Novel
21:うるさい鼓動の意味なんて

「カヤ、いるかー?」
「あ、ラゼルだ」

ドアの向こう側からラゼルの声が聞こえて、立ち上がるとテリーにぐいっと手を引かれた。
…そして、この体勢はさっきも身に覚えがあるぞ。

「ヒュー!…テリーなかなかやるじゃねえか」
「うるさい、安心感を与えられると言ったのはお前だろう」
「まあな」

ククールのように、とまではいかないが、テリーは私をふんわりと抱きしめてくれた。
あのテリーがこんな行動に出るなんて、と、すっごくすっごくビックリしたけど、素直に受け入れることが出来たのはさっきの話があったからだ。

「あ、あの、ありがとうテリー」
「ああ。俺達がいること、忘れるなよ」
「うん、肝に銘じておきます」
「おーい!カヤ?いないのかー?」
「王様がお待ちだぜ。俺らはお暇することにしよう」
「フン。じゃあな」
「おやすみ、カヤ」
「テリーもククールも、本当に有難う。おやすみなさい」

そう言って、ドアから出て行った二人と入れ違いでラゼルが入ってくると思ってたんだけど。
彼が入ってきたのは数十秒ほど経ってからのことだった。

「カヤ、入るぞ」
「あ、はい、どうぞ!」

部屋に入ってきたラゼルの顔は妙に赤かった。
装備品らしきものの袋を両手に抱えてくれていて、これって私のために買ってきてくれたものなのかな、と思うと口元が自然と緩んだ。

ドサリと床に置かれた袋を、ラゼルが開く。

「とりあえず、必要そうなモンは全部買ってきた」
「あ、そっか、お金必要だったんだよね!?私一銭も持ってないんだけど…」
「カヤからお金貰おうなんて思ってねーよ。それにこれ、各国から集めた資金だから自由に使っていいやつなんだ」
「そうなの…それなら良かった」
「そんで、サイズは適当に選んできたけど大丈夫だよな?」
「うん、見た感じ大丈夫そう」

ラゼルが買ってきてくれたのは、天使のローブ、静寂のブーツ、精霊の籠手。
ゲームでの表記は一切無かったから、装備品ってどんなのがあるんだろうって思ってたんだけど。
どこかのナンバリングで見た事あるような防具だなって思うあたり、やっぱり世界観は一緒なんだなって。どうでも良い事に感動した。

「これはどういう効果があるの?」
「天使のローブは魔力が上がるものだからカヤには関係ないけど、呪文や即死に対する耐性もついてるからいいかなって。見た目よりも結構軽いんだぜ。羽織ってみろよ」
「うん」

ローブなんて羽織った事ないから、ラゼルに手伝って貰いつつのお着換えタイムになってるわけだけど。
脱ぐわけじゃないから恥ずかしくなんてないもんね!一人で着れないのはちょっと恥ずかしいけれども…!

「おお、本当だ…割と動きやすい…!」

ぶっちゃけ私がこういう物を着るとだな。
コスプレ感満載っていうか…この世界の人達はそれが当たり前だったから、どんなものを着ても似合いそうだけど、自分からしてみれば違和感だらけだよ。
そのうち慣れるといいんだけど。

「静寂のブーツは素早さを高めるんだ。これで逃げるのも速くなるぞ」
「お、おお…」

逃げるのが速くなるって言われてちょっと微妙な心持ちだけれども、私は逃げに徹するべきなのだからラゼルの言っていることは正しい。

「精霊の籠手は、呪文や攻撃を和らげる」
「ふむ…これはちょっとばかり重いね」
「これでも籠手の中では軽い方なんだぜ?」
「そっかあ、じゃあ頑張って慣れるしかないね」
「このくらいだったらすぐ慣れるだろ。そんで、最後にコレ」
「剣?」
「メタルキングの剣」

鞘から抜かれたその剣は、薄暗い部屋の中でもまばゆい輝きを放っているように見える。

「これって…小さなメダルと交換するやつだよね?そんな大事なもの、上手く扱える人に渡したほうがいいんじゃ…」
「うーん、それも考えたんだけどさ。俺達はこれから対面する敵の特徴とかも分析済みだし、剣に頼らずともそこそこの攻撃が出来るんだよ。まあ、もちろんいい武器で戦うに越したことはないけど…それでも、これはカヤが持っていた方がいいと思うんだ」
「テリーには聞いた?」

テリーって自分の世界では確か、最強の剣を探し求めて旅をしていたんじゃなかったっけ。
だったらメタルキングの剣って聞いたら自分が使いたいって思うんじゃないかな。

「さっきすれ違った時にな。構わないって言ってたぞ」
「え、あ、そうなんだ」

じゃあいっか、と、簡単に納得してしまうのは。
やっぱりさっきテリー達と話をしていた所為なんだろうな。

「メタルキングの剣はさ、使いこなせなくとも切れ味は抜群だから。持ってるだけマシってやつだと思う」
「ああ…自分だけは切らないように気を付けるよ…」
「ははっ、それはすっごく不器用なヤツじゃない限り大丈夫だろ!見た感じテリーのおかげもあって剣の扱いは悪くないよ」
「だと嬉しいんだけどね」
「…本当はさ、俺と同じ双剣を買おうかとも悩んだんだけど…片手剣に慣れちまってるだろうし、やめたよ」

そう言ったラゼルの表情は、一瞬の曇りを見せた。
何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

「いつか機会があったら双剣の扱いも教えてよ。今は片手剣で頑張るから」
「ああ…そうだな、いつか、な」

力なく笑ったその顔に、理由を聞くことなんて出来なかった。
過去に嫌な事があったとしても、それを掘り下げたって何の得にもならないしね。
ラゼルは異界の神子の事を嫌っているのだから、色々あるはずだ。
それこそ、色々だなんてひとまとめに言葉に出来ないくらいに。

「一通り装備できるみたいで良かったよ。これで少しは安心だな」
「そうだね、アクセサリーはマリベルから貰ったのがあるし、驕るわけじゃないけど強くなった気分!」
「おう、そのまま謙虚な姿勢を貫いてくれ」
「うん、きちんと弁えておく」

武器や防具の性能が良いからって、自分が強くなるわけじゃない。
私は選ばれた人間なのよ、って、凄い態度を取ってくる子も居たって…最初のころテレシアが言ってたっけ。
魔法陣に選ばれたのは確かだ。
ここに私が居る事が何よりの証拠になるのだから、それは間違いない。
だからといって自分は特別な存在なんだとか、そんな風には思わない。思っちゃいけない。
特別な存在なんて、昔は憧れたりもしたけれど。実際自分がこんな立場に置かれて、逆に私でごめんね!って思っちゃったくらいだよ。
でも、マイナス思考はやめるんだ。
ククールの言う通り、マイナス思考は悪い事ばかりひきつける。
少しでもプラス思考でやっていかなきゃ、このループを終わらせることなんて夢のまた夢だ。

「そしたら、俺、もう戻るけど…」
「あっ、ありがとうラゼル!」
「ああ、それはいいんだけど…その…」
「?」

ごにょごにょと何かを言いたそうに、心なしかもじもじしてるようにも見える。
なんだこの可愛い人は。

「何か言い忘れた事でもあった?」
「言い忘れたっつーか…カヤ、ごめん!」
「えっ……え!?」

一呼吸置いた後、ラゼルは力強く私を抱きしめた。
デジャヴもデジャヴだよ、今日で三回目だよこの感覚…!!

「なっ、な、なななな…!」
「ク、ククールに言われたんだよ!カヤが不安がってるようだから抱きしめて安心させてやれって!」
「も、もしかしてなかなか入ってこなかったのってそれ!?」
「ああ、テリーに剣の事を聞いたのもあったけど…お前がそうすることで明日からのカヤのやる気に違いが出てくる、って言われたからさ」
「私のやる気ってそんな……ククールは馬鹿なのかな」
「え!違ったのか!?」

焦ったようにパッと離れたラゼル。
部屋に入ってきた時よりも顔が赤くなっていて、私も釣られて赤くなる。
二人きりの状況だから余計に恥ずかしいんだ、きっと!顔が熱い…!

「いや、まあ、確かに安心はするけど…今はなんか恥ずかしかったよ」
「おま、そういうこと言うなよ!こういうことすんのって勇気いるんだぞ!」
「それは私にだってわかるけど…」

ククールとテリーと会話してた時は、確かに不安だったよ。
でも二人のおかげで気が楽になってたしさ、ラゼルの前で不安そうな表情も見せたつもりないし……だからこのタイミングでは普通に抱きしめられたようにしか思えなかったんだ。
ククールには後で文句を…いや、やめとこ。
ククールにしろ、ラゼルにしろ、私を思っての行動だもんね。

「あー…カヤ」
「は、はい」

恥ずかしそうに頬をぽりぽりと掻きながら、ラゼルはゆっくりと口を開いた。

「俺、全部終わったらお前に謝りたいことがあるんだ」
「謝りたい事?」
「そう。終わったら話すから、その時は聞いてくれるか?」
「うん、もちろんだよ」
「そっか……うん、有難う。じゃあ、明日からの移動や戦いは大変なことだらけだと思うけど、俺、ちゃんとカヤの事守るからな。一緒に頑張ってくれよな!」
「あ…あり、がと…!一緒に頑張るよ!」

一緒にって言ってくれたことも嬉しかったのだけれど。
…どうしてかな。
ククールもテリーも、似たような言葉をくれたのに…ラゼルが守るって言ってくれて、私の心臓がドキドキしてる気がするんだ。
今までこんな風に扱って貰ってなかったから?
抱きしめられた余韻が残っているから?
それとも……いやいや、何を考えてるんだ私。
ラゼルと私は世界が違うんだってば。そんな風に思っちゃダメなんだよ。

私、全てが終わったら元の世界に帰るんだから。
…帰る、んだから………そうだよね?

自問自答って、誰も答えてくれないところが辛い。
結局のところ決めなきゃいけないのは自分なのだから、仕方がないのだけれど。

「そしたら早く寝ろよ…って、時間取らせた俺が言うセリフじゃねえけどさ」
「あはは、この後すぐ寝るよ。ラゼルもゆっくり休んでね?」
「おう。今日はぐっすり寝れる気がするんだ。だから心配すんな」
「ん、じゃ、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ、カヤ」

そう言って出て行ったラゼル。
パタンと音を立てて閉まったドアは、私に少しの虚無感を与えた。

2016.8.20
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