■ 10:盲目かもしれない

「ノブ!それに、沼田さん!?一体、何事なんだ……!!」

「話は後です!神さん、体育館締め切って!そんで、警察呼んで!!」

そう叫ぶと、ただ事じゃない雰囲気を感じ取ってくれたのか、神さんは即座にみんなに指示を出してくれた。

あの女がどこまで追いかけてきていたのかは全くわからなかったけど、どうやら追いつかれてはいなかったようだ。
体育館を締め切りにした後、部活を中断して、体育館にいた全員がオレ達の周りに集まってくる。

「清田、一体どうしたんだ。事情を説明してくれないか?」

そう言った牧さんの言葉に、オレはさっきの出来事を全て話した。

オレ達は、座り込んで、抱き合うような状態。

オレの腕の中には、小刻みに震えている美加子。
古賀さんや野間さんが心配そうに覗き込んでいたけれど、今はこいつを離す気にはならねえ。

だって、こんなに怖がってんじゃねーか。
ちゃんと触れててやらねーと、壊れちまいそうじゃねーか。

「清田くん、もしかして、美加子……怪我してる?」

……そう、だった。
美加子の腕、ナイフが掠めたんだった。

「……ッス。さん、手当てしてやってくれませんか」

「うん、すぐに救急箱持って来る!」

言葉どおり、古賀さんはすぐに救急箱を取ってきてくれて。
美加子の腕に、傷薬を塗った後、綺麗に包帯を巻いてくれた。

オレが自ら手当てしてやりたかったけど、こういうのは女の人に限る。

「今さっき、警察に連絡したから……ここに居ればとりあえずは大丈夫だと思うよ」

「すんません、助かります」

「美加子、大丈夫……?」

神さんにお礼を言うと、野間さんが美加子に声をかけた。
腕の中のこいつは、コクリと頷くだけ。

「……警察が来たら、事情聴取とかされるだろうし……お前達は少し休んんでおいたほうがいい。他の者も、今は部活どころじゃないだろう、各コートで待機しておこう」

牧さんの判断に、全員が賛同し。
みんな気を使ってくれて、オレと美加子の近くにいるのは神さんとさんだけになった。
他の人達は、牧さんの言ったとおり、それぞれのコートで座ってたり、ボールを弄んでいたりしている。


「……美加子、ごめんな」

未だ震えている美加子の耳元で、そう囁いた。
すると、美加子はピクリと反応し、首を横に振る。

「…………ノブ、が、……謝ることじゃ……ないよ」

「それでも、オレがお前を一人にしなければ、こんなことは起こらなかったはずじゃねーか」

「……だ、いじょうぶ……だよ」

……何が、大丈夫なんだよ。
そんな無理した笑顔で、何が大丈夫なんだよ。

なんで、こんな時にまで無理やり笑顔を作ってんだよ。

「……そんな顔で、笑うなよ」

思わず、抱きしめる力を強めた。

「……だって、お前は笑ってるほうがいいって……ノブが、言ってくれた、から……」

胸が、締め付けられた。
こんなに怖い目に遭った後だというのに
オレの、そんな些細な一言を……

不謹慎ながらも、嬉しかった。
オレのために、そうしてくれてるんだと思うと、切なくて、でも暖かくて……。


そして、愛しくて。


「いいんだよ、こういう時は。確かに、お前は笑ってるほうがいいっつった。けど、怖かったろ?心細かったんだろ?そんな時まで、無理して笑う必要ねーんだよ」

そう言って、美加子の頭をぽんぽん、と、優しく撫でてやる。
すると、美加子の手がオレのシャツの裾をぎゅっと握った。

そして、床にぽたりと落ちるしずく。

「……かった……こわ、かったよ…………」

力なく発したその声は、涙声。
鼻を啜りながら泣き出した美加子を、オレは強く、強く抱きしめた。

ごめんな、一人にさせちまって。
ごめんな、見つけるのが遅くなって。


……ありがとうな、無事でいてくれて。





しばらくして、警察が到着。
美加子は念のため、と、病院に搬送された。
付き添いには野間さんと、女バレの監督が。
オレも一緒に行きたかったけれど、無傷だったため、学校に残って事情聴取を受けた。

警察の話で判ったこと。
あの女は、捕まったらしい。

あの女が普通じゃなかったのは、薬物依存っていう理由……だ、そうだ。
目の焦点も合ってなかったし、言ってる事もおかしかったし。
それならば、と、合点がついた。

古賀さんが言うには、部活でも思うように調子が出なくて、病んでいる様子は前々からあったらしい。
そんな自分が嫌になって、麻薬に手を出したんじゃないか、と。

……そんな馬鹿なことしたって、どうにかなるわけじゃねーのによ。

そのおかげで美加子が傷付いて、終いには殺されそうになって……

殺され、そうに…………

マジ、危なかった……よ、な?

そう思ったら、オレの足に力が入らなくなって。
その場に立っていられなくなり、腰が抜けてしまったみてーだ。

……ああ、情けねえ。

「ノブ、お疲れ」

神さんがそう言って手を差し伸べてくれた。

「へへっ、好きな女を守るくらい、出来ないと……男とは言えないっすよね!」

腰が抜けて立てないくせに、言ってる事はいっちょまえ。
そんなオレの姿は滑稽に違いない。

でも、心は妙にスッキリしてる。

目の前にいる、神さんも笑ってくれている。

「まあね、よく頑張ったよ、信長」

その一言を聞いたら、すげー照れくさくなった。


唯一心配だった件も、これでようやく落ち着いた。
まさかこんな大事になるとは思ってもみなかったけど……本当に、無事でよかったと、心の底から思う。


美加子も、オレも。

二人のうち、どっちが欠けたって、オレらの幸せはないと思ってるんだぜ。


これからも、オレはお前の笑顔を見たいし、お前にもオレの笑顔を見てもらいたい。


オレらは、神さんや古賀さんとは違う。

大人なカップルになんて、なれなくていーんだ。

オレらはまだまだガキだし、馬鹿やって笑いあってるほうが楽しいよな。


だから、これからも、このままで突っ走ろうぜ!




あいつ、今頃まだ泣いてるのかな。
病院から帰ってきたらどんな顔すっかな。

やっぱり、泣くかな。


普段は我慢するくせに、オレの前だと泣くんだよな。


…………可愛いやつだよ、全く。



だから、好きなんだけど。

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