■ 10:君が笑うなら僕はいつだって側にいる

本当はね、嫌いだったんだ。

藤真くんのこと。


三年間同じクラスだったけど、あまり話をしたこともなかったし、ほとんど関わりもなかった。
病気がちで学校をちょくちょく休んでいた私には、ちゃんと友達って呼べる友達もいなくて。

いつも心配してくれる人たちが、影で私のことを疎ましがっているのも知ってた。


学校に来るなって思われても、それでも私は学校に通って、人生において大切なことをちゃんと学びたかったんだ。


それなのに。


藤真くんはみんなの人気者で、明るくてかっこよくて、私に無いものをいくつも持っていて……


嫌いって云うより、妬ましかったんだと思う。


それがいつしか憧れに変わっていたのは、自分でもなかなか気づかなかった。


私は、学校に未練があって。

だから、肉体から離れて最初に居た場所が学校だったんだと思う。

きちんと卒業したかった。
最後まで、やり遂げたかった。

でも、それはもう叶えられないことだから……だから、学校に居た。


みんなに私の姿は見えてなくて。

誰も私のことなんて、気づいてくれなくて。


死んでしまったんだから当たり前なのに、それが凄く悲しくて。
ちょっと泣きそうだったの。


そんな時、藤真くんが私に話しかけてくれたんだよ。

それはもう、驚いた。
まさか藤真くんが私に気づいてくれるなんて、思ってもみなかったからさ。


後から来た花形くんや高野くんは、やっぱり私が見えていないようだったけど、藤真くんだけは私に気づいてくれた。


凄く、嬉しかった。


今思えば、本当に藤真くんには迷惑かけてばかりだったね。

私のことを怖がっている藤真くんを追いかけて、家にまでおしかけて、冬の選抜に向けての大事な時期だっていうのに部活まで休ませて。

更には、一日、学校まで休ませてしまった。


全く関わりのなかった私なんかのために、そうやって気遣いをしてくれたのが嬉しかった。

藤真くんの気持ちが、とても暖かく感じた。


男の子とデートしたことないから、そういうのをしてみたくて……って、あれ、半分は嘘なんだ。

本当はね、藤真くんと話がしてみたかっただけなんだ。


藤真くんに対しての気持ちが、妬みから憧れに変わったのって、藤真くんの頑張っている話を聞いてからなんだよ。

バスケ部には監督がいなくて、藤真くんがキャプテンと監督を兼任して頑張ってるって。
本当だったら選手として専念したいはずなのに、監督としても動かなきゃいけないから、本当だったらもっと成長できたはずだって、誰かが言ってたの。

それが偶然とはいえ、私の耳に入った時、藤真くんに対する考え方が変わったの。


ああ、この人は頑張ってる人なんだなって。


単純な言い方かもしれないけど、素直に凄いと思った。
自分の気持ちを抑えて監督をやらなきゃいけない藤真くんは、どんな気持ちで部活に取り組んでいるんだろう。
どこからそんなに頑張るっていう気持ちがわいてくるんだろう。


色々考えてたらね、いつの間にか、藤真くんに興味を持ってた。


だから、藤真くんと話してみたらどんな感じなんだろうって。


生きているときに、それは叶わなかったけれど。

たった一日でも、藤真くんとこうやってたくさん話すことが出来て、更には私が望んでいた以上のことも……藤真くんのおかげで、経験することができたんだよ。



だから、私はもう未練なんてないんだ。



有難う、藤真くん。



あなたが、大好きです。




















あれから、俺は一週間ほど学校を休んだ。
今が大切な時期だというのは自分自身でよくわかっているはずだ。

けど、体が、心が、何もかもが上手く動いてくれなくて。

こんな状況で学校に行ったって、逆に迷惑かけてしまう。
自分がこんなに弱いヤツだったなんて、初めて知った。

……いや、違うな。

俺が香弥の事をすげえ好きになってしまったから。
他でもない香弥の事だから。

だから、こんなにも、何もかもが痛いんだ。



香弥が消えてしまってから一週間後。
ようやく少し回復して、今日から学校に行こうと思って外に出てみると、ポストの中に一通の手紙が入っている事に気付いた。

手にしてみると、それは俺宛で。
裏面を見ると、信じられないことに香弥の名前が書いてあって。

持っていた鞄をその場に放り投げ、俺は無我夢中で手紙を読んだ。





届いた手紙の内容は、とても信じがたいものだった。





だってさ。
これ、あいつが亡くなったって聞かされてから、俺の身の回りで起こった出来事だぞ。

消えちまったヤツが、なんでこんな手紙なんて書けんだよ。
あの時、まだ完全に消えてなかったとか?

いや、まさか。



…………まさか。



確信ではないけれど、俺の頭の中にはひとつの考えが浮かび上がって。
ブレザーのポケットに忍ばせてある携帯を手に取り、親友のもとへと電話をかける。

『もしもし、藤真?』

「花形!ちょっと聞きたいことあるんだけど!」

『うお、久しぶりの電話でそれか?ていうかお前、体は大丈夫なのか?』

「そんなのどうでもいいから!あのさ、香弥のことなんだけど!」

花形やチームメイトには心配かけらんねえと思って、学校側には一週間風邪で休むという連絡をしてある。
だから花形は俺の体について心配してくれてるのだが、今はそれに構っている余裕なんてない。

『……香弥って誰だ?』

「あ?香弥は香弥だろ……って、あー、佐原!佐原のことだよ!」

『佐原?』

「おお、アイツ……っ!」

『そういや、亡くなったって云うのは担任の早とちりだったみたいだな』

早とちりィ!?

その言葉を聞いた瞬間、体中が脱力感に襲われた。
なんか、マジで熱出るかもしんねえ。

つーかダメだろ、人として。
生死の問題で早とちりとか。

「早とちり、って」

『一時的に心配停止はしたものの、一命は取り留めたそうだぞ。親御さんが心配停止状態の時に親戚に連絡したのが何故か学校まで回ってしまったらしい。だから担任の早とちりっていうか、まあ、そんな感じというところか』

「……やっぱり!!」

『でも、まだ不安定な状態が続いて「悪い花形、今日も休む!明日は絶対出るから!風邪って言っておいてくれ!」

言い切って、電話をブチリと切った。


足元の鞄を拾い上げ、そのまま自然と足が向かう先は、ひとつしかない。


未練なんてない、なんてさ。

大嘘じゃねーか。

誰だよ、消えたくない、って、顔をくしゃくしゃにしてまで泣いたヤツ。

生きているときに叶わないって、決め付けてんじゃねえよ。

一日学校休むくらい、どうってことねえんだよ。

お前のためだったら、いくらでも学校なんてサボれるっつーの。


ていうか、俺の涙を返せ、マジで。


あんなに泣いたの、生まれて初めてだったんだぞ。


体中の水分がなくなるんじゃないかってくらい、毎日のように涙が止まらなかったことなんて、初めてだったんだぞ。




……なんだよ。





…………なんだよ、生きてんじゃ、……ねえ、……か……!





走っていた足はだんだんと速度を緩め、そのうち歩くような感じでゆっくりと進む。
正直、会って何て声をかけていいかもわかんねえ。
だけど、今は顔を見たい気持ちが強すぎて。



香弥。


生きて……る……ん、だよ……な?



立ち止まって、自分の手のひらをじっと見つめる。

震えが、止まらない。


次第に視界がぼやけてきて、俺の目からは涙がとめどなく溢れ出す。



なあ、香弥。


お前はさ、俺の事何回泣かせたら気が済むんだよ。

これからお前に会いに行こうっていうのに、涙、止まらなくなっちまったじゃねえか。

どうしてくれるんだ。


花形の電話、途中で切っちまったけどさ……不安定な状態って、だから俺にこんな手紙を寄越したのか?

自分がいつ死ぬかわからないから?


それは、間違いだと思うぞ。


あんなにも強く生きたいと願っていた香弥が、そう簡単に死ぬかよ。

自分で諦めたらそれで終わりなんだぞ。

わかってんのか?


……もう、何から言ってやればいいのかわかんねーよ。


早くお前に会って、顔を見て、もう一度『香弥』って名前も呼びたい。


でも、最初に伝えたい一言は、もう決まってるんだ。



──生きていてくれて、ありがとう。



そう言ったら、お前はどんな顔すっかな。

俺、出来る限り会いに行くから。
だから、まだ俺の側に居てくれよ。

元気になって、退院してさ。
また一緒に出掛けるんだ。

今度は、ちゃんと手も繋いで。

二人でたくさんの思い出を作ろう。


──それこそ、未練なんてどこにも残らないくらい、たくさんの思い出を。

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