Novel
19:願い事は、ひとつだけ

この世界と異界―――私たちの世界を繋いでしまったのは、ガゴラ。
いつも通り試練の祠の番人として祠を守っていると、どこからともなく声が聞こえたので、その空間を弄ってみれば異世界…つまり、私たちの世界と繋がってしまったのだと。
その時点ではこの空間と最初の神子の居る空間が繋がっていただけらしいのだが、彼女はこの世界に来ることを強く望んでいたので、面白そうだと思ったガゴラはその手を引いてしまった。

彼女が通ってきた場所には魔法陣が現れ、それには一度だけ自分の世界へ帰れるくらいの魔力が残っている。
魔法陣を使えばいつでも自分の世界に帰ることが出来ると安心した彼女は、ガゴラにこの世界の話を聞くと、その話の流れでもうすぐラゼル達が来るという事がわかったので、自分をアトラスを使役するための神子としてくれ、と、願い出た。

異界からやってきたという事で何でも願いを叶えてしまったらこの世界の摂理、定義が乱れてしまう。
そう考えたガゴラは、条件を付けた。
願い事を叶えてやれるのは一度だけ、ガゴラに出来る範囲の事だけ、と。
その願いの代償として、自分の世界に帰る魔法陣から魔力を引き出す。
つまり、彼女が願ったアトラスの神子になるためには、自分の世界に帰ることが出来なくなるという事だ。
死んだら元の世界に帰れるっていうのは、単なる偶然だったのかもしれない。
この世界に二度来たっていう人の話を聞かなければ、それも解明される事はなかっただろう。

彼女はそれでも構わないと言った。
ガゴラはそれを了承してしまった。
こうして、アトラスの神子…異界の神子は、この世界へと存在を置くことになった。

ガゴラの誤算は、彼女がこの世界で死んでしまっても世界がループするなんて思いもしなかった事だ。
彼女のアトラスの神子としての役割は果たされることが無かった。
失敗に終わった。
その後も、世界はそのまま歩みを進めるのだと思われた。
だが、神子が死んだ直後に彼女の通ってきた魔法陣の魔力が暴走した。
それは最初の神子のこの世界に対する思いが強すぎて、ガゴラの手に負えない力が宿り、呪いと化してしまったのだ。

暴走した魔法陣は、世界をループさせた後に勝手に次の神子を連れてくるようになった。
ただ単にこの世界に来るだけでは神子の立ち位置も何もあったものではない。
そう思ったガゴラは、自分に責任の一環があると感じ、せめて真っ当な理由でこの世界に存在を置けるように、と、ラゼル達への試練として異界の神子を呼び出す、という位置づけをした。
魔法陣を消滅させることは出来なかったが、多少の時間の操作は出来たようだ。

自分があの時最初の神子の願いを聞いてやらなければ、こんなことにはなって無かっただろう。
その気持ちに対するお詫びとして、召喚された神子の願い事を見返り無く一つだけ聞いてあげることにしたのだ。
ただし、今の私みたいに自らガゴラに会いに来た者だけが対象だとか。
最初に召喚された際にはみんなが居たから話すこともできず、後々に出向いてきた時しかチャンスがないのだそうだ。


「会いにこなければ何の措置もなかったってこと?」
「まあ、そうなるな」
「それって薄情じゃない?」
「う…まあ、そう言うなよ…おいらだって反省してるんだ」
「反省、ねえ…」

ガゴラに対する敬語をやめてしまったのは、少なからずとも怒りの気持ちが私の中にあったからだ。
この世界は嫌いじゃないし、みんなの事も好きになってしまった。
この世界を正常に戻してあげたい気持ちも強い。
だけど、ガゴラがいわゆる好奇心で空間を弄らなければ、この世界と自分の世界が繋がることなんて無かったのだから。
そうなったら寂しいなんて思うのは、実際に自分がここに居るからであって。
もし、この世界に来ることがなければそれが当たり前の日常として過ぎてゆくのだから、こんな風に思うことも無かったのだと思うと……なんだか不思議だけれども。

「最初の神子は、彼女自身が神子となることが願いだったんだよね?」
「ああ」
「それが呪いになってしまったっていうんだから、やっぱりこの世界を…ザラームを倒せば呪いから解放されて帰れるってわけか」
「おまえの世界でのこの世界の事が描かれている部分が終われば、魔法陣の呪いも解けるはずだ」
「エンディングまで持っていくってことね。もし私が本当にエンディングまで辿り着くことが出来たら、ここから帰ればいいんだね?」
「うむ」
「わかった」
「わかったって…おまえ、現時点で何か願い事は無いのか?」
「願い事…ああ、そうか。一つだけ叶えてもらえるんだっけ」

ひとつだけ願い事を、なんて言われてもすぐには思い浮かばないのだけど…みんなのために出来ることっていったら何だろう?
強くなること?それとも防御力の高い装備を貰う?素早さをあげてもらう?
何をすれば一番いいかなんて、わかんないんだけど。
ここはみんなに相談するべきなのか…でも何でガゴラが願い事を叶えてくれるのかって聞かれたら答えられないしな。
一応、ガゴラもみんなに責められたくないから…かは解らないけれど、何か理由があって黙っているのだろうし…全てが終わったら話してもいいんだろうけど、ループが続いているこの状態でそれを話すのは得策とは言えないもんね。

少し思い悩んだ後、ひとつだけ浮かんだ事があった。

………願い事って、ガゴラに出来る範囲のこと、だったよね。

「ねえ、ガゴラ」
「ん?」
「人を生き返らせる、っていうのは出来るのかな」
「………できなくはない。寿命だったヤツは無理だが、事故や殺されたヤツとかなら、生き返らせることも出来る。…が」
「…が?」
「その願いを叶えるには、やはりおいらだけの力じゃちと足りない。魔法陣の力をそれに使うっつーんなら話は別だがな」
「それって、生き返らせてもらうとしたら帰れなくなるってこと?」
「ああ」
「例えば、生き返らせてから私がこの世界で死んだとしたら?」
「一番最悪のパターンだな。ハッキリとは言えないが、世界はループし、おまえはこの世界でも死を迎え、自分の世界にも帰ることはできない…完全なる死を迎えることとなると思うぞ。世界がループするってことは生き返らせたヤツも生き返った事にはならねえしな、無駄死にになる確率が高ぇな」
「無駄死に…!」
「生き返らせたいヤツがいるのか?」
「いるにはいるんだけど…」

エンディングを迎えて思ったことはさ。
やっぱり、オレンカ王があの場に居てほしかったな、って思ったんだよね。
ダラル王が正気に戻ってパーティーが開かれた時に、ラゼルとテレシアがしんみりとオレンカ王の事を語っていたシーンを思い出したんだ。
この二人はオレンカ王と出会って短いものの、それなりにオレンカ王を慕っていたと思う。
私は会ったこともないけど、オレンカ王は人柄も良くてとても素敵な人だと思っていた。

だけど…そうか。
無駄死になんて絶対したくないし、ましてや完全なる死なんて迎えたくはない。
この若さで死にたくはない、うん、これは絶対。

「ザラームを倒してから生き返らせたら、私が死んでもループすることはない?」
「最初の神子の思いが、ザラームを倒してこの世界を平和にすることに向けられていたから、まず間違いないと思うぞ」
「でもそうなると結局元の世界には帰れなくなるんだよね?」
「ああ」

うーん…、元の世界には帰りたい、なあ……。これといって未練があるわけじゃないけれど、家族は普通に好きだし、仲のいい友達だって数人はいるし。

「元の世界に帰れなかった場合って、私の存在ってどうなるの」
「おまえの世界での、ってことか?」
「うん」
「そりゃ、最初から居なかったものとなるんじゃねえかな。行方不明だとかそういう扱いになるとは思えねえな」
「それは言い切れる?」
「まあ、ほぼ断言できるな。何故かっつーとだな、こうしておまえがここに居るうちはおまえの世界の時間は流れてないんだ。それも魔法陣の力だと思うんだが…だから、魔法陣の力が消えれば時間は普通に流れるようになるし、その時間の流れに居たはずのヤツがその場に居ないってことは存在が消えるってことだな」
「なるほどな…」

オレンカ王を生き返らせることが出来るなら、自分の願い事なんて何も叶えてもらえなくて構わないけれど。
でも、自分の世界に帰ることと天秤に掛けられちゃったら、自分を選ばざるを得ないんじゃない?
それこそ、自分を犠牲にしてオレンカ王を生き返らせるなんてさ。
どんな偽善?どんな傲慢?
…でも、人の命だよ?
私はこの世界で生きれるんだからいいじゃん。
生きること以上にどんな幸せがあるの?
自分の世界と引き換えに、人の命が救えるなら安いもんじゃないの?

ぐるぐると、自分の頭の中で葛藤してみたけれど。
考えれば考えるほどドツボに嵌っていく気がした。
命は助けたい。
でも自分の世界にも帰りたい。

あー…いやいや、重要なのは今だよ。

ねえ、私。ガゴラの話、ちゃんと聞いてた?
生き返らせるにしても、世界が平和にならないと叶えてもらっても無駄なんだってば。
だったら、今考えなきゃいけないことは何?


「…とりあえず、願い事は保留ってことで…」
「おう、その様子じゃまとまんねーみたいだからな」
「ちなみにダメ元で聞くけど、ザラームを倒してっていうのは」
「おいらの力で出来る事っつっただろ」
「ですよね。うん、わかってた」
「ならいいんだけどよ…そろそろ空間の遮断も解くぞ。あいつらの視線もいい加減痛い」
「あ…、忘れてた」

パチンと鳴らしたガゴラの指先から、ふわふわと光線のようなものが飛んでいって。
魔法…だろうか?
それが見えない壁に当たると、寄りかかっていた三人はドシャア、と崩れ落ちた。

「解除するなら解除するって言えよ!」
「そうよそうよ、いきなり消すんじゃないわよ!」
「ふざけた真似を…!」

言ったところで聞こえなかっただろうに。
三人の様子に思わず笑ってしまったら、痛い視線はガゴラから私へと突き刺さった。

2016.8.8
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