Novel
3:今は、成すべきことを
まもなく、式典の前夜祭が始まろうとしている。
ダラル王撃破後、私が知っているストーリー通りに話は進んでいった。
といっても、正直一か月前の記憶だからうっすらとしか覚えてないんだけれども。
トルネコさんは無限ループの記憶は残ってるって言ってたし、むしろみんなのほうがこの先の流れを詳しく知ってるんじゃないのかな。
そして、素晴らしく吃驚なことに、大峡谷での戦いが終わってから私は一言も声を発する機会がなかったのだ。
近くに居たテレシアに話し掛けようとしたりもしてみたんだけど。
何故か口元を押えられて、まるで「喋っちゃダメ!」と言わんばかりで。
再び担ぎ上げられたハッサンにも声を掛けようと思ったら、隣にいたテリーに口を塞がれて。
なんなんだよ、理不尽だな!とか思ってたんだけど、後々になってようやっと理由がわかった。
ゼビオン王が居る前で、余計な事を喋らないようにするためなんだ、と。
異界の神子は、この先の流れを知っている。つまり、うっかり口を滑らそうもんならとんでもないことになること間違いなしだ。
きっと、今まで召喚された子達の中に、ポロッと喋ってしまったおばかちゃんでも居たのだろう。
私がそのおばかちゃんじゃないとは…悔しいが、言い切れないよ、たぶん。
「異界の神子よ、この度はようやってくれた……時に、そなたはアトラスとの契約の代償で、口が利けなくなってしまったらしいな」
ゼビオン王の問いかけに、思い切り首を縦に振った。
契約の代償か。
オルネーゼかツェザールあたりが上手いこと考えたんだろうな、と勝手に思った。
ぶっちゃけトルネコさんやホミロンとガッツリ喋ってたけど、その後に声を失ったとか、そんな感じの流れになってるのかな。
まあ、喋れないことになってるならだんまりしておけばいいか。
「ふむ…代償とはいえ、申し訳ないことをしてしまったな…まあ、今はそんなことを話していても仕方あるまい。今宵は皆と存分に楽しむが良い」
「ぁっ…」
あっ…ぶねー!!
思わず普通に「はい」って返事しそうになっちゃったよ!
よく堪えた私!!
私が声を詰まらせたのは喋れないからだと察してくれたのか、ゼビオン王は付き人と一緒に伝承の塔へと戻って行った。
こうやって、普通に見ている分には小さくて可愛い王様なんだけどな。
ゲームで見ていた時は、このおっちゃん怪しいな〜、とか、やっぱり敵方だったー!とか思っただけだったけど。
実際問題、偉大な盟主様って感じなんだよね。
…まさか、実際に対面する日が来るとは思ってもみなかったけど、っていうかここに居ること自体がおかしいんだけど。
なーんか変な事に巻き込まれちゃったなあ。
よくよく考えてみれば、ヒーローズのキャラ達だって自分の世界とは違う世界に来ちゃってるんだし、今の私みたいに困惑してたのかな。
…考えててもしょうがないか。
とりあえず私、この先どうしたらいいんだろ。なるべく死なずに元の世界に帰れると有り難いんだけど。
「あ、いたいた!こんなところにいたのね!」
「ん?」
言いながらこっちに向かって走ってきたのは、テレシアだった。
「探しちゃったわ。こっちに来てみんなと一緒に飲みましょうよ」
「あ、もう喋ってもいいの?かな?」
「王様は塔に戻ったみたいだしね、大丈夫なはずよ」
「そうなんだ…」
「さっきはごめんなさいね。でも、理由を察してくれてたみたいで助かったわ」
いえ、あの時は理不尽だと思ってましたけどね。なんて思ってても言わないよ。
「いいんだけどさ…なんていうか、色々話を聞きたい気分だよ」
「そうよね。私たちは50回目だけれど、カヤにとっては初めてのことだものね」
「あ」
「え?」
「いや、名前、言ったっけ」
「トルネコさんから聞いたわ。みんなももう知ってるはずよ。とりあえず、みんなのところへ行きましょ!」
テレシアに腕を引っ張られ、広場のほうへと走っていく。
足取りが軽くて羨ましい。
50回も同じことを繰り返すって、相当うんざり…そもそも頭がおかしくなっててもしょうがないとか思うんだけど、みんなの様子を見ていてもそんな雰囲気は微塵も感じられない。
精神力が強い方々ばかりなんだろうか。
それとも、もうすでに壊れて立ち直った後だったりして。
途中経過なんて私が知る由もないし、勝手な想像でしかないけれど。
そんな風に考えてしまうのは、ただの好奇心だ。
「お、来たな」
「…フン」
「お疲れさん、よく頑張ったね」
一個のタルを囲んでいるのは、ラゼルとツェザールとオルネーゼだった。
その輪に入っていくのもちょっと気が引けたけど、引っ張ってこられちゃったんだから仕方ないよね。
「あ、えーと。今更ですけど初めまして…」
「なんだよカタイなー、そっちの世界ってそんなヤツばっかなのか?」
「ラゼルが礼儀知らずなんだろう」
「いやいや、俺のこと言う前にツェザールだってそのツンケンした態度、どうにかしろよ。新しい神子が来る度にそうやってビビらせてんじゃねーか」
「まあまあ、お二人さん、それくらいにしときなよ。何回同じやりとりをすれば気が済むんだい。すまないね、カヤ。こいつらいつもこんな感じなんだよ」
「はぁ…お気になさらずとも…」
「だーからカタイって!気楽に喋ろうぜ!」
「気楽にって言われても、あなたたちは知り合いだからいいでしょうけど私はひとりで知らない人の中に放り込まれたようなもんなんだから、そんなんムリに決まってるでしょうが」
「おっ、それそれ!できんじゃん!」
気楽に喋ってるっていうか、ちょっと嫌味交じりだったんだけど…ラゼルには通用しないみたいだ。
「仕方ないさね。突然この世界に連れてこられて、すんなりと順応してる方がおかしいよ」
「そういうヤツも居たけどな」
「そういうヤツ?」
ツェザールにオウム返しで質問してみたけれど、ああ、と短く返ってきただけだった。
「稀にね、「私は選ばれた人間なのよ」って、凄い態度を取ってくる子とかも居たのよ」
残念そうな、悲しそうな顔でそう言ったテレシア。
「まー、そういうヤツらに限って早々に居なくなってったけどな。だから最初から信用に値しなかったっつーワケ。で、カヤは?そこんとこどうなんだ?この世界…おっと、ここから先は俺の役割じゃないみたいだな」
ラゼルの視線を辿ってみれば、不機嫌そうな顔でこちらに向かってくるテリーと、その後ろにハッサンが見えた。
「ちょっと借りていくぞ」
「わっ、引っ張らないで!」
腕をぐいっと引っ張られたので、バランスを崩した。
が、お構いなしにラゼル達から離れようとするテリー。
ハッサンはそれに苦笑しながらついてきて、残されたラゼル達を見れば、頑張れよ〜などと言いながら私を励ましている様子だった。
まて、一体何を頑張るのだ。
試練でも訪れるのか。
ラゼル達の声が聞こえなくなったあたりで、ようやく解放された。
「悪ぃな、ちょっと確認しておきたいことがあってよ」
「確認?しておきたいこと?」
「ああ、っつっても主にテリーが、だが」
「何で…しょう…か」
途中で言葉が詰まってしまったのは、鋭い眼光で睨みつけられているからである。
何でだ。私がお前に何かやったのか。
「やる気がないなら今すぐ帰ってくれないか」
「は?」
「二度は言わない」
「いやいや、唐突すぎない?」
ハッサンに救いを求めてみたけれど、どうやら私たちのやりとりを見守るためだけについてきたようだった。
ほんと何なんだよ。
つーかやる気ってなんだ。
私にやる気があるように見えるのなら、テリーの目は節穴である。
まあ、やる気なさそうに見えるからこうやって言われてるってことくらいはわかってるんだけれども。
「今までの神子達にも、そうやって問いかけてきたの?」
「例外はない」
「まあ、途中からだけどな」
そりゃそうか。最初はこんなにも繰り返すなんて思っていなかっただろうし、何度も失敗するうちにダメそうなヤツは最初から排除してしまえばいいっていう魂胆、だろうな。
「やる気ねえ…うん、やる気があるっていえばウソになるよね」
「じゃあ「話は最後まで聞いてほしいな」
「……言え」
言え、って。
そんな短く返さなくてもさ。ちょっと笑っちゃいそうだったよ。
「そもそもやる気云々の問題じゃないと思うんだよね。自分の意思とはベクトル関係なしなんだしさ。勝手にこの世界に連れてこられて、…まあ、中にはそれが自分の使命だと思ってた子もいたみたいだけれど。そんで、こうしてこうしてこうしなさいって言われて素直にはい、わかりましたって出来る方がおかしいと思うんだよね」
「……」
「……」
二人とも、黙って私の考えを聞いてくれている。
もうちょっとテリーの一方的になるかと思っていたけれど、こうやってちゃんと話し合いが成り立つっていうのは今後のお互いの関係性にも影響してくると思うので、助かる。
「だから、やる気はなくとも、これから私がやらなきゃいけないことに対しての努力をしてみようとは思ってるよ。それじゃだめかな?」
「自分の世界に帰りたいとは思わないのか?」
「そりゃ思うよ。でも、今じゃなくてもいいってこと。もしかしたらどっかで敵にやられてゲームオーバー強制送還になっちゃうかもしれないし、運が良ければ最後まで全うできるかもしれない。それらの結果が出てからでも遅くはないんじゃないか、って思ってるよ」
「…ゲームオーバーになったら困るんだが」
「だから、それは例えばの話だって。トルネコさんやホミロンから話を聞いて、みんなの戦ってる姿を見て、こんなに頑張ってる人達を見捨てることなんて出来ないよって思っちゃったんだから、最低限死なないように頑張るつもり…でも、絶対的なフォローは必要だけど」
「ぶっ」
それまで黙って聞いていたハッサンが、口を開いたと思ったら噴き出した。
そして、肩を揺らしながら大笑いしてる。
「はっはっは!まともな事言う嬢ちゃんだな、と思ってたら最後はそれかよ!」
「そんな笑えること言いましたかね」
「自分でちゃんと考えているようで、最終的には守ってくれって言ってるようなモンだったからだろ」
呆れた顔で突っ込むテリー。
「ええ!守ってくれだなんてそんなこと」
「絶対的なフォローっていうのは、そういう意味だろうが」
「……そうですね、よくよく考えてみればごもっともです」
「はっはっはっは!いーじゃねーか何だって!なあテリーよう、もういいだろ!こいつは大丈夫だよ」
「…そうだな。最初はラゼルの言っていた通り、頼りなさそうな感じだったが」
いまいち腑に落ちないけど、これは彼らの言葉で言ったら「合格」ってことでいいのだろうか。
先程みたいに睨まれてないから、大丈夫なんだろうけど。
「テリーは」
「あ?」
「みんなのために憎まれ役を買って出てるわけ?」
「は、…そ、そんなんじゃない!馬鹿な事を言うな!」
アラー…顔が赤くなっちゃった。ハッサンをチラ見すれば、口に人差し指を当てている。
ってことは、図星だったということで。
突然の呼び出しを食らってどうなることやらと思ったけど、テリーの可愛い一面が見れたということで、思わぬ収穫をゲットだぜ。
拗ねてしまったテリーは、先に戻るからな!と、スタスタ歩いて行ってしまった。
後ろ姿を見つつ、ハッサンと一緒に堪えきれなかった笑い声をあげた。
2016.6.15
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