■ 5:渦巻くようなグレーの穴

明日の行き先等を二人で話していると、いつの間にそんな時間になったのか、母親が帰ってきて。
案の定『健司くん部活は?』という質問をされたので、考えていた通りに気分が悪くて早退してきた、と言い訳をしてみた。

母親と言っても義理の母親。
でも、俺のことを本当の息子みたいに可愛がってくれる、いい人だ。
俺は母親に対して嘘をついたことはなかったので、すんなり信用してくれた。
オマケに、『たまにはゆっくり休まなきゃね』との優しい言葉つき。

その母親に甘えて、夕飯までは自分の部屋から一歩も出なかった。
なにより、部屋から出て佐原を一人にするわけにもいかねえし。
逆についてきてもらっても微妙だしな。

だったら、部屋で二人で話をしていたほうがいい。


夕飯の時間になると妹の美加子も帰ってきて、三人で食事を取る。
父親はいつも遅いので一人だけ別。

食事が終わると、美加子に部屋に呼ばれた。
佐原はどうするんだろうと思い、視線を向けると

「私のことはいいから、行ってあげて」

と、そう言われたので、軽く頷くだけの返事をした。
声にするとに不審がられるからな。

「で、何の用?」

「えと、明日さー、ダブルデートなんだけどね!」

「ダブルデート?」

「うん、そう!ダブルデート!」

「二度言わんでもわかるっつーの」

話を聞くと、美加子は自分の好きなヤツと、先輩カップルとダブルデートをするのだという。
が通っているのは、我がライバル牧紳一のいる海南大付属高校。
が好きなのは、ナンバーワンルーキーとか騒いでいる清田で、その先輩カップルというのは神のことで。

世間は狭いよなー、と思った瞬間だった。

明日は海南の創立記念日で、学校も部活も休みなんだと。
そんでもって、行き先が遊園地だとか。
遊園地……なあ。
まさかとは思うが、俺らの行く場所とは被らねえよなあ。

「お前、どこの遊園地行くんだ?」

「ん?娯楽園だよ」

「ああ、あそこね」

「なんで?」

「いや、別に。聞いただけだよ」

「ふーん?で、何着たらいいかなあー!」

娯楽園ね。
あそこなら全然離れているから鉢合わせの心配もねーだろ。
俺らが行くのは、佐原の希望でデズミーランドに決定してたから問題ない。

美加子はベッドの上に色んな洋服を並べつつ、うんうん唸っている。

女ってどうしてこんな風に悩むのかな。
佐原も、選べる服があったらちゃんと悩むんかな。
そりゃー、男だって身だしなみには気を使うけどさ、女ほどじゃないと思うんだよ。
可愛らしいっちゃ可愛らしいんだけどさ。

「それ、その右端のやつが可愛いと思うよ」

「うお!」

「え?何?どしたの健兄?」

突然耳元で声がしたからびびった。
横を向くと、佐原がベッドの上の美加子の服を指差しながらニッコリ笑っている。
なんだよ、マジでびびらせんなっつーの……ああ、俺が中々帰ってこないから気になったのか?

……まあ、こんな状況の時に一人じゃ心細いよな。

「ねー、健兄?どうしたのって?」

「ああ、いや、なんでもねえよ!っていうか、お前、誰だっけ?好きなヤツ」

「だーかーら、清田!清田信長!」

「ああ、あのサルっぽいやつ……よし、ここは兄ちゃんが一肌脱いで……」

「馬鹿!健兄、清田に何か言ったら許さないからね!!」

「馬鹿はお前だ!冗談だよ、妹の色恋沙汰に手ぇ出す気なんて、さらさらないね。ほら、これ!」

「うぷっ」

さっき佐原が指差した服を掴み取り、それを美加子に向かって投げつけた。
顔面が洋服で塞がって、ちょっと面白いことになってる。

「それが一番いいんじゃん?」

そう一言付け加えると、美加子はガバッと服を剥ぎ取り、パアッと表情を明るくさせた。

「え、マジで」

「おう、それなら清田もイチコロだ」

「……イチコロって……健兄、古い」

「うっせ!じゃあな、もう寝るから行くぜ」

「あ、うん、ありがと!」

「土産はクッキーでいいからなー」

そう言い残して美加子の部屋を出て階段を下りると、部屋の中から『ちゃんとお土産買って来るに決まってんじゃんか!いーだ!!』なんて悪態をつかれた。
思わず笑いが零れると、それに対して反応した佐原。

「可愛い妹さんだね。藤真くんに妹がいるなんて、知らなかった」

「可愛い〜?まあ、否定はしねーけどな。あいつは楽しいやつだよ」

《藤真くんに妹がいるなんて、知らなかった。》

そんなの当たり前だろ、俺とお前は今までクラスメイトという以外は何の接点もなかったんだから。

どうでもいいヤツだったら、冷たくそうやって返しているところだ。
でも、そんな事口にする気もなかった。
楽しそうにクスクスと笑っている佐原の笑顔を、崩すようなことをしたくなかったからだ。

残されたわずかな時間は、笑顔で過ごさせてやりたい。

この考えは、偽善者に値するのかもしれない。
だけど、今の俺の素直な気持ちがそう言ってるんだから仕方ない。

だって、この若さで死ぬなんて可哀想すぎるだろ。
だったら、今だけなんだから、いい思いさせてやりてーじゃねえか。

…………同情?

俺、佐原に同情してんのか?

何か、違うような気がする……けど、今はなんだかよくわかんねえや。


「ところでさ」

「ん?」

「俺、風呂入ろうと思うんだけど、どこまで付いてくる気?」

「え……!ご、ごめんなさい!!部屋で待機してますうううう!!」

俺の言葉に、瞬間的に顔を真っ赤にした佐原。
まるでお湯の沸いたヤカンのように湯気をも出せそうだ。

そんな佐原は、赤くなった顔を両手で覆いながら、俺の部屋へと向かったのか、再び階段を戻っていった。
もちろん、ヒューと飛んで。

あれで髪の毛が緑で、ツノが生えてたらまさにラムちゃんだな。

佐原の反応が面白くて、ちょっと癖になってしまいそうだ。


そんな佐原の事を、やっぱり可愛いなんて思う俺は…………ちょっとヤバイ……んじゃないか?

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