乱してる。
「どんなって……嬉しいよ、あたし清田のこと好きだもん」
…………なんだと?
混乱を通り越して、放心状態。
好き?
河合が?
オレを?
オレが放心している隙に、河合は『じゃあね!』なんて言いながら、犬を連れて走り去っていってしまった。
何だアイツ。
何だよ、アイツ……!!
悔しいけど、か、可愛いじゃねーか……!!
……一瞬で、好きになっちまったじゃねーか、責任とれよバカヤロウ。
その一瞬で(清田)