▼ 2:第二のアジト
先ほど起こった有り得ない出来事に、あたしたち姉弟は本日の始業式を諦めた。
クラス替えがあるから初日だけはちゃんと登校したかったのにな…いや、初日以外もちゃんと登校する気はあるけどさ。
「で、ここは何処なんだ?」
ウチの一階の大広間のソファーにどっかりと腰掛け、威厳を出しつつ質問しているのはもちろんクロロ。
フェイタンをはじめ、クロロもシャルナークもフィンクスもノブナガも、みんな扉からこっち側にやってきた。
とりあえず靴は脱いでくれた。
素直にいう事聞いてくれたのにはビックリしたけど、さすがに土足で家の中に立たれるのは勘弁だ。
誰が掃除すると思ってんだ。
「…翔、どう説明したらいいと思う?」
「どうって…オレに聞くなよ…」
言葉を詰まらせ、ハンター世界の住人達をチラリと見ると。
ああ、やっぱりイライラしてる。
特にフィンクスとかノブナガとかフェイタンとかフェイタンとかフェイタンとか。
クロロとシャルナークは元々の性格からか、はたまた然程関心がないのか冷静で。
ほんと、フェイタンなんかクロロが止めなかったらすぐにあたしたちのこと殺しそうだったもんね。
念は使えなくとも身体能力は…変わりなさそうな気がするし。
「ここ、オレ達にとっては異世界なんじゃないの?団長」
さすが頭の切れるシャルナーク。
そのとおりだよ、寧ろそれしかないよ。
「あー、多分それで間違いないと…思います」
「別に敬語の必要はない、普通に話せ」
「…はぁ」
便乗して自分の考えを伝えると、意外にもタメ口お許しの言葉がでた。
こっちは緊張してそれどころじゃないってのに。
翔はビクビクしててほんっと役に立たないし。
男なんだからもう少ししっかりして欲しい。
将来心配だよ姉ちゃんは。
…まあ、こうなったら開き直るしかないよね。
「ま、じゃあ、遠慮なく。えっと、あたし達のこの世界ではあなた達は漫画の中の登場人物なんだわ」
「ちょっ、ねえちゃん!それって言っちゃってもいいのか!?しかも言い方軽ッうおッ!?」
「知てる事、包み隠さず話すね」
「…ハイ」
フェイタンの手刀を首に寸止めされ、顔を青くしながら口を噤む翔。
我が弟ながら、世渡りの下手な子だ。
不憫という言葉が良く似合う。
「で、なんであたしの部屋のクローゼットに旅団のアジトが繋がってしまったのかは不明。現実にこんなこと起こりえるわけがないから、理由も考えられない。強いて言うなら…そうだなー、次元の歪みとか?」
「次元の歪みか…オレ達の世界ならそれがあってもおかしくねーけどな。この世界じゃ、念は使えない。ってこたぁ…」
思ってたより頭の回転が早いじゃないか、ノブナガ。
だがアレだよ、次元の歪みとかどんだけファンタジー発言しちゃったのかと思ってたのに普通に受け入れられると逆に引くよ。
「お手上げ?」
首を傾げてあはは、と空笑いすると、クロロは深い溜め息をついた。
…が、すぐに顔をあげ、ニヤリと笑う。
「まあ、何にせよ最近は代わり映えの無い日常にも飽きてきたところだ。こちらとオレ達の世界の行き来は楽しめそうだな。こちらの世界に来たときは、この家に厄介になるとしよう」
ん?決定、ですか?
「あの…拒否権は…」
「拒否権?あると思うのか」
「イエ、ベツニ」
ですよねー。
「名前は?」
「へ?」
「お前の名前だ、まだ聞いてなかったろう?世話になるヤツの名前も知らなくては困る。」
困った顔にも見えないし、世話になるという態度には見えないけど…ま、いっか。
こうなったらほんとに開き直るしかないみたい。
「一ノ瀬ナオ。よろしく」
スッとクロロに向って手を伸ばす。
躊躇いも無く握り返されたその手は、人殺しの集団の団長とは思えず…意外にも暖かかった。
そんなわけで、あたしの部屋のクローゼットは異次元を繋ぐ扉となりました。
そして、多分…旅団の第二のアジトとなりました。
「あははは!!すっげー、シャル!フィンクス弱すぎ!!」
「あぁー!?少しは手加減ってものをだなぁ!!」
「手加減したら怒るくせに」
「よっしゃ、次オレな。手加減しねぇぜ!!」
二階から聞こえてくるのは翔、フィンクス、シャルナーク、ノブナガの声。
あれから自己紹介を簡単にし、(といってもあたし達は皆のことを知っているので主にあたしと翔の紹介だが)家の中を案内した。
クロロ曰く、他にもメンバーがいるから後日紹介するとのこと。
それも知ってるけど、言ったところでクロロだってそのくらいは解ってるだろう。
まず最初に扉となったクローゼットの前に行き、きちんと空間が繋がってるかを確認した。
フィンクスが出たり入ったりして念が使えるかどうかも確かめ、やはり元々は使えるはずの念が、こっちの世界では使えないということも実証された。
…と、いう事は、もしかしたらあたし達も向こうに行ったら念が使えるのかな?
そんな考えが頭を過ぎったが、その直後に今行ったらきっとただじゃ済まないだろうなぁ、という考えも同時に浮かんできて。
向こうに行くのはみんなと仲良くなれたらにしよう。と固く自分に誓ったのであった。
ウチの両親は先月から海外出張に行ってて、最低でも5年は日本に帰ってこない。
両親の仕事はデザイナーで、有名なところならパリコレやらなんやらで、5年契約が結んであるのだそうだ。
自分には関係ないし、難しい話だったからよく覚えていない。
ともかくあと5年は帰ってこないという事だけが理解できた。
日本にいても注文が殺到して身がもたなそうだったのに、海外なんて行ったらどうなんだろう。
親はあたし達を二人で日本に残すことの方が心配だったらしいけれど。
でも、自分で言うのもなんだけどあたし達は割としっかりしている方だと思うし、どっちにしろ親はあまり家に居なかったし。
翔もいたから寂しい思いもそれほどすることもなく、結果二人で日本に残ったという事。
そして、両親ともに結構な稼ぎがあるのでお金にも困らない。
一般家庭よりは裕福な感じ。
なので部屋はそこそこある。
それを一つ一つ案内していき、こっちの世界に居るときはそれぞれ好きな部屋を選んでもらうことにした。
別にどれが誰の部屋と固定するわけでもなく、好きな部屋にいてもらえればいいんだけどね。
一通り案内が終わった後、各自別行動になったので現在翔とフィンクスとシャルナークとノブナガは翔の部屋でゲームをやっているのだ。
きっと向こうとはゲームの質も内容も、何もかもが違うのだろう。
さっきから至極楽しそうな声が聞こえる。
翔ってば、あんなに怯えていたのにもう仲良くなってら。
クロロとフェイタンは書斎の本棚から何冊か本を持ち出し、大広間のソファーやら椅子に腰掛けてそれを黙々と読んでいる。
…で、あたしはというと。
本気でやることがないのでただ、ボーっとしていた。
ボーっとしているだけってつまらないかと思うけれど、その中でも頭では色々と考えていて。
本当にこれは現実なのかな、とか、目の前にいるクロロとフェイタンは本物なのかな、とか。
だとしたらこれがあの幻影旅団?
とても人殺しなんてしそうに見えない。
目的が無ければ無差別に殺す、なんて事はないのかな。
あ、いやでも、さっきはフェイタン…あたしを殺す気満々だったしな。
……本当なら、今始業式の真っ最中なのにな。
……………。
色々考えてたら、なんか虚しくなってきた。
…お腹、すいたな。
お昼でも買いに行こうかな。
そう思ってその場から立ち上がり、大広間から出て行こうとすると。
「何処行くね?」
フェイタンから声をかけられた。
わー…なんかちょっと感動。
「オマエ、馬鹿にしてるか?」
どうやらあたしは世間で言う間抜け面になっていたようで、フェイタンは眉間に皺を寄せた。
それでも先程までの殺気はなかったが、いつ何処で何が起こるかまだわからない。
即座に顔を引き締め、答えた。
「いやいや、してないしてない!お腹すいたから何か買いにいこうかなーと思って」
「買い物か?盗てくればいいね」
「あたし、上手く盗めないし……って違う、それ犯罪だし!」
「ハ、何言うか。ワタシ達盗賊。買うなんて邪道よ」
果たしてこの会話は成立しているのだろうか。
「あたしは一般人だからね、普通に買ってくるよ」
すると、それまで本に集中していると思われたクロロが突然会話に割り込んできた。
「じゃあ、オレも行こう」
え!?
何がどうしてそうなるのだ!
「な、なんで…?」
恐る恐る聞いてみると、彼からの答えはたった一言。
「おもしろそうだ」
だそうだ。
ただの買い物に面白いもクソもないと思うんだけど。
あ、この家から外に出てみたいっていうことかな?
確かに、異世界だったらおもしろそうだとは思うよね。
あたしだってハンター世界に行ったら色々行ってみたいと思うし。
「そか、じゃ、一緒に行く?」
「ああ」
「ワタシも行くよ」
いやいやいや。
フェイタンさんよぉ、アンタぁさっき買い物なんて邪道って言わなかったかい?
だが悲しいかな。本人に面と向かって言えればいいんだけれど、まだそんな度胸はない…!
「わ、わかった…行こうか……」
げんなり気味に肩を落とした私とは裏腹に、クロロとフェイタンはどこかわくわくしたような表情をしていた。
うん、なんかちょっと安心したよ。
一応人間なんだね。
「あ」
大広間から出ようとしたその時、あたしは一つ重大なことに気付いた。
「どうした?」
「何ね?」
「その服装、ここじゃちょっとおかしいから翔に服借りて。着替えてからいこ」
さすがに、コスプレの人とは世間は歩けません。
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