■ 1:消えてしまった
その日、いつもどおり部活のために朝から早起きをして学校へ向かった。
人気のない学校には、違う部活の奴らが俺と同じく朝練のためにちらほらと見えるだけ。
そんな中、いつもどおり体育館の前に行くと、いつもの日常に似つかわしくない光景が、俺の目に入ってきた。
「……佐原?」
「あ、藤真くん」
「なんでこんなところにいんの?」
問いかけると、佐原は困った顔をした。
佐原は俺のクラスメイト。
だが、こいつはバスケ部でも、ましてや俺達男バスのマネージャーでも、更には体育館で行われる違う部活の部員なわけでもない。
朝からこんなところにいるのは珍しい……というか、有り得ない。
有り得ないついでにもう一つ言うと、こいつは先日入院したはずだ。
佐原と俺は一年のときから一緒のクラスだった。
生まれつきなのか何なのか、詳しく事情は知らないが、体育の授業はいつも見学。
時折体に悪そうな咳をし、周りの友達に心配されている姿を何度か見かけた。
そして、その友達が裏で佐原に対しての悪口を言っていることも。
『体悪いんなら学校くんなよ』とか、そんな類の。
そう思うんだったら友達ヅラしてんじゃねーよ、なんて心の中で思ってはいたが、関わる気もなかったし、放っておいた。
と、まあ、何が言いたいかというと、結局そんなヤツがこんな時間に学校にいるわけがない、という事だ。
「佐原、入院してたんじゃなかったのか?」
やはり彼女の表情は変わらない、
俺の問いかけに、困った顔をするだけ。
なんなんだ、こいつ。
面倒くせぇな……。
「何があったのかわからないけど、俺、朝練あるからもう行くわ」
「あ、うん」
ようやく出た一言。
それは消えてしまいそうなほど小さい声で、案の定後ろからやってきた花形によって、半分はかき消されてしまったも同然だ。
「お早う、藤真」
「ああ、花形。おす!」
花形は佐原に目もくれず、俺と肩を並べて歩き出した。
「……同じクラスメイトなのに、それは流石にないんじゃねえの?」
「は?朝から何だ、俺はお前に何かしたのか?」
「いや、天然かよ!俺じゃなくて、あいつ!」
佐原が立っている方向を顎を使って指す。
釣られて花形も目をやるが、すぐに首を戻した。
「あいつ、って?」
「だからあいつだよ、佐原!そこにいんじゃねーか!」
本気で気づかないのか、わざと気づかない振りをしているのか。
花形に限って後者はないと思うが、あれだけ近くにいるのに、気づかないなんて事はないだろう。
別に花形と佐原が仲が悪いとか、そんなこともなかっただろうし。
っつーか接点すらなかったよな、きっと。
でも花形はクラスメイトには律儀に挨拶をするヤツだし。
そんな花形に多少の苛つきを覚え、思わず声が荒ぶった。
「……藤真」
「あ?んだよ」
「お前、疲れてるのか?」
「お前が指したあの場所には誰もいないうえに、佐原は入院しているはずだが」
「は!?!意味わかんねぇ、じゃああそこにいるあれは誰だっつーんだよ!」
「だから、あんなところに誰もいない」
……本気で言ってんのか、こいつ?
言い合いになりそうになったそのとき、タイミングのいい事に高野がやってきた。
高野がこっちに向かってくるのを見ていると、高野まで佐原を素通りして。
とはいえ、高野は違うクラスだから話しかける義理もないしな。
それは別にいい。
そう思っていたら、花形が高野に奇妙な面持ちで聞いた。
「なあ、あそこに誰か見えるか?」
「ん?いや、誰も……って、朝から怖いこと言うなよ!!」
ほらな、と、納得させるように、花形は俺に向き直った。
え、何の冗談だよ。
いるじゃん、ていうか普通に見えるじゃん。
今だって、困ったような顔して立ってんじゃん。
俺の見間違いなわけないよな、うん、絶対いる。
佐原をじいっと見つめていたら。
突然、フッ、と消えた。
まるで、そこには最初から誰もいなかったかのように、静寂が訪れる。
瞬間、全身に鳥肌が立った。
「う、うわあああああああ!!!!!」
生まれて初めて、幽霊の類を見てしまった朝だった。
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