Novel
8:刻まれた痛み

「何ならおはようのキスをしに行けば良かったかな」

砂漠は、名前の通り砂ばかりなので足を取られる。
普通に歩いているだけで体力が減っていくのに、朝からこの会話は面倒極まりないよククールさんや。

「ぎりぎりだったけど遅刻はしてないよ」
「ふむ。じゃあ、今度遅刻しそうになったら俺を呼んでくれよ」
「寝坊しかけた張本人が呼べるわけないでしょ」
「ククールはホント節操ねぇな。誰でもいいのか?」
「もちろん誰でもってワケじゃないさ。ラゼルだってもう少し大人になれば解るんじゃないか?」
「言われるほど子供でもねぇし、解りたくもないね」

べー、と、舌を出しながらククールから離れて行ったラゼル。
だから子供って言われるんじゃ…と思ったが、黙っておいた。
ラゼルは明るく振る舞っているものの、私とは一度も目が合わなかった。
露骨っちゃ露骨なんだけど、邪険に扱われたわけじゃないから…いっそのこと思い切り嫌いです!っていう態度を取ってくれた方がやりやすいかもしれない。
とか何とか言いながら、本当にそんな態度を取られたら傷つくんだろうね。なんて面倒臭い人間なんだろうって、自分でも思っちゃうわ。
ないものねだりってどうにかなんないのかなあ。

「それはそうと、ゆうべはテリーとお楽しみだったみたいだな?」
「ちょ、その誤解を招くような言い方!」
「聞き捨てならんな」
「どうしたテリー」
「俺の名前を出しただろう」

ツェザールと前を歩いていたテリーが、ススス…と後ろに下がってきた。
自分の名前が聞こえたから気になったようだ。
クールっぽい顔して、結構色々気にするよねこの人。
ちなみに、現在ラゼルが先頭を歩いている。そのすぐ後ろにツェザール、それからテリーとククールに挟まれた形で私、後ろを守るのはクリフトだ。
せっかくなら一番まともなクリフト…いや、まともそうに見えてそうでもなかったんだな。
やっぱり女の子の話し相手が欲しかった。
遊びに来てるんじゃないから仕方ないんだけどさ…!

「冗談の通じない男はモテないぜ?」
「モテたいとは思わんから大丈夫だ。それより歯の浮くようなセリフばっかり言ってるキザヤローだってモテないと思うぞ」
「そうなのか?カヤ」
「私に振るんじゃない」
「コイツも迷惑だと言っている」
「いや、だから私を巻き込むな」
「そんなに照れなくともいいんだがな」
「照れる?カヤのこの顔を見て照れてるように見えるのであれば、医者を紹介せねばならんな」

あかん。
これ、ラチあかんやつや。
言い合いしている隙に抜け出そう。
そう思った瞬間、前の二人が武器を構えた。
必然的に両サイドの二人もそれに反応し、釣られて私も構えてみた。

「へえ、サマになってるじゃねぇか」
「この俺が叩き込んだのだから、サマにならないようでは困る」
「なるほどな、それで遅くまで二人きりでねえ…どうだい?今度は俺と二人きりの夜を過ごすってのは」
「コイツの師匠は俺だからな」
「それはヤキモチなのか?」
「決してそんなものではない」

ぽんぽん話が勝手に進んでいくけれども、武器を構えたってことは敵がいるってことでしょ。
突然襲い掛かられたら困るし、返事をする気持ちの余裕がないんですけど…!

「カヤさん、大丈夫ですよ。基本的にはラゼルとツェザールが先陣切って戦ってくれますから」
「あ、う、うん」

だからといってこの二人みたいに余裕は持てないけれど。
クリフトの一言で、少し気が楽になった…と思う。でも油断ダメ!ね!私は弱いんだから。








しばらく敵との戦闘が続き、無事に目的地である光の遺跡へと繋がる高台へと辿り着いた。
相変わらず私は敵の攻撃を弾くので精一杯だったが、ほんの少しだけ反撃にも出ることが出来た。
テリー様様である。


「光の王に許されし、主が命ず。開け、いにしえの道」

ツェザールが言葉を紡ぐと、その場所に現れた旅の扉。
躊躇なく飛び込むツェザールを筆頭に、ラゼル、テリーと続いて。
それから心の準備を、と思っている間にククールに手を引っ張られ、クリフトに背中を押されて旅の扉へと飛び込んだ。

「よ、容赦ないね」
「危険だっていうわけじゃねえし、いちいち止まってもいられないからな」
「その辺は割り切って頂けるとこちらとしても助かりますよ」
「そう…だね。わかった」

そうだよね。
何度も通った道なんだもんね。
怖気づくのは私一人なわけで、みんなはこれが普通なんだ。





光の遺跡は、薄暗いけれどとても神聖な場所って感じの雰囲気だった。
壁一面の装飾、どんな材質で出来ているんだろう。
青く光っているように見えてとても綺麗だ。

内装を見ているうちにツェザールが番人に話し掛け、即座に戦闘に入る。
わかったとは言ったけど、本当にサクサク進むね!?
いや、時間を無駄に出来ないのもわかってるけどさ!
仕方ない、諦めよう。
今は逃げることに徹底しなきゃ!
遺跡の番人は瞬間移動をしてくるタイプだし、油断してたらすぐお陀仏だ。











「カヤ、俺とラゼルから離れるな!」
「はい!」
「頼むからうろちょろすんなよ!」
「わかった!」

ツェザールと俺の声に、すぐさま返事をするカヤ。
昨日の夜、テリーから剣の扱いを教わってたらしいが、一朝一夕の付け焼刃じゃどうにもならない。
だけど、ククールが言っていた通り、様にはなっている。
どれだけやったってダメなヤツはダメだ。
一晩やっただけでとりあえずの形が出来てるカヤは、もしかしたら素質があるのかもしれない。
今まで自信満々に武器を扱っているヤツもいたけれど、その自信が仇となったパターンが多かった。
カヤは自分がダメだってこと、ちゃんとわかってるみたいだ。
昨日、武器を用意してなかった時点でふざけんなと思ったけど、よくよく考えてみれば武器を用意できるような雰囲気じゃなかったのかもしれない。
少しは見直してやってもいいのかな。

…いや、やっぱダメだ。
俺、何回同じこと考えれば気が済むんだろう。
こうやって、少しずつ絆されてって、結局最後に痛い目見てんだ。
武器を用意できる雰囲気じゃなかったとしても、先の未来がわかってるんだから自分からどうにか動くのが当然だろ。
気を許すな、俺。
ダメなものはダメだ。


『本来は神子なんて存在、この世界に在るものではない』

そう俺達に告げたのは、何人目だったか…やっぱり正確な回数は思い出せない。

名前は思い出したくもない。でも、忘れることも出来ない。
今までの中でも一番信頼していた神子だった。
俺達の世界のことを心配してくれて、万が一があれば自分は元の世界に帰ることが出来なくなっても良い、とまで言ってくれた。
でも、それは彼女が自分に酔っていただけだったんだ。
経験した事のない出来事に巻き込まれて。
自分は選ばれた特別な存在だと思い込んで。
蓋を開けてみれば、誰もが自分に惹かれるだろうという傲慢な思いの持ち主だった。

次第に思い通りにいかなくなってきた状況を見て、彼女が放った一言。

『ごめん、なんかもう飽きちゃった』

目の前が真っ白になった。

『だって、思ってたより楽しくないんだもん』

飽きた?
飽きたって、どういう意味だ?
楽しくないって、何だ?

わけがわからず、彼女に問いかけようとしたその時だった。

『やっぱ痛いのかな〜…でも、ま、それも一瞬かな?死んでも自分の世界では生きてるんだから、いいよね。疲れたから帰る。バイバイ』

彼女は、俺の目の前で自分の心臓に剣を突き立てたのだ。

俺が渡した、俺と同じ双剣。
俺とお揃いで嬉しいと、笑顔を見せてくれた、その剣で。

わけがわからなかった。
わかるはずもなかった。

裏切られた?いや、違う。
…最初から、信用すべきじゃなかったんだ。信用してしまった俺が馬鹿だったんだ。
戦いを知らない世界のヤツに、俺達の気持ちがわかるわけがなかったんだ。
異界の神子だから、特別な存在で、守ってやらなきゃいけないと思い込んでいた。
でも、違った。
古代の兵器のためとはいえ、異界の神子なんてもの、召喚すべきじゃなかったんだ。
この繰り返される時刻を招いた原因が、異界の神子だったんだ。
そう悔やんだところでもう取り返しがつかないのはわかっている。
既に、異界の神子の存在はこの世界の歯車に巻き込まれてしまったのだから。

そこからしばらく、俺の記憶があやふやになっている。
まともな思考回路ではなかったのだと思う。
ショックだったんだ。
あんな風に俺達に解け込んでおきながら、アッサリと見放されてしまったことが。
俺達に向けてくれた想い、笑顔、全てが偽りだったということが。

また新たな異界の神子が召喚されたとして、俺は信じることができるだろうか?
人の心なんて、そうそう読めるもんじゃない。
だったら、最初から壁を作っておけばいいだけのこと。

…なんだ、簡単じゃないか。

他のみんながどう思おうと、俺だけは異界の神子なんて存在、認めてやるもんか。


そう思うことが、この世界の不条理に対するせめてもの抵抗だったのかもしれない。

2016.7.1
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