▼ 6:団長のおねだり
そんな心配もよそに、始業式の次の日ということもあってか授業は早めに終わった。
明日からはきちんと平常授業が行われるんだって。
みんなと学校に行けたら楽しいかもなぁ、とも思ったけれど、真面目に授業受けそうな人はいないか。
もしかしたら学校なんて体験したこと無いだろうから楽しんで通うかもしれけれど。
どんな想像をしたところで所詮は無理な話だ。
「翔!帰ろー!」
帰りのHRが終わって、翔を迎えに行こうとすると、向こうから歩いてきていた人物が翔だったのでそのまま呼び止めた。
「あ、姉ちゃん。そっちも早かったんだね」
「うん、お互い話の短い担任で助かるよね〜」
「はは、でも旅団のみんながいたら怒られて話が長くなりそうだけどな」
「あ、あたしもそれ思った!やっぱそうだよね!今頃家の中は大丈夫かな、なんて事も思っちゃったけれど。ね。」
あたしが苦笑しながら言うと、翔も同じ考えだったようで。
それならば早く帰ろう、という結論に辿り着いた。
あたし達二人は帰宅部。
入学した当初は何かやろうかなって思ってもいたのだが、ずっと決めかねていたらいつのまにかそのまま帰宅部になっていた。
翔はどういう理由で帰宅部なのかは聞いたことがないけど、あたしと同じような理由なんだろう。
しかし、今となっては帰宅部万々歳だ!
早く帰って旅団のみんなに会えるし!
昨日、どうやったら殺されるかな、じゃなくて、どうやったら仲良くなれるかなっていう事を考えようと決めたら、あら不思議。
あたしの頭って本当に都合のいいように出来ているみたいで、みんなに会えるのが楽しみになっている。
さすがに夜は疲れちゃったけどさ。
質問攻めに遭うのは…まあ、最初だけだろうしな。
「「たっだいまー!」」
翔と同時に家中に聞こえるような大声を出すと、廊下の奥からドタドタドタ!!と重い足音が聞こえた。
「お前らどこに行ってたんだよー!!翔、昨日オレも外に連れてけっていったじゃねーか!!」
朝の登校中に話していた通り、翔の予感は見事に当たっていた。
「だから学校行くって話したじゃん!」
「学校だぁ〜?そんなもんいいからどっか遊びに連れてけよ!!」
んな無茶な。
学生に学業を放棄しろと。
放棄できるものならしたいけど。
勉強なんかよりも旅団のみんなと遊びたいけど。
流石に高校くらいは卒業したいのでご勘弁頂きたい。
「まあまあウボォー、落ち着いて。翔もこれから連れてってくれるって言ってる事だしさ、ね?」
「ええ!?そんなこと一言も「ね?」
「……ハイ」
「おっ、マジか!!じゃあ早速行こうぜぇ!!」
まだ玄関で靴を脱いでもいなかったのに、ウボォーに引っ張られて翔は外に出されてしまった。
「ちょ、待てって!!着替える時間くらいくれよー!!」
「あ〜、わかったわかった!んじゃ5分な!」
一応、翔の言う事に従っているんだよね、これも。
着替える時間をちゃんと与えているのだから。
それでも強く言えない翔が悪い。
翔はゲッ、という顔をしてからダッシュで着替えに行った。
あたしはそのままゆったりと自分の部屋に荷物を置きに行き、着替えて大広間に移動する。
するとソファーでクロロが何かの雑誌を読んでいた。
「ナオか、お帰り」
「ただいま」
翔以外の人からのおかえり、なんて何ヶ月ぶりだろうか。
この会話だけ聞くと、なんか新婚さんみたいだ。
なーんてくだらない妄想をしてみたり。
妄想はできる分だけしておかないと後悔するもんね。
どんな理屈だよ!っていう声が聞こえてきそうだけれど、気にしない気にしない。
「玄関が騒がしかったようだが?」
「ああ、翔がウボォーに拉致られてたから」
「はは、なるほど」
「ウボォーだけじゃなく、ノブナガとフィンクスも一緒に行ったみたいだよ」
マグカップを片手にシャルが現れ、クロロとは反対側のソファーに座った。
「シャル、何飲んでるの?」
「ああ、コレ?ティーバックがあったからさ、勝手に飲んじゃった。ゴメンね」
「いや、勝手に飲むのは別にいいんだけどさ。中身はなに?」
「うーん、なんだろ。あっちの世界には無い飲み物だからなんとも言えない。でも、すっごく香りが良いね。それに美味しい」
「ちょっと匂い嗅がせて?」
言いながらシャルの差し出したマグカップに鼻を近付け、匂いを嗅いでみると。
なんてことはない、ただの紅茶だった。
「へぇ…ハンター世界には紅茶はないんだ。意外」
「ハンター世界?」
雑誌に目を戻していたクロロが混ざる。
「ああ、この世界でのみんなの世界の呼び名みたいなもんかな。ハンター×ハンターっていう漫画だから」
「ほう。ハンターか…いい響きだな」
「確かにピッタリかもね!ハンター試験とかもあるしさ」
あ、やっぱハンター試験知ってるんだね。
そういえばシャルはライセンス持ってるのかな。
「あのさ、シャルってハンターライセンス持ってるの?」
「え、オレ?」
「うん。漫画では旅団で持っているのはシャルだけだったし」
「へぇ、そうなんだ。でも残念…ライセンスは持ってないよ。いつか取りたいな〜とは思ってるけどね」
まだ持ってないんだ。
ということは、原作から大分前の時間軸なのかな。
いや、でもこのメンバーが揃ってるってことは原作に近いはず…そもそもこの世界と通じちゃった時点で、原作も何もないのか?平行世界なのか?
…考えてても、全てはハンター世界に行ってみないとわからないか。
よし、いつか行く時までのお楽しみにしよう。
「ところでナオ。オレにもシャルの飲んでいる紅茶とやらを入れてくれないか?」
「え?ああ、良いよ。でもクロロはコーヒーの方が好きそうだけどなぁ」
「コーヒーならあっちにもある。紅茶が飲んでみたい」
「コーヒーはあるんだ?ふーん…わかった、じゃあちょっと待ってて」
コーヒーはあって紅茶がないなんて。
ヘンなの、ハンター世界。
…この『ハンター世界』っていう響き、なんか気に入ったかも。
そうだ、これからあっちの世界、こっちの世界じゃなくて、ハンター世界と現実世界って言う事にしよう。
そのほうが解りやすいし。
そんな事を考えながらクロロの分と、自分の紅茶を入れて大広間へと戻ると今度はフェイタンも増えていて。
案の定自分の分の紅茶を取られ、また入れなおし。
今度いろんな種類の紅茶を買ってこようかな。
ティーバックじゃなくて本格的な茶葉を買って。
お菓子なんかも作って、みんなでティーパーティーっていうのも楽しそう!
いつか実行しよう。
再び自分の分のマグカップを持って、空いているソファーに座る。
「ところで他の団員は何処いるね?」
「ウボォーとノブナガ、フィンクスなら翔を連れて外に遊びに行ったよ」
「その他のメンバーは仕事があったからな、あっちに戻っている」
「仕事って、やっぱ盗み?」
「ああ。こっちに入り浸って仕事を放棄するわけにもいかないしな。怖いか?」
怖いか、と聞かれれば怖いけれど、でも。
「今は、怖くないかな」
そう一言だけ呟くと、クロロは一瞬目を細めた後、ゆるやかに微笑んだ。
「そうか」
「今度ナオも盗みに行てみるといいよ」
「あ、それいいね!フェイタン、ナイスアイディア!」
「え!?ちょっと待ってよ!あたし、念も使えないし!とてもみんなについて行けないよ!」
というよりも盗みなんて嫌だよ、犯罪の片棒担がされるのはゴメンだっつの。
それにこんな身体能力じゃすぐ掴まってしまうだろうよ。
シャルも悪ノリはやめなさいよ。
「何言てるか。向こうに行たらビシバシ扱いてやるね」
背筋が瞬間的に凍った気がする。
そ、そんな悦に入った表情で言われても…カンベンしてよ。
「あ、あたし夕飯の買い物に行かないと!じゃあまた後でねーえ!」
すくっと立ち上がり、そそくさと逃げるように大広間を後にした。
立ち去った後には三人の笑い声。
…くそぅ、イジメかよ。
しかし、本当に夕飯の材料買いに行かなきゃならないしな。
これだけ人数多いと毎日買い物に行かなきゃすぐに食材なくなっちゃうし。
まずはマグカップを片しにキッチンへ。
「ナオ」
シンクにカップを伏せると、後ろから先程大広間にいたはずのシャルの声が。
「あれ、シャル?話してたんじゃないの?」
「そうなんだけどさ、これから夕飯の材料買いに行くんでしょ?また付き合うよ」
「え、本当?さすがに買うもの多いからね、助かるよ!」
「あはは、オレ別に昨日みたいに買い物するの、嫌いじゃないしね。マチとかパクやシズクがいたら一緒に行ってくれるだろうけど、いないときはオレを誘って」
にっこりと微笑みかけられたら、断れるはずがなくて。
「うん、ありがと!」
やっぱりシャルは優しいのかも、って思った。
今後はシャルと一緒にお買い物が日課になりそうだな!
ごっそりと材料を買い込み家に戻ると、翔達も丁度帰ってきたようで。
遊び疲れたのか翔だけがぐったりしていた。
ウボォーやノブナガ、フィンクスはまだまだ元気で遊び足りなさそうだったけれど。
そして夕飯の支度が出来た頃、二階ががやがやと騒がしくなってきたので覗いてみると、仕事に行ってた他の団員達が帰ってきたようだ。
みんなナイスタイミングだよ。
あれ?
ふと思ったんだけど。
仕事を終えて、なんでこっちに帰ってくるんだ?
もしかして第二のアジトどころか、マジで住処になってる?
…いいけど、別に。
昨日と同じように全員そろって楽しく夕飯を食べ、今はくつろぎタイム。
ちなみに今日の夕飯は簡単にカレーにしてみた。
もちろん好評だったよ!
こんなお手軽料理で褒めてもらえるんだったらいくらでも作れる。
「なあ、ナオ」
いっぱいになったお腹をさすってソファーに横たわっていると、クロロが紅茶を飲んだときに読んでいた雑誌を持ってきた。
「ん?何?どうしたのクロロ」
「実は、これなんだが」
「これって…どれどれ、えーっと…絶叫マシン?ああ、今話題の遊園地だね。これがどう……まさか」
「ああ、そのまさかだ。なかなか察しがいいな」
ニヤリと笑うクロロは、まるで悪巧みをしているようだった。
そりゃあ誰だって察するって。
雑誌を目の前に『これなんだが』なんて言われたらさ。
でも、クロロって確か20代だったよね。
そのいい年こいた大人に『遊園地に連れて行け』ってせがまれるなんて、一体誰が思う?
ねえ、ハンター世界の住人じゃなかったら『普通逆でしょ!?』って言いたくなるよ。
あたしが連れてってもらいたいほうだっつの。
「…わかった、わかりました。今度の日曜日、それまで待てるなら連れて行くよ」
「本当か」
「おお、本当だとも」
「わー、いいな、団長!抜け駆け?」
「一人で面白いトコに連れててもらおうだなんて、甘いね」
この三人は仲良しなんだろうか?
旅団の中で最も好きな三人だから、逆ハー気分になれて嬉しいんだけど。
いや、実際は恋心なんて微塵もないだろうからそんなこと考えるだけ馬鹿だってのも解ってるけどさ。
「じゃ、シャルもフェイタンも一緒に行こ!」
ここはあたしが間に入った方が無難なんだろうな。
そう思ったら、自然と口から言葉が出た。
こうして、次の日曜日には遊園地に行くことになったのである。
メンバーは、増えそうな予感!
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