Novel
16:嫉妬にも似た

私たちが目を覚ましてから、丸一日が過ぎようとしていた。
カヤはまだ目を覚まさない。
この一日のうち、ラゼルはずっと彼女のそばに付きっ切りで、他のみんなも代わる代わる様子を見に来ていた。
私もなるべく傍に居たかったのだけれど、カヤを見つめているラゼルの横顔がやけに真剣で、二人きりにしてあげたい気持ちになったっていうか…あんなに拒否していたラゼルが、率先してカヤの傍に居るっていうのはどういう心境の変化があったのかしら。

私は夢の中でカヤと一緒に居た。
この世界が平和だったら、普通に普通の女の子として楽しく遊んだりするんだろうな、って。
そんな夢を見ていたわ。
私だけかと思っていたら、みんなもカヤと一緒に居た夢を見たって言うじゃない?
きっとその夢で、ラゼルの中で何か大きな変化があったのよね。
じゃないと、あんなに頑なだったラゼルが変わるなんて…とてもじゃないけど考えられないもの。


「ラゼル、少しは休んだ方がいいんじゃないかしら?」
「…俺なら大丈夫だ」
「でも、この先の戦いはまだ終わってないのよ?」
「わかってるよ。だけど俺はこいつに一言文句を言ってやらなきゃ気が済まないんだよ」
「文句って…まだ何かわだかまりがあるの?」
「そうじゃない。わだかまりとかじゃなくてさ…見ろよ、この何も考えてないような寝顔。……俺、なんでこんなヤツに絆されちゃったんだろうな」

自嘲気味に笑うラゼル。
絆されてしまった自分に苛ついているのかしら…。

「嫌なわけ?」
「わかんねえ。たぶん、嫌ってわけじゃないんだと思う。でも俺、自分では絶対に異界の神子なんかに気を許すもんかって思ってたんだよ」
「ええ…それは、知ってるわ」
「テレシアだから言うけどさ」
「うん?」
「俺、夢の中でこいつの前で泣いたんだ」
「え…」

小さい頃は何度か泣いていたところを見たこともあったけれど。
大きくなって、剣を振るうようになってからのラゼルの泣き顔なんて見た事はない。
決して気を許してもらってないからだとか、そんな事は思ってなかったけれど、それでも現在のラゼルのそんな姿を見ることができたカヤに、ちょっとばかり嫉妬してしまう。
私の方がラゼルの事を知っているのに、って。
嫉妬…とは違うかな?きっと私、寂しいのね。
いつも一緒だったラゼルが少しずつ離れて行ってしまう気がするんだわ。
それは成長の証なのだから、喜んであげるべきなのに。

カヤにはラゼルの事を悪く思わないであげて、なんて言ったけど…今思えば、傲慢だったかもしれないわね。

「こいつ、俺が泣く前になんて言ったと思う?」
「うーん…わからないわ…」
「ちゃんと生き抜いてみせる、平和は取り戻せるって言ったんだぜ」
「カヤが、そんな事を?」
「ああ。だからさ、こいつが寝たままじゃそれも叶わねえだろ?」
「…ええ、まあ、そうね…」
「なあ、こいつ、このまま死んだりしないよな?」
「……大丈夫よ、きっと」

ラゼルはカヤに向き直って、それから彼女の頬に手を置いた。
その姿が何故かとても甘い雰囲気に見えてしまって、思わず目を反らしそうになった。
だって、ラゼルのこんなトコ見た事ないわよ…!
何で私の方が恥ずかしくならなきゃならないのよ…!

だけど、そんな風に思ったのも一瞬だった。

「なあカヤ。ほんとうに、あんな世界が待ってるのかよ!なあ!死んだら嘘つきなんだぞ!」
「ちょっと、ラゼル!?何を…!」
「おまえが!おまえがあの平和を必ず取り戻すって言ったんだ!死ぬなんて許さないからな!ふざけんなよ!助けてくれるって言ったじゃねえかよ!」

頬にあったはずの手は、いつの間にかカヤの肩へと移動していて。
気づけばラゼルは寝ているカヤの肩を両手で揺さぶっていた。

「ラゼル!やめて!そんなことをしたってカヤは…!」
「……ったい、なあ」

起きるわけじゃない。
そう続けようとしたその言葉は、力ない声によって遮られた。

「…ちからはいんないんだから、そんなに乱暴しないでよ…」
「カヤ!?」
「!」

目を覚ましたカヤを見て、それからラゼルに視線を移せば酷く安心したような表情をしていて。
そんな様子に、今度は私の涙腺が緩んでしまったみたい。

「……大丈夫だよ、私は死なない」
「…はぁ?どの口が…現に今!死にかけてただろうが!今の今まで!」

カヤが起きても、ラゼルの勢いは止まらなかった。
カヤを責めているような物言いだけど、決して怒ってるわけじゃない。
きっと、ラゼルは。

「でも!!」

突然の大きな声に、ラゼルの体はビクリと跳ねる。

「死んでない!」

そして、カヤの強い視線に怯み、手の力を緩めてそのまま重力に任せた。
落ちたところに丁度カヤの手があったのか、ラゼルは彼女の手に自分の手を添えた。
私、そろそろ退出した方がいいのかしら。
そう思いながらも、タイミングが計れずに動くことが出来ないのだけれども。

「っ…ん、だよ、死にかけも一緒じゃねえか…」
「一緒じゃない!死にかけと死んだのじゃ何もかもが違うでしょ!ループしないでしょ!私は死なないったら死なない!意地でも死なない!だからそんな顔をするな!」
「………そんな顔って、どんな顔してんだよ俺…」
「…今にも泣きそうな顔だよ」
「…お前、本当にこのループをとめてくれんのか」
「止めるよ」
「止められなかったら?」
「止めるっつったら止めるよ。意地でも止めるってば」
「…はっ、答えになってねーじゃん………ああ……でも…夢でも同じようなこと言ってたしな…そうか………お前なら、本当に信じてもいいのかな…」

ラゼルは力なくその場にへたり込んだ。
でも、カヤの手を握ったまま。添えただけの状態から、力が籠って握っちゃったのかしら。
本人は気づいてないんでしょうね。手を握ったまま論争してたなんて気づいたら、きっとここから逃げ出すくらいの羞恥心に苛まれるのでしょう。

ラゼルは、夢で得た安心感をカヤに求めていたのよね?
わかるわよ、だって私たち双子だもの。
ラゼルがあんな状態だったから、全部ラゼルに持っていかれちゃったような感じになってるけれど、私だってカヤの言葉を聞いて、今とっても安堵に包まれている。
私だって、夢の中でカヤと一緒に過ごした時間はとても有意義なものだったのだから。


「っていうか、夢って何さ」

カヤの発言に二人揃ってしばらく答えることが出来なかったのは、仕方のない事だと思う。
だってまさか、本人が夢の内容を知らないだなんて思わないじゃない?

…でも、そうよね。
冷静に考えてみればカヤは全員の夢に同じように出てきたわけだし?
もしかしたらあれはカヤの潜在意識だったのかもしれないわ。

実際何だったのか、解明なんて出来ないのでしょうけれど…ラゼルとカヤとの間にあった壁は取り除かれたっていうことだけはわかったわ。

2016.7.28
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