■ 6:ひとつ こころが うばわれる

風呂から戻ると、佐原は部屋のど真ん中にちょこんと正座をしていた。

「お前、ずっとその体制でいたのか?」

「うん、特にすることもないし。キョロキョロしても悪いかなって思って」

まあ、幽霊なんだから疲れることはないんだろうけど。
それでも、部屋の中を少しも詮索したりしないなんて。
礼儀正しいのか、真面目なのか……本当に新鮮なヤツだな。

「それじゃつまんなかっただろ、悪かったな」

「ううん、大丈夫!つまらなくなかったよ、明日の事を考えると、ドキドキしちゃって楽しかっ…………あっ、なんかヘンタイとか思われてる?」

「はぁ?なんでヘンタイ?」

「えと、ほら、一人でその……妄想っていうのかな、してたから」

「ブッ……!」

「な、なんで笑うの!」

「あははは、お前ってやっぱ面白れーヤツ!」

妄想イコールヘンタイっつーわけじゃねえだろ。
言い方の問題っていうのもあるけどさ、なんでそういう発想になるかな。

「あ、そうだ。明日はデートなんだぞ。ということは?」

「ということは?」

風呂の中で、どうやったら佐原のことを楽しませてやれるか考えてた。
俺がこんな風に考えるなんて、今までに一度もなかったなーなんて、時々自分自身に嘲笑いながら。
それでも考えるのが楽しいと思えた。

デートっつーもんは恋人同士でするものだし、それなりの雰囲気は欲しいと思うんだよ。

だからさ。

「俺のことは健司って呼ぶこと」

「え!」

でででで、できないよ!と、やっぱり顔を真っ赤にして否定する佐原。

「何でだよ。明日は俺、お前の彼氏なんじゃねえの?」

「かっ!彼氏!?」

「デートなんて、彼女でもない女とはしたくねーよ」

「かかか、彼女!」

当たり前のことを言ってるだけなんだけどな、俺は。
周りからは女遊びが激しいんじゃねーかとか言われたこともあるけど、それはこの顔に対する偏見だろう。
正直、そんな事を言われた日には胸糞悪かった。
基本バスケ中心、女には興味なし。
今のところは、の話だが。

だけど、佐原ならいいかなって思ったんだから、明日は佐原の彼氏っていうのは、俺の願望でもある。

「なあ、香弥」

「!」

「ホラ、俺もこうやって香弥って呼ぶからさ、お前も頑張って呼んでみろよ」

「ええええ……」

「呼べないと明日のデートは無しだぞ」

「えええ!!」

嘘。
呼べなくたって、デートを無しにする気なんて更々ない。
もう明日は休むって花形にもメールしちまったし。
花形には後日、事情を説明するという内容で送ったので、納得してくれたようだ。
部活もあいつがいるなら心配ないし、今は目の前のコイツのことだけ考えていられる。

だから、せっかくだから名前で呼び合えたら、雰囲気もそれらしくなるんじゃねーかな、と思っての提案なんだけど。

真っ赤な顔をしたまま、俯いてしまった佐原。

しばらくじぃっ、と待ってみると、ゆっくりと口が開く。

「……け、けんじ……」

そして、顔をほんの少しだけ上げて、上目遣いで俺のことを見た。
恥ずかしさの余りか、目が潤んでいて、なんとなく唇も艶っぽく見える。

そんな佐原を見た瞬間、俺の心臓がドキリと跳ねた。

なんだよ、うるせーよ俺の心臓。
顔も熱い。
俺、本気でおかしくなっちまったんじゃねーのか?

佐原は幽霊なんだぞ。
もう、この世にいねえんだぞ。


「よく出来ました。さ、明日は早いんだ、もう寝るぞ!」

「え、も、もう寝るの??」

「おう、時間を無駄には出来ねーからな!」

照れ隠しのために、俺は佐原に背を向けて。
そのままベッドにもぐりこんだ。

時間を無駄になんて、よく言えたもんだ。


いつもだったらまだ寝る時間でもない。
喋ろうと思えば、もっと喋る時間もあったのに。

時間を無駄にしてんのはどこのどいつだよ。


俺だよ、馬鹿野郎。




ベッドにもぐりこんだまではいいが、佐原はどこで寝るんだ。
ていうか寝るのか?

しまった、そこまで考えてなかった。

仕方無しにもう一度佐原に向き直ると、佐原の下半身が、押入れから出ていた。

「ちょっ、お前!どこ行くんだ、どこに!」

「どこって……押入れでお世話になろうかと……」

俺の呼ぶ声に、上半身を戻し、こっちを向いた佐原。
ラムちゃんの次はドラえもんか!

「押入れなんかで寝れんのかよ!」

「寝れる……か、どうかはわからないけど、藤真くんの睡眠の邪魔は出来ないし」

「藤真くん?」

「あ……け、健司」

呼び方が苗字に戻っていたので、わざとそこを取り上げると、佐原は焦ったように俺の名前を呟いた。

ていうか、佐原のことを放っておいて、自分ひとりでベッドにもぐりこんでしまった俺も俺だけど、どこの世界に押入れで寝ようとする女子高生がいるんだ。


……ああ、ここに一人、居たな。


…………ったく、ほんと、仕方ねーな。


「ホラ」

布団を持ち上げて、こっちに来いよと伝えると、佐原がその場で硬直した。

「明日からとかもういい、俺は今から香弥の彼氏だ。だから、一緒に寝るぞ」

「い、一緒に……!」

そりゃな、俺だって恥ずかしいんだぞ。
一緒に寝るとか、こんなにすんなり言えるもんか。

一緒に寝たところで、体が密着するわけでもねーんだし、そりゃ、顔が近いのは気になるだろうけど……多分、今日が最初で最後だからな。
いいだろ、こんくらい。

「5秒以内にこねーと、明日の遊園地は……」

「寝ます!一緒に寝させてください!!」

どれだけ遊園地が楽しみなのか。
佐原は、5秒と言ったにも関わらず、3秒も経たないうちに俺のベッドへと飛び込んできた。
勢い良すぎて一瞬通り抜けしてしまったけれど、すぐに上から降ってきて、真横へと着地する。

「よし。じゃ、おやすみ、な」

「う、うん!おやすみなさい」


おやすみの挨拶をしてから30分。

隣の佐原は、見事に寝息を立てている。
…………俺は緊張して眠れねーっつーのに、この女は……

幽霊も寝るんだな。

本当にどうして俺だけがこいつの姿を見ることが出来んのかなあ。

佐原って、俺のことどう思ってんだろうか。
関わりといえば、クラスメイトというだけで。

ほんっと、わけわかんねー……

意味もなく、佐原の顔をじっと見てみる。

つーか、綺麗な肌してんな。
白く透き通って……いや、透き通ってんのは幽霊だからっつーのもあるけど、きっと病弱だから日に焼けたことなんて一度もないんだろうな。

睫毛も長いし、鼻筋も通ってる。
ふんわりした唇の色づきの良さ、華奢なその体。


もっと早く出会っていれば、佐原に対して何かしてやれることがあっただろうか。

現実に目の前で笑顔を見ることが出来ただろうか。


佐原の安らかな寝顔を見ながら、俺は眠れぬ夜を過ごすことになった。

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