■ 5:胸の真ん中、恋ごころ
外は雨模様。
けれど、そんなこと体育館の部活動には全く関係ない。
今日も今日とて我らが男子バスケ部と、沼田のいる女子バレー部は、いつもどおりに練習を行っていた。
「よォーし!今日はここまで!」
「「「「チュース!!」」」」
牧さんの声が響き、今日の練習が終わる。
バレー部の方をチラっと横目で見てみると、まだ練習を続けているみたいだった。
けれど、それは一部の人間だけ。
古賀さんの親友である野間佳苗さんと、オレの気になるアイツ。
沼田美加子。
どんな練習やってるんだろ、失敗したら後で笑ってやろーなんて思ってたら、様子がおかしいことに気づいた。
四人で一緒にテーマパークに出かけて以来、そのメンバーで過ごすことが多くなった。
といっても、昼休みに一緒に飯食ったりだとか、帰り道で四人で話しながら帰ったりとか。
そこに野間さんも加わって、五人になったりもする。
オレも沼田も、同い年に仲のいいヤツがいないわけじゃねーんだけど、こうやって神さん達と一緒にいるときのほうが楽しいと思える。
……まあ、あのテーマパークの時は別として、だな。
相変わらず憎まれ口の叩き合いをするオレと沼田だったが、それでも以前よりももっと仲が深まった気がする。
少なくとも、アイツと一番話をしている男子はオレだ!っていう自信はある。
神さんにも、自分の気持ちをハッキリ打ち明けた……というより、聞いてもらった。
今までは誤魔化したりしてたけど、古賀さんにオレの気持ちがバレてる以上、神さんが知らないわけねーなと思って。
だったら、自分からちゃんと伝えておいたほうが、後々ラクだと思ったからだ。
以前にも何度かからかわれたことあったしな、まあ、誤魔化せてると思ってたオレの方がバカかもしんねーな。
それを聞いた神さんは、心からの笑顔で頑張れよ、と激励してくれた。
その時、無性にあの時の作戦を考えたオレの行動を悔やんだりしたんだっけか。
まあ、過ぎちまったもんは仕方ねぇ。
それよりも、だ。
「神さん、女バレの様子、おかしくないっすか?」
「ああ、ノブも気づいた?」
気づいたというより、あれは嫌でも目に入る。
いや、オレがアイツを好きだから目線がいってしまうだけか。
アイツ、泣いてねぇか?
「どうする?終わるまで待ってる?っていうか、オレはどっちにしろ待ってるんだけどね」
「ッス、オレも待ってるッス!」
だって、気になるじゃねーか。
アイツはいつも元気で、すぐに人のことからかってきやがって。
そんなヤツだから、泣いた事があんのかよ?とも思ったりした。
けれど、そんな沼田が、今……隣のコートで泣いてる……っぽい。
そりゃー、好きなら気にならないわけがねーだろ。
それから、神さんと話をしながら部室で待つこと30分。
「あ、終わったみたい」
神さんの携帯に、古賀さんからメールが来たようだ。
部室から出て、校門へ向かうと、そこには古賀さんと沼田が立っていた。
「ごめんね、お待たせー!」
「…………」
いつもだったら、待たせた時でも『遅いぞ!』なん言ってくるはずなのに。
沼田は、俯いて黙ったままだった。
「いや、別に構わないよ。あれ?野間さんは?」
「ああ、佳苗なら先に帰ったよ、私達も帰ろう」
「そっか、それなら行こうか」
二人の先輩の会話にも、頷くことしかしない沼田。
どうしたんだよ、何があったっつーんだよ。
「……先輩達は先に帰ってください」
「え?」
「オレ、こいつと少し話してくんで」
そう言うと、沼田は顔を上げて、オレを見た。
なんだよその真っ赤な目。
明らかに泣いてましたっていう顔で、電車なんか乗せられるかバカ。
動こうとしない沼田の腕をぐいっと引っ張って、部室棟へ向かって歩いた。
心配そうに見てた先輩達も、オレに任せてくれたらしく、『じゃあ、今日はお先に』と、帰っていった。
部室棟の前にはいくつかベンチが置いてあり、オレはそのうちの一つに座るように促した。
「……で、一体何があったんだよ」
問いかけると、沼田の体がビクッと反応した。
そして、その後首を横にニ、三回振って。
「それじゃわかんねーだろが。オレには話せねーことなのか?」
「……そう、じゃ、ないけど……」
ようやく搾り出したと思われるその声は、いつもの沼田からは全くといって想像できないほどに、か細いものだった。
「……オレじゃ頼りないかもしんねーけど、話聞いてやることくらいは出来るぜ?」
「……うん」
「それに、そんな顔で電車乗ってみろよ。注目の的じゃねーか。こんな時間だし、変なオヤジに襲われたらどーすんだよ」
「……っはは、大丈夫だよ、あたし、可愛くないし」
いや、可愛いだろお前は。
……って、バカか。
今はそんな事言ってるんじゃねーんだよ。
笑顔だって、そんなの無理やり作った顔だってバレバレなのに。
なんで、そんな無理して笑うんだ。
冗談の勢いがないなんてつまんねーんだよ。
だから、早くいつもの沼田に戻れよ。
「……何があったんだよ」
再び同じ質問をすると、沼田は数十秒の沈黙の後、ようやく口を開いた。
「……あたし、生意気なんだって」
「……あぁ?」
「真砂先輩や、佳苗先輩が仲良くしてくれてるからっていい気になってんじゃないよって。清田や神先輩と話が出来るのも、先輩のおかげなんだからねって、言われた」
「そんなのっ……!!神さんだけならともかく、オレなんかお前と同じクラスなんだから話すのなんて当たり前じゃねーか!」
「うん、あたしもそれはそう思うよ。でも、その後の言葉に傷ついちゃって、さ」
「『あんたなんか、部活やめちゃえばいいのに』」
沼田の口からその言葉が出てきたと同時に、目から涙が零れた。
オレは、体中の血が沸騰するんじゃないかっていうくらいの怒りを感じた。
コイツにこんな顔させたヤツが許せない。
なんで女って、そういうことをグチグチ言うかな。
陰湿なイジメとか、自分の立場を危うくしてるだけって気づかねーのかな。
「あたし、バレー……好きなのにさ、それで入った部活なのに、なんでこんな理由でやめなきゃいけないんだろう?そう思ったら、悲しくなって」
「お前が辞める必要ねえよ」
「……うん」
「どいつだ、そんな事言ったやつ」
「え、それは……」
流石に名前は出せないのか、沼田はまた押し黙ってしまった。
オレから見ても、コイツは部活だって頑張ってるし、周りの雰囲気も明るくしてくれる、いいヤツだよ。
好きなヤツっていう事を抜きにしたって、いいヤツだと思うよ。
それなのに、そんな事を言うヤツは、コイツのことが妬ましいだけだろーが。
コイツのポジションがうらやましいだけだろーが。
「おい、一つだけ聞くぞ。それは集団で言われたのか?それとも単独か?」
「……単独」
「よし、わかった」
何がわかったのか、実際自分自身でもわかってねぇ。
けど、ここでこうやって話しをしてても仕方ねぇ。
とりあえず、話を聞くことは出来たし、沼田が泣いていた理由もわかった。
もう時間も遅いし、帰らねーとやばいしな。
「オラ、帰るぞ」
「あ、待って……!」
オレが先に立ち上がると、沼田も慌てて立ち上がった。
話を聞いてもらったことにスッキリしたのか、表情は少しだけ、柔らかいものになっていた。
明日、真砂さんと神さんに相談するっきゃねーな、こりゃ。
真砂さんは沼田から事情を聞いているだろうし、それを神さんに相談してるだろう。
あの二人だったら、きっとなんらかの対策を練っているはず。
とりあえず、今日のオレの使命は、コイツをきちんと家まで送り届けること!
後は明日だ!
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