■ 8:終わりなんて見えなければいい

香弥の希望通りのテーマパークに到着し、チケット売り場へと足を運ぶ。
平日だから並んでいる人は少ない。

「すみません、高校生二枚で」

店員に声をかけると、隣にいる香弥は慌てた様子で。

「え、何で二枚?私の分はお金、払わなくても……」

「いいんだ、今日はデートだろ」

小さく答えた声に店員が反応したけれど、なんでもないと答えれば、それ以上気に留められることはなかった。
別に、独り言の変なヤツって思われてもいいけどな。

二枚分の金額を払うと、香弥はそれ以上はもう何も言わなかった。
かわりに嬉しそうな顔を向けて。

「ありがとう、健司。男の人に奢ってもらうなんて初めて!」

「どーいたしまして」

少しでも喜んでもらえるんだったら、なんだってしてやるさ。
今日一日はお前のための一日だからな。

「お前の分のチケットは俺が持つ。とりあえず入るぞ」

「うん!」

全てのものに触れることが出来ないのは勿論お互い分かっていること。
そう思わせることのないようにするっていうのも難しい。
それに気付いたのか、香弥が申し訳ないように言った。

「あのね、そんなに気、使わないでね」

「ん?」

「私は健司と二人で楽しい気持ちになれたら、それだけで十分だから」

……本当に心を読んでんじゃねーかと思うよ。

「あ、ご、ごめん。二人で楽しめたら、なんて迷惑だったかな」

俺の無言を否定と捕らえたのか、香弥が困った様子でそう言った。

「馬鹿か。迷惑だって思ってたらこうやって一緒に来たりもしねーよ。俺もちゃんと楽しいから、心配すんな」

「……そっか、嬉しいな」

「おう、嬉しいならずっと笑ってろ」

「あはは、了解―!」




やっぱり雨の日は屋外のアトラクションはほとんど稼動しておらず、自然と屋内のものに目が行く。
かといって、座ったりするアトラクションには乗れないしな。
歩くヤツとか、あとは何らかのショーとか、そんでもって土産物見るくらいに限定されてきちまうかな。

「香弥はどこ行きたい?」

「うーん、とね」

マップとにらめっこしつつ、本気で悩んでいるようだ。
本当はジェットコースターとか乗ってみたいとか思ってんのかな。
意外と絶叫系好きそうな感じするもんな。
そんでもって、意外に悲鳴とか超でかそう。

「……ッ、はは」

「え、何で笑ってんの?」

想像したら思わず笑いが零れてしまった。
まあ、そりゃあ何で笑ってんのか気になるわな。

「お前の絶叫した姿を想像したら、なんか笑えた」

「何それ、どんな想像……!」

「いやー、意外とすげー叫びそうと思って」

「し、失礼ねー……そんなに叫ばないもん、多分」

「多分、な。はいはい」

「あっ、酷い!子ども扱い!」

「子供扱いじゃねーって。で、どこ行くんだよ?」

「おおお、そうそう。えーっと……」

やっぱり反応が新鮮なんだよな。
一般的な女子って、男の前では可愛いらしく振舞って見せるけど、香弥の場合はそれが全く感じられない。
最初は、どんな話し方とか知らなかったから、普通に大人しいヤツだとか思ってたけど、段々と打ち解けてくれているのか明るいノリで返ってくる。
きっとそれが香弥の素で。
素のままで、飾ろうとしない香弥と話すのは、誰と話すよりも楽しいと思えた。

隣でどこへ行こうかと考えながら、ゆらゆらと頭を揺らす香弥の髪も、一緒になってふわふわと動く。
綺麗だな、なんて思いながら触れようとしたその瞬間。

「よし、決まった!ここへ行きたい!」

そう言ってすくっと立ち上がった香弥に、俺はガクッとなった。

「あれ、なんでコケてんの?」

「……なんでもねーよ、さ、行くか!」

コケた理由なんて恥ずかしくて言えるか。
それに、理由を言ったらきっと香弥は『どうせ触れないのにー』なんて答えてくるだろう。
触れないなんて言わせたくない。

そう思うと、俺の行動は浅はかだよな。

……どっちが子供だよ、全く。


香弥が選んだ場所はローズ庭園。
アトラクションとは違うけど、屋内なのにまるで庭のようになっている場所。
年中無休で満開のバラがお出迎えしてくれる所だ。

散歩コースみたいなのがあって、俺たちはそこをゆっくり歩くことにした。

「なあ、香弥には兄妹とかいんの?」

「私はねー、一人っ子なんだ。だから健司に妹さんがいるのが羨ましいなって思った」

「一人っ子か……そうだな、俺も父親が再婚するまでは一人っ子だったからな、羨ましい気持ちっつーのが少しは分かるぜ」

「どうせならお兄ちゃんが欲しかったんだけどね」

「兄ちゃん、なあ。あ、俺が兄ちゃんになってやってもいいけど?」

はっはっは、と、笑いながらそう言うと、香弥は少し顔を赤くして首を横に振った。

「健司は私の彼氏、だもん」

「お、おま、」

そんな恥ずかしいことを!
そう続けるはずの言葉は、俺の口から出ることはなく。

「あれ、もしかして健司、照れてる?」

口元を押さえて、香弥とは反対側を向いた俺に対する指摘。

「照れてねえよっ」

「でも、顔赤いよ?」

「あー、うっせえうっせえ!」

「っはは、可愛いなー、藤真くん!」

可愛い、なんて……言われたことねーし。
カッコイイなら、自慢じゃないがいつも言われる。
だけど、俺の事可愛いなんて言うヤツいねえぜ?

「名前、戻ってるぞ」

「あ」

「いーのかな、俺も佐原って直そうかなー」

「やだ、ごめん!健司健司健司ー!」

余計に照れそうになるのを誤魔化そうと、名前について突っ込む。
必死で俺の名前を連呼する香弥は、やっぱ俺なんかよりも全然可愛いよ。


他愛のない話をしつつ、ローズ庭園を出た後には歩いて回るアトラクションへ行き。
それから、当然ながら俺しかしてなかったけれど食事をしたり、お茶したり。

とにかく、無言になるのが嫌で、話題を探した。

口が閉じかけたときには必死で頭を振り絞って、なんとか言葉を繋げて。


無言になるのが嫌だったのは俺だけじゃなかったようで、香弥も一生懸命に話しかけてくれる。


そんな風に過ごしていたら、時間が過ぎてしまうのなんて、あっという間だった。

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