■ 6:ひとりはいやだ、あなたがいなくちゃ、いやだ
最近、真砂先輩と神先輩と、清田と四人で一緒に帰るのが日課になってた。
そこに、佳苗先輩も加わるときもあって、たまに五人になったりする。
それがあたしの幸せの時間でもあった。
清田との仲もより深まった気がしてたし、憧れの真砂先輩と神先輩と、たくさん話せるようになったのが本当に嬉しくて。
みんな、優しいからきっと心配してくれる。
だから。
元気ない顔してたら気まずいって思ってたから、真砂先輩と佳苗先輩には一人で帰ると告げたのに。
佳苗先輩が、『こんな状況の美加子を一人で帰すわけにはいかないでしょ』と言ってくれて、真砂先輩にあたしを任せ、結局一人で帰って行ったのは佳苗先輩のほうだった。
確かに、最近のあたしは調子に乗ってたかもしれない。
清田や、真砂先輩達とこんなにも仲良くなれるのが嬉しくて、周りが見えてなかったのかもしれない。
だけど、人を傷つけてるつもりなんて、ちっとも無かった。
あたしが楽しいと思う反面、傷ついている人がいるなんて、わからなかった。
昨日の部活が終わってから、あたしは一人の先輩に呼び出され。
部活中に失敗した後輩を、先輩が注意するっていう場面は今までにもよくあったから、今日は何を注意されるんだろうと、覚悟を決めてついていったのに。
……それは部活に全く関係のない話で。
「アンタ、生意気なんだよ」
凍りつくようなその声に、思わず身を震わせた。
「真砂や佳苗がアンタなんか気に入ってると思ってんの?神くんも、清田くんもそう!真砂と佳苗にアンタがひっついてるから、それで仕方なく話してやってるだけなんだからね。アンタなんか、さっさと部活やめちゃえばいい!二度とくんな!」
あの時の先輩の顔は、本気であたしを憎んでいる顔だった。
なんで?
あたし、この先輩に何かしたっけ?
それに、今までそんな態度見せなかったじゃない。
仲が良かったわけじゃなかったけど、普通に会話してくれてたじゃない。
それなのに、なんで、突然こんなことを言われなきゃいけないんだろう。
そう思ったら、自然と涙が溢れていた。
「泣けばいいってもんじゃねーんだよ!死ね!」
先輩は、最後にあたしの体をドンッ!!と突き飛ばし、踵を返して帰っていった。
その場に取り残されたあたしは、一人でいつまでも泣き続けた。
怖い。
こんなこと、言われるなんて思ってなかった。
先輩が、こんなにもあたしを憎んでいたなんて。
いつからだろう。
過去の記憶を探っても、先輩と何か事件があったなんて、そんなのはひとつもなくて。
ただ、突然人が変わったように、そう言われてしまったことに悲しくて、涙が止まらなかった。
中々戻ってこないあたしを心配した真砂先輩と佳苗先輩が、探しに来てくれて。
それで、全ての事情を二人に話した。
正直、もう部活に行くのが怖かった。
明日からどうしよう、なんて頭の中がぐるぐると混乱してて。
そんな時、清田があたしの話を聞くって言って、部室棟まで連れてきた。
その時の清田は、すっごく優しくて。
その優しさに、また涙が零れた。
清田が心配してくれてると思うと、それだけで嬉しかった。
迷惑をかけたくないと思ってたのに、清田に話を聞いてもらうことで、凄く安心できる自分に気づいた。
不器用ながらも、彼なりに一生懸命で。
そんな清田が……やっぱり好きだと、再確認した。
部活をやめちゃったら、清田ともこんな風に話すこともなくなっちゃうのかな?
真砂先輩や、佳苗先輩、神先輩とも、接する機会すらなくなっちゃうのかな。
そうなったら、あたし、きっとひとりになっちゃう。
……みんなと一緒にいられなくなるなんて、嫌だ。
清田と一緒にいられなくなるなんて、嫌だ。
あたしの生活は、清田がいないと成り立たないんだ。
清田と、ふざけあって、じゃれあって。
そんな毎日は、あたしにとってかけがえのないものなんだ。
清田とあたしは付き合ってるわけじゃないけれど、単なる友達の仲がいい部類の人間でしかないのかもしれないけれど。
それでも、清田がいなくちゃ、嫌だ。
バレー自身も好きだし、一人の先輩にいびられたくらいで、やっぱり辞めたくない、と、思った。
清田に家まで送ってもらって、泣き疲れたあたしはそのままベッドに潜り込み。
どうしたらいいのかずっと考え続けたけれど、どれだけ考えてもいい案なんて浮かばなくて。
気づいたら、朝だった。
起きてからしばらく経つと、少しずつ頭が痛くなってきてしまって。
昨日の今日だし、昨日文句を言ってきた先輩に会うのは気が引ける。
どうしたらいいのか悩むだけで、胃痛まで起こしそうな気分だったので、今日の朝練は休ませてもらうことにした。
学校へは、HRに間に合う時間に登校して。
そして、昼休み。
清田の誘いを受け、屋上へ行くことになった。
昨日、泣き顔を見られてしまっているし、どんな顔して話をすればいいのかわからなかったけど、あたしは素直に清田の後ろについていくことにした。
「おう、悪い。呼び出しみたいな事して」
みたいな事、っていうか、これは完全に呼び出しだよね?
そう思うと、自然と自分の口から笑みが漏れた。
「笑うなっ、折角お前の為に頭をフル回転させてやってんのに!」
「ご、ごめん。なんか、安心しちゃって……」
「……なら、いいけどよ」
安心したっていうのは嘘じゃない。
清田の顔を見て、こうやって話をするだけで、さっきまでの不安がどこかに行ってしまいそうだった。
「あの……よ、昨日お前にくだらねぇこと言ったやつ、今日は休みだってよ」
「え、」
「理由はわかんねーけどよ。だから、今日は部活出ても平気じゃね?」
「そう、なんだ……ありがと、教えてくれて」
「いや、情報源は神さんだから、真砂さんにお礼言っておけよ」
「あ、うん、わかった」
神先輩は、真砂先輩から聞いたっていう事か。
もしかして、あたしが休みなのを気にして、神先輩に清田に伝えてって言ってくれたのかな。
……真砂先輩、優しすぎる。
ほんと、憧れる。
「……清田も、ありがとね」
「ん?」
「昨日、話きいてくれて、嬉しかった」
「……なんだよ、ヤケに素直じゃねーか」
「んー、うん、本当のことだし」
「なんだよ、その『んー』っつーのは」
「いや、別に?意味は無い!」
「ほぉ……気になるいい方しやがって……」
「いやいやいや、ほんとに意味ないってば!」
「ふむ、そーかそーか!オレには何も言えないってわけか!」
「え!?そ、そんな!ほんとだってば……!!」
何、この展開!?
清田が指をぽきぽき鳴らしながら近寄ってくる。
それに対し、いつもの癖でファイティングポーズで構えると。
「ぶはっ、バカ!冗談だ冗談!やっぱお前はそっちのほーがいいわ!」
「……えっ」
「バカやってるほうがいいっつってんだよ」
「……うん、そうだね。清田とバカやんの、楽しいよ!」
「一言余計だ、バカ!」
「なにおう!?」
次第に、いつものあたし達のやりとりに戻る。
清田に言ったとおり、あたしはこんなやりとりが楽しくて仕方ないんだ。
「かっかっか、落ち着けっつーの!」
「むっ、落ち着いてるわい!」
頭をぐしゃりとされて、口を尖らせると、突然清田が真面目な顔になった。
相手が真面目な顔をしてるのに対し、あたし一人で口を尖らせているのがバカみたいで、こっちも普通に戻す。
「…………それと、な……」
言いづらそうに、口をもごもごさせている。
あたしは清田が言葉を続けるのを、黙ってじっと待っていた。
「……なあ、お前さ。オレと付き合わね?」
「、っ!?」
突然の清田の発言に、あたしの目はこれ以上ないって程見開いた。
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