■ 4:そう言って僕は

ひとまず、外に居てもどうにもならないので俺の家に帰ることにした。
当然、オマケつき。

「……うし、誰もいねえな」

家の中に家族がいないことを確認し、靴を脱いで玄関に上がる。
別にやましいことをしているわけでもなんでもない。
そもそも、後ろのコイツは俺にしか見えないんだし、家族に見つかったところでどうにもならない。
『気分が悪くて早退した』と言ってしまえばそれで終わり。

けど、人間の心理ってやつだよな。
無駄に気になってしまうもんだ。

「お前も、とりあえず上がれよ」

「あ、え、えと……男の子の家にお邪魔するの初めてだから緊張しちゃって……」

「あああ、わかった。わかったから。玄関に居たってどうしようもないだろ。俺の部屋行くぞ」

「ええ!藤真くんの部屋!?」

「馬鹿!何興奮してんだてめー!」

「こ、興奮なんかしてないよ!」

「もういいから、とにかく行くぞ!」

いつまで経っても動こうとしない佐原の腕を引っ張ろうとしたら、またもやスルリと通り抜けた。

「……わ、悪ぃ」

「う、ううん、平気!」

強がってか、作り笑顔の佐原。
もともと気持ちのいいもんじゃないのに、流石に何度も通り抜けてしまうのは悲しすぎるだろ。

本人が一番悲しいはずなのに、泣くどころか作り笑いで我慢する佐原に少し感心した。
体は弱くても、メンタル面では強いのか?
今までコイツとちゃんと喋ったこともなかったから、よくわかんねー。

佐原に背中を向けて、そのまま階段を上って自分の部屋へと入る。
いつもの癖でドアをバタン、と閉めてしまってから佐原がいたことに気づいた。

やべぇ、と思ってドアを開けようとして、ふと考える。

「……なぁ、お前通り抜けできんじゃねーのか?」

俺の体が佐原のからだを通り抜けるくらいだから、壁だってドアだって、ぶつかることもないだろう。
それなのに、多分、ドアの前で待っているであろう佐原。

「あ、いや、折角だからそれらしくやりたいなって思って……でもね、ドアノブを掴もうとしても駄目なの」

「つまり……なんだ、あれか。彼氏の部屋にお邪魔します〜って入ってみたいわけか」

「……お恥ずかしながら、その通りです」

「…………ハァ」

仕方ねぇな。
俺に出来ることをしてやるって言っちまった手前、例えドアのひとつやふたつ……ひとつや、ふたつ…………なんで、俺がこんな事をしなきゃならねえんだ……。

深いため息を尽きつつも、仕方が無いのでドアを開けてやる。

「オラ、入れよ」

「あ、ありがとう!お邪魔しま〜す」

恐る恐る、俺の部屋に足を踏み入れる佐原。

頬は紅潮していて、初々しさ満載のその姿がなんだか新鮮で。
思わず、可愛い、なんて思ってしまった。
いやいやいや!
心の隅っこでな!
ほんの少しだけどな!

今まで関わりなかったのに、突然可愛いなんて思うわけがねえ!

……けど、こんなに喋ったことなかったから気づかなかったけど。
結構可愛い声、してんだよな。
透明感のある声。
顔だって別に悪くはない…………って、だから!

いいんだよ、そんなことはどうでも!
しっかりしろ、俺の頭!

コイツに侵食されてきてんじゃねえか、危ねえ危ねえ!

「適当に座れば?」

「うん」

その座る仕草も、部屋の中をキョロキョロと見回す仕草も全てが初々しい。
俺はその姿をなるべく視界に入れないようにした。

「言っとくけど、変なモンとかねーかんな」

「……変なモン?」

……本当に男の部屋ってものを知らないんだな。
変なモンっつったら、エロ本とかエロDVDとか、そういう類のものに決まってんじゃねーか。
生憎、俺はそんなの持ってないけど。

「わかんねーならいい」

「え、あ、うん」

素直に返事をされると調子狂うんだが。
俺の周りにこういうタイプの女はいなかったから、なんとも扱い辛い……

派手な女が好きなわけじゃないし、というかそれ以前に今は彼女を作ったりするより、バスケに集中したい。

インターハイ予選で湘北に負けてから、バスケに対する気合はより一層高まって。
冬の選抜こそ、俺達翔陽が勝利を掴むんだ!と、今からみんな一丸になって部活に取り組んでいる。

正直、こんな面倒ごとは御免被りたい。
けど、無碍にも出来ねえんだよな……何故か。


しばらく、無言が続く。

き、気まずい。

「ねえ、藤真くん」

「あ?」

何をどう話せばいいのか考えていると、俯いた佐原から呼びかけられて。

「なんで、藤真くんには私が見えるんだろうね」

「……そんなの、俺が聞きたい」

「……だよねー……あはは」

あはは、じゃねーよ。
それが分かったら苦労しないっつの。

「……なんか、巻き込んでゴメン」

「は?」

「私、自分では運動とか出来ないから、どんなに大変かとかはわからないけど。藤真くんたち男子バスケ部のみんなが、冬の選抜に向けて頑張っていることは知ってるよ。そんな大切な時期なのにね、こうやって邪魔しちゃってごめん、ね」

こいつ、俺の心まで読めるのか?
さっきまで俺が考えていた事、そのものじゃねーか。
心を読まれるのは流石に勘弁だぞ。

「お前さ、俺の考えてることまで分かるの?」

「え、ううん、流石にそこまではわかんないよ」

「……そっか」

つまり、佐原の本心ってわけか。
そりゃ、面倒だとは思うよ。
こんな時期に、とも思うぜ。

でも、よくよく考えてみれば、だ。
佐原はもうすぐこの世からいなくなってしまうわけで。
それはきっと、冬の選抜よりも早い。

明日か、明後日か、その時間は一体どれだけ残されてるかわからねーけど。

そんな短い時間しかここにいられないのに、冬の選抜の方が大事とか言うヤツは、相当な人でなしだろうが。

俺は口は悪いけど、人間的には堕ちてない。

「あのさ、思い出作りたいんだろ?」

そう問いかけると、突然の言葉にびっくりしたのか、一瞬目を見開いて。
それから、ゆっくりと頷いた。

「じゃあ、今からは無理だけど……明日、デートしようぜ」

俺の口から、自然とその言葉が出て。

「い、いいの?」

「……っはは!いいのって、お前がそう言ったんじゃん、『一度でいいから、そういうのしてみたいなぁ』ってさ」

「あ、有難う……!」

自分から言ったくせに、遠慮がちな言葉しか出てこない佐原に、思わず笑った。
俺のその反応に佐原も、さっきみたいに顔を赤くさせて、嬉しそうに柔らかく笑った。

なんだよ、やっぱり可愛いじゃん、こいつ。

そんな笑顔を見ていたら、さっきまでの気持ちが次第に晴れて行き。

「ちょっと楽しみになってきたかも」

なんて思っている自分がいた。

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