Novel
プロローグ
私は、オレンカ王に仕えて5年目になる兵士である。
オレンカ王は、それは素晴らしい人だった。
この命が代わりになるのであれば、喜んで捧げよう。
だが、今となってはそれは叶わぬこととなってしまった。
目の前にそびえる、巨大な岩壁。
これはオレンカ王が自らの命を賭して、死ぬ気で作り上げた希望への道。
王が命と引き換えに作ってくださったこの時間を、一秒でも無駄にしないためにも、戦士たちには頑張ってもらわなければならないのだ。
自分自身が伝説の兵器を取りに行くことが出来たら、どんなに良かったことだろうか。
だが、私にはそんな力は到底無いし、ましてや選ばれし者ではないのだ。
オレンカ軍の中で優秀だとか、力が強いだとか、そんな事は関係がない。
「戦士たちが戻ってくるまで、我々は何としてでもこの場を守るのだ!!」
兵士長が叫んだ。
真に選ばれし者というのは、あの戦士たちのことを言うのだろう。
だから、あの戦士たちが戻ってくるまで、それこそ命懸けでこの場所を守り抜かねばならない。
正直、ギガントドラゴンの姿を目の当たりにして私の足は震えが止まらなくなっていた。
あんなバケモノがこの世界に居たのか、と。
万が一にも突破されてしまったら、最悪の場合死が待っている。…いや、どちらにしろ対抗する術はないのだ。
そして、最終的にはこの世界も崩壊してしまうだろう。
ただひたすら、間に合ってくれと願うことしかできないのだ。
*****
どれだけの時が流れただろうか。
ドガァン!と、大きな音と共に、崩れ落ちた岩壁の隙間から、再びあの巨大なバケモノの姿が見えた。
「ああ…戦士たちは間に合わなかったのか…」
誰かが呟いたその瞬間、遠くからおーい、と叫ぶ声が聞こえた。
戦士たちだ。
間に合ったのだ。
なんというタイミングだろうか、神は私たちを見捨ててはいなかったのだ。
「ギガントドラゴンなんて、すぐやっつけるからね!待っててね、みんな!」
意気揚々と拳を掲げ、皆の士気を高める異界の神子とやら。
戦士たちが戻ってきた時には、溶け込むようにその中心に居て。
なんでも古代の兵器を使用するにあたっての重要人物らしいのだが、急を要する事態なので、我々一般兵には詳細までは伝わってこなかった。
だが、何かとてつもないことが起こっているのだということだけは理解することができた。
神子は、古代兵器…アトラスの肩へと乗せられた。
遠目に見ても、凛とした横顔は美しく、天使のような風貌で…それはそれは神々しいものだった。
彼女は、我々に希望を与えてくれる。
きっと誰もがそう思ったに違いない。
…だが、そんなものはただの気のせいだったのだ。
神子が、アトラスが、負けた。
倒されたアトラス、そして肩から落とされた神子。
更にはその上から容赦なく振り落とされた、ギガントドラゴンの足。
大地が唸っているかのような、重低音が体中に響く。
ビリビリと走った衝撃は、思考を鈍らせるのに十分なものだった。
「神子が…やられた…?」
再び我が耳へと届いた、誰かの声。
最早呆然とするしかできなかった。
古代兵器アトラスと、その神子。
それだけが、ギガントドラゴンに対抗する術だったのだ。
その術を失った我らに待ち受けているものは何か。
崩壊。
破滅。
―――死。
「い、いやだ!!死にたくない…!!」
一人が後退し、その恐怖に釣られて一人、また一人と。
………ああ、このままゼビオンまでもが…滅んでしまうのだろうか…。
「何ボーッとしてんだ!早く逃げるぞ!!」
隣の兵士が私の腕を引っ張った、その瞬間。
目の前の空間が歪んだ。
歪んでいる。
そう思ったときにはすでにその歪みに飲み込まれていた。
やけに冷静になってしまった頭で周囲を見渡せば、その歪みから逃れているものは誰一人としていなかった。
*****
ハッとした。
意識がある。
体が、…ある。
…………目の前に、大きな岩壁が……ある…?
あれは、先ほどギガントドラゴンに突破された筈…?
「戦士たちが戻ってくるまで、我々は何としてでもこの場を守るのだ!!」
兵士長が叫んだ。
…おかしい、だろ、どう考えても。
思わず、隣に立つ兵士に声をかけた。
「な、なあ。古代の兵器は…」
「大丈夫だ、きっと戦士たちが取ってくるだろう!」
「だが、古代の兵器と…神子はさっき…」
「神子?…一体何の話をしているのだ?」
「……いや、何でもない。すまなかった」
「不安なのはわかるが、考えてたって仕方ないだろ。我々は信じて待つしかないのだから」
「ああ、そうだな」
先ほどまで私が体験していたことは、白昼夢だったのだろうか。
いや、そんなバカな。
だとすれば、考えられることはひとつ。
時間が戻った……………いやいやいや、そんなバカな。
まさか。
まさか、な。
*****
そして、再びの緊張の時は流れ。
ギガントドラゴンに岩壁を破壊され、もうだめだと思ったその時、戦士たちが戻ってきたのだ。
古代の兵器と、異界の神子を連れて。
……異界の、神子?あれは一体誰だ?
先程の…信じたくはないが、白昼夢の時とはまるきりの別人ではないか。
それとも本当に白昼夢だったのか?
ああ、だが、そんなことはどうでもいい。
今度こそ悪夢が終わると信じたい。
そうして事の成り行きを見守っていたのだが、結果は同じで。
そして、再び時間が巻き戻されてしまった。
隣の兵士に話しかけても、やはりさっきと同じ反応だった。
……私は、何かの呪いに掛かってしまったのだろうか。
2016.6.14
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